エピローグ【結末】
「まったく、見送りはいいっていったのによ」
駅のホームには崎川や綾本さん、ちびっこに雫がいる。
それなりに、それっぽいことを調べ上げた俺は東京へ戻るための電車を待っていた。
「しかしさ、一番初めはびびったな。ちびっこのあの台詞からスタートだったんだよな?」
「そうだよ。羽山クンならすんなりノッてくれると思ったからね」
楽しそうに笑いながら雫がいう。
そう、あのちびっこの思わせぶりの台詞から全ては始まっていたのだ。
雫の立てた二日間にわたる、壮大な演劇が―――と、そういうことになった。
結末に抗った結果、俺は劇の内容を書き換えることに成功したのだと、思う。
あの後、目を覚ました俺は一人で丘の上にいた。
丘に突然赤い花が咲いたりすることはなく、霧は消え、俺は狸に化かされたのかと苦笑いを浮かべた。
診療所に戻ると雫が『どっきりでしたー!』の看板と共に現れ、全員が劇を熱演したことに話が入れ替わっていた。
「いやー、初め長谷さんに言われたときは。そんな無茶なー、かんにんしてなーと思ったんやけど、楽しかったわ」
けらけらと笑いながら崎川は言う。
「私も、高校のメンバーではありませんでしたが、楽しませてもらいました」
その隣には笑顔の綾本さん。
「お兄さん、またやろうね」
そして、麦わら帽子をかぶったちびっこ。
「最後ぐらい、顔見せろよな」
目を合わせないで見送りってのは礼儀に反していると思うぞ。
「へへー、史実とは事実に基づいて出来ているー。むずかしい言葉を覚えるの大変だったよ」
子供のように笑いながらちびっこが言う。
ちなみに、こいつの正体は雫のイトコだそうだ。
容姿と性格が雫にそっくりだったので、彼女と共謀したそうだ。
まったく、長谷家に俺の味方はいないのか。
『まもなく電車が参ります、危ないので黄色い線の内側まで下がってお待ちください――――――』
電車のアナウンスが聞こえてきた。
もうすぐ、か。
「そんじゃな、みんな元気で」
かばんを背負い直し、俺は挨拶をした。
別れというより、出発って感じだなこりゃ。
「うん、羽山クンも、元気でね」
雫はハニカミながらそれに答える。
「また、やろうな、演劇」
「うん、約束だよ」
『まもなく電車が参ります、危ないので黄色い線の内側まで下がってお待ちください――――――』
こうしてまた些細な約束を増やしたところで電車がやってきた。
また、あの暑い東京に帰るのか。
ま、そうじゃないと単位取れないしな。
さて、レポートはどうまとめよう。
内容はともかく書き出しぐらいは決めておかないと勢いでかけないかもしれない。
そうだな、とりあえずはいくつか言葉を決めておくか。
『 史実は事実に基づき、組み立て、描かれている。
ならもし、事実が史実に基づき、組み立て、描かれているのだとしたら?
それはもう物語と呼ぶ代物になってしまうのではないのだろうか。 』
適当に思い浮かべた言葉を反芻してみて苦笑した。
こりゃ、俺の台本の台詞そっくりじゃないか。
『まもなく発車します―――――ドア閉まります』
アナウンスがあり、少しの微動、その後ややあって電車が走り出した。
流れはじめる緑の景色を見ながら、ふと確認しておこうと思った。
ポケットに入れておいた白い布を取り出す。
あのちびっ子からもらったハンカチには赤黒くなった俺の血と―――あの刺繍でひとつの文章が出来ていた。
『この劇の提案者は―――――ながたに しずく』と。
この一文で台本の結末は変わった。
提案しただけなのだし、彼女は死ぬことはなく、二日に渡る怪奇な民話は、すべて彼女が計画し皆で演じた劇というものになった。
舞台だった風見が本当の意味で舞台になり、彼女が消えてしまうような悲劇にはならなかった。
謎は残るが、きっとこれでいいと思う。
所詮は白昼夢のようなもの、東京に帰ればあの照り返しと忙しい日々が待っているのだから。