七話 お出迎えは監督生
出てきたのは、頭には大きすぎる帽子のツバを両手で支えたダークだった。
その姿を見た瞬間、私の視界に花吹雪が舞った。
(かっ、かわいい……!)
頬が染まったベイビーフェイスに、孔雀緑のテイルコートと純白のリボンブラウスがよく似合っている。膝丈のズボンはタータンチェック。ソックスは宝石付きのベルトで止めるという、装飾に凝って凝って凝りまくったデザインだった。
(この絵アドの高さからいって新規スチルね!? 後からギャラリーで見返せるやつね!!?)
オタク魂をうずかせる私の目に、続いて現れたジャックが飛び込んだ。
「そうだ。うぜぇ言いがかりは止めろ」
ダークと同じ衣装に身を包んでいるが、リボンはだらりと緩めている。彼なりに気崩しているみたいだが、頭に被ったベレー帽とのギャップに乙女心が熱を出しそうだ。
もしもこのビジュアルでグッズ化されていたら即完売だろう。
(見える、見えるわ……。購入限度数まで買いあさる前世の自分の姿が……!)
推し変したとはいえ萌えを抑えられない私に、ダークは流し目を送った。
「彼女は間違えてアーク校へ来てしまったようです。違いますか、レディ?」
「は、はい。その通りです! うっかりしていましたわ、おほほほほほ」
誤魔化すように笑う私に、生徒はやれやれと嘆息した。
「困ったな。ここには宿泊施設もないのに、どうするか……」
出会ったばかりの私の身の振り方を本気で考えているようだ。
それに、ダークやジャックの姿を見ても様子が変わらない。
(彼は罠をしかけた悪魔ではないようね)
私はリーズと頷きあった上で申し出た。
「次に渡航船が来る時期まで、アーク校に置いていただけないでしょうか? 生徒扱いしていただかなくても結構です。掃除でも炊事でも何でもいたします」
「「そんなのだめ」」
お腹に響く声がして、扉の向こうから伸びてきた手が私の肩に絡みついた。
「アリスは貴族だよ。モップは似合わない」
「アリスは令嬢だよ。ケーキはつくれない」
左右に立って私を抱き寄せたのは、着替えたトゥイードルズだった。
二人とも、孔雀緑の差し色が入った黒いテイルコートを着ている。
ダムはボタンを外してチェックのウエストコートを見せ、シャツを寛げてネクタイを下げた遊び人風の着こなし。
ディーは、シャツもネクタイもきっちり着こなす優等生スタイル。
ダークとジャックの衣装ともリンクするデザインなので、私はピンときた。
ダムが着ている方がジャック、ディーの方がリーズ用に作られた衣装だろう。
身幅のサイズはぴったりだが、ズボン丈は短くてくるぶしが出ている。
悲しいかな、双子は二人をしのぐ長身になってしまったのである。
「似た制服だな。ひょっとして他の寄宿学校からの転入生か? ここは他の学校で面倒を見きれなかった生徒の受け皿になってもいるが、同じ学校から四人も来るとは珍しい。何か事情でも?」
疑り深い視線に、ダークは麗しく微笑み返した。
「同じ貴族令嬢に懸想して、校内で大げんかを」
「なるほど、実に英国紳士らしい解決法だ。男爵家の令嬢を小間使いのように扱うわけにはいかない。特例として、女子生徒を入学させられないか校長にかけあおう。まずは寮へ案内するのでついてこい」
ローブをひるがえして方向転換した生徒に、私は問いかける。
「ご親切にありがとうございます。私はアリス・リデルと申します。あなたは?」
「私はチャールズ・ドジソンだ。荷物が多いな」
「アタシたちが自分で運ぶのでご心配なく」
リーズはダムとディーを呼んで、三人で荷車を引くことにした。
私はダークとジャックを連れて、彼らの前を歩く。
先頭を行くチャールズは、遠くにそびえる古城へ目を向けた。
「あの古城が校舎だ。生徒は新入生も合わせて二百人足らず。集団生活と勉学を通じて紳士を育成するのが設立以来の校訓になっている」
島は古城がある辺りに向かって傾斜しており、曲がりくねった道はなだらかな坂になっていた。それは木立の間に入ってからも変わらない。色づいたマロニエやカエデを迂回するように曲がって、古城に着くのか不安になった頃に元の場所に戻る。
下草が進路にちょこちょこせり出しているのを見ると、あまり人通りは多くない。町はないと言っていたし、本当に学校があるだけの島のようだ。
想像より三倍の時間をかけて森を抜け、まず目に入ってきたのは薄墨の空。
そして、燃える松明を掲げた堅牢な城門だった。
荒く削った岩を積み上げてあり、敵を狙い撃つための穴が空いている。
「とても学校には見えないだろう。一時は海軍の要塞にも使われたいわくつきの場所だ。今でも年に数回、怪しい影を見たと大騒ぎする生徒がいる」
「恐ろしいですね」
