九話 密会は誰もいない街で
四つん這いで移動した私は、ソファの下に手を入れる。
ごそごそ漁って、指先に触れた固いものを引っ張り出すと、私の右手にあるものと似たデザインの、アクロスティックリングだった。
男性向けの大きな直径にさまざまな宝石を並べて、一つの単語を作っている。
左から、ルビー、エメラルド、ガーネット、アメジスト、ルビー、ダイヤモンド――『REGARD』と読みとれた。
よくある好意的なメッセージだが、とある事情を知った私には、なぜその宝石が選ばれたのか分かった。
そして、その事柄によって、胡椒の秘密までもが紐解けた。
遠くでコツコツとステッキをつく音がした。
ダークが部屋を出たようだ。
私は音を追うように応接室を出て、シャロンデイル公爵家を後にした。
夜道に出て耳を澄ますと、道にできた水たまりや磨かれた標識、小さなガラス窓など、姿が少しでも映りそうな物から、ステッキの音が聞こえてくる。
音を追いかけて着いたのは、オックスフォード・ストリートだ。
高級店が並ぶ通りはすっかり店じまいしていて、ガス灯の明かりを反射するショーウインドウが、闇夜を背景にした鏡のようになっていた。
私は、お洒落なフォントで店名が書かれたガラス越しに、ダークと落ち合う。
『シャロンデイル公爵邸でこれを見つけたの。男性用のサイズだわ』
私は、公爵夫人が落とした指輪を掲げた。ダークは、私の手元を覗き込むようにガラスに顔を近づける。
「使用感がないな。つい最近、作られたもののようだ」
『アクロスティックリングは、被害者のケイト・エドウッズがやっていたお店で販売されているの。恐らくこれは、公爵のために被害者が造った指輪なのよ』
公爵がイーストエンドにいたのは、これを受け取るためだったのだ。
彼は、ジャックが働いていた酒場で被害者と会って、赤ちゃんとも対面して、そして――。
『――帰り道で、真犯人に襲われて、術をかけられたのよ』
「凄いじゃないか、アリス」
ダークは感激した風に手を叩いてから、寂しそうに目を細めた。
「だが、その姿では裁判に出廷できないな。証人台に、大きな姿見でも立てかけておくかい?」
『それでは集まった人をびっくりさせてしまうわ。心配しなくても大丈夫。鏡の世界から出る方法を、一つだけ思いついたの』
「どんな方法だい?」
興味津々のダークに見えるように、私は、紙に大きく丸を描いた。
『まず、胡椒をたっぷり入れたタルトを用意するのよ――』