馭者は『怪物が出る』と恐れていたが、チャールズの話では学校の怪談レベルの話にしか思えない。前世でも、トイレには花子さんという幽霊が出るとか、ピアノが一人でになり出すとかいう話はどこの学校にもあった。
チャールズは、斜めに引き上げられた門扉をくぐった。
続いて私とダーク、ジャックが通る。しんがりにいたリーズと双子が抜けると門が下りた。錆びた鎖がこすれる音がジャラジャラと響く。
門の真正面には古城があった。細い中央棟の左右に幅の広い棟がくっついている。
左右の壁肌には、一頭ずつ動物の彫刻が施されているようだが、雨風に晒されて削れてしまったようで正体は分からない。
城の前は芝生を敷き詰めた広場になっていて、左手側にライオンの像が、右手側にユニコーンの像が立っていた。像の裏手には二階建ての洋館がある。
ライオン像の方は赤煉瓦、ユニコーンの方は白漆喰と趣が異なった。
「あの洋館は寄宿舎だ。アーク校の生徒は伝統的に二つの寮に振り分けられる。もう遅いので校長への申し入れは明日にしよう。アリス嬢と付き添いの身柄は、私が監督生を務める〝ライオン寮〟で預かる。他は二名ずつに分かれてもらう」
「僕はアリスと一緒がいい」
「僕もアリスと離れたくない」
いち早く申し入れた双子に、チャールズはこくりと頷く。
「では、お前たちはライオン寮へ。残りは〝ユニコーン寮〟へ回れ」
命じられたダークとジャックは、監獄行きが決まったかのようにどんよりした。
「番犬君とか……」
「こいつとかよ……」
仲良くない彼らには厳しい寮割りだったようだ。私がおろおろしていると、
「チャールズ!」
広場の向こうから小柄な少年が駆けてきた。
服装一式はチャールズと同じだが、ネクタイとベストは群青色だ。
チャールズは、少年が握っていたクリケットのバットを見て眉をひそめた。
「こんな時間まで遊んでいたのか、ロビンス。新入りを迎えに行くのは我々監督生の仕事だぞ」
「ごめんごめん。ちょっと試合が白熱しちゃって。で、なんで女の子がいるの?」
ロビンスは私に顔を近づけてじっと見てくる。
おかげで私の目にも彼がよく見えた。
日に焼けた肌も、鼻と頬に浮いたそばかすも、子猫に引っかきまわされた毛糸玉みたいにくしゃっとした焦げ茶髪の髪も、快活さにあふれている。
なんとなく子犬を思い浮かべてしまうのは、首輪みたいなチョーカーを付けているせいかもしれない。
気になったのは彼の若さだ。寄宿学校の監督生は、最終学年の生徒がなるのが一般的らしいのに、ロビンスは新入生みたいである。
「失礼ですが、本当に監督生ですの?」
「――ぶはっ」
チャールズが豪快に吹き出した。ロビンスは頬をぷくっと膨らます。
「もうチャールズ、笑わないでよ!」
「悪い。アリス嬢、ロビンスは私と同じ最高学年だ。寮色のウエストコートは、監督生だけに許されている」
たしかにロビンスのウエストコートは群青色だ。
失礼な私をロビンスは、あははと笑い飛ばしてくれた。
「若く見られて困っちゃうなぁ。おれはユニコーン寮の監督生ロビンス・ダックワースだよ。みんな、ようこそアーク校へ! 寮分けは終わったの? そっか。ユニコーンの子はおれとおいで」
バットを小脇に挟んだロビンスは、試合開始のホイッスルを聞いた選手のように、軽快な足どりで駆け出した。
推進力のある走りを、リーズは口笛で褒めた。
「若いっていいわね~。さあて、アタシのお眼鏡に適う前途有望な生徒はいるかしら♪」
「この状況でナンパするなよ」
ジャックは、手に持ったトランクの角をリーズのお尻にガツンとぶつけた。
「お嬢も気を付けろ。オレはうっかり伯爵を殺らないように頑張る」
「それは本当に頑張ってほしいわ」
ダークがいつもの調子でジャックをからかったら、彼は炎を吹いて逆襲するだろう。
そうなったら罠をかけた悪魔を見つけるどころではない。
「ダーク、くれぐれもジャックと喧嘩しないでね。殺し合いなんてもっての他よ。合言葉はイノチダイジニ! いい子でね?」
姿勢を低くして言い聞かせると、それまで微笑んでいたダークがぴたっと静止した。
「……分かった。アリス、双子たち、良い夢を」
冷ややかに告げて、ダークはユニコーン寮に足を向けた。
急にどうしたのかしら。
呼び止めようにも、彼はいつになく速足だった。
しかも荷物を持っていない。ジャックが怒りながらトランクを二つ運んでいく。
「「アリス、僕らも行こう」」
「ええ……」
私は、荷車を引くダムとディーに続いて、リーズと共にライオン寮へ向かった。
広場に置かれた松明の横を通ったら、急に火が爆ぜてドキリとする。
辺りに低級の影は見えない。
だが、ここには確実に、罠を仕掛けた悪魔がいる。
(みんなの姿を元に戻すために、私が頑張らないと)
私はそう決意して、ポシェットの紐をきゅっと握ったのだった。




