第五章【台本】
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「ここらは手分けして探そう」
山を降りて、村にある程度入ったところで俺は提案した。
ド田舎と言えど、この村は思ったよりも広い。
三人で同じ場所を探していたら日が暮れてしまうかもしれない。
「わかりました」
「そうやね、それじゃ昼になったら一度診療所に戻るということでどや?」
俺の提案に崎川と綾本さんはうなずいてくれた。
「それじゃ少し打ち合わせしておこう」
最低でも探すエリアは決めておかないといけない。
細部を軽く話し合い、俺は駅付近、崎川は商店街……というほどでもないが人が多い場所、綾本さんは崎川の補佐と担当を決め、行動を開始することにした。
……あの二人をセットにするのはやや不安を感じるが土地勘が一番ないであろう綾本さんを一人にするのはそれよりもさらに不安だったので仕方ない。
あと俺、あの手の電波台詞は、ちょっとな……。
「それじゃ、羽山いってくるで」
「いってきます、お兄様」
駅へ向かう途中にある商店街で二人と別れ、俺は一人駅へと向かった。
歩きながら周りを見ると畑作業や道行く道行くジイさんバアさんをたまに見かける。
もしかしたら朝にでも雫に出会っているかもしれない。
俺は駅へ向かいながら、彼らにも雫を見かけていないか声をかけていった。
その結果……。
「ふぅ……」
俺はなぜか袋いっぱいの野菜を手に駅にたどり着ついた。
途中、すれ違ったバアさんやジイさんに雫のことを尋ねてみたが全部空振り。
あげく「おんやまー、羽山さんとこんの守くんかいなー、ヤセーもってけれー」と強制的にきゅうりだのトマトだの持たされ、貯蔵しているという米が出てきそうなあたりで逃げ出した始末だ。
まったくこれもそれも、雫がいなくなるからだ。
全面的にあいつが悪い。
まあ、ふてくされても仕方ないので一度ベンチに座って考え事をまとめるか。
俺は昨日待ち合わせで使ったベンチに腰掛け、一度荷物を下ろし考えをまとめることにした。
まず、バアさん、ジイさんの証言を考えてみると、雫は村には来ていないという可能性が高いということ。
真夜中に村に来たというのなら、目撃がなくても説明がつくが、こんな村だ、真夜中にできることなんて何もない。
星をみるったってもう少しましなところに行く、まあ、これは俺ならばの話だけど。
商店のほうの状況はわからないが、たぶん不毛で終わってしまう気がする。
……村じゃないとすれば、あとは山か。
その思考に至ったとき、俺の脳裏にかすかに夢の光景がよぎった。
村が見渡せる高台の丘、俺が卒業公演の舞台の参考にした丘だ。
なぜ今、この光景が脳裏に浮かぶのかはわからない。
あくまで夢の話だ。もしそこに雫がいるとしても、まだ村の人を集めて山狩りをしなくてはいけないというほどの確証とか説得力がない。
たまたま急ぎで油揚げを買いにいって、たまたま誰にも見つからないだけなのかも知れないしな。
……いや、今のは無理があるだろう。
「……ったく、雫のやつめ、どこに行ったんだよ」
考えがまとまらず、思わず愚痴がこぼれた。
「呼んだ?」
「っ!!」
思わずその場を飛びのき、俺は声をしたほうへと振り返った。
「面白い動きだね、お兄さん」
見ればそこには白いワンピースを着こんだ幼女が立っていた。
……なんだ昨日のちびっこかよ、紛らわしいたらありゃしない。
「……はぁ」
なんか、うん、過敏に反応した自分が恥ずかしい。
「さっき、雫って呼んだでしょ?」
面白そうに笑いながらちびっこはたずねてきた。
そういやこいつも『ながたに しずく』っていうんだよな。
「お前は呼んでないぞ」
「えー、うそ」
嘘じゃないっての。
けたけた笑うちびっこに俺は事情を説明した。
「俺が探しているのは俺と同じぐらいの年のやつだ。確かにあいつは少しガキっぽいし名前が雫だが、お前よりかはだいぶ年上」
ちびっこは「へー」と何か面白そうに笑い続けている。
まじでいったい何なんだこいつ。
突然出てくるし、突然消え……―――たのは見なかったんだった。
うむ、精神衛生のためにそうしておこう。
「なんで、私じゃない私はいなくなったのかな?」
子供っぽい笑みから打って変わり、ちびっこは不相応の笑いを浮かべ、俺に問いかけてきた。
「……知るかよ」
動機を考える前に予感や直感で動いていたので、俺はそう答えるしかなかった。
……考えてみたら、かなりあいまいな理由で動いてるよな俺。
不安だから、か?――――何に?
「行動には理由が必要、それがどんなに滑稽であっても理由がある限り行動とは続くもの」
笑みを崩さず、ませたことをいうちびっこ。
「お兄さんは、まだたどりつくための道を見つけていない……まずはそれを見つけないと」
……悟ったようなことを。
けど、考えてみればそうだ。
雫がいなくなる理由をつかめば、どこへ行ったかの当たりもつかみやすくなる。
あー、なんですぐに気がつかない俺は。
「あと、お兄さん、白いものは字を書くためのものだよ」
「は……?」
……もしかして、今までの発言は適当に言ってただけか。
俺は半分あきれ気味になりながら、「そりゃな」と彼女に返した。
「わかっているなら、それでいいよ」
そういうと彼女はくるりときびすを返した。
「それじゃね、お兄さん」
そのまま俺が来た道を駆けていく。
……まったくもって行動原理が不思議なやつだ。
行動に理由が必要というちびっこ自身の言葉を思い出し、彼女がこうやって俺の前に現れる理由が少し気になった。
長谷父は雫がいなくなったから騒いだ、心配だからだ。
崎川は綾本さんにいいところを見せようとしている、好きなんだろうな。
綾本さんはいろいろな人を家族にしようとしている、依存的な病気なのだろうか。
なら、雫はなぜいなくなった?
なら、『しずく』はなぜ俺の前に現れた?
「分かんねえよ……んなもん」
そう空にぼやき、太陽がずいぶんと高い位置にあることに気がついた。
……時間的にもそろそろ診療所にもどってみるか。
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午前中の成果はやはり芳しくなかった。
診療所に戻って、俺は崎川たちと情報を交換し合った。
が、結局分かったのは雫を誰も見ていないことだけ。
そして、当の雫からはいまだ連絡すら何もない。
徐々に自体が深刻なものになり始めていた。
「……どないする、羽山」
崎川はこいつなりの気遣いか、いつもどおりの表情で言う。
その隣には成果があがらったからか、綾本さんが少ししょげていたりする。
「どうすっかな……」
山を探すには今のままじゃ人手不足、かといっても人を増やせるわけでもない。
せめて探すにしても当たりをつけないと。
となるとやっぱ、理由探しか。
「綾本さん、雫の部屋には入ったんだっけか?」
話が振られると思わなかったのか一瞬驚いたあと「はい」と彼女は返事をした。
「入りましたけど……あの、お姉様は……」
つらそうに綾本さんは言う。
「分かってる。置き手紙とかそういうものがあったかどうか確認したかったんだ」
「……いいえ」
少し考え綾本さんはかぶりを振った。
そうだよな、それがあったらこうやって汗水流す必要はない。
とはいっても後は何か確認できそうなことは……くそっレパートリーは少ないぞ、俺の脳みそ。
自分自身を叱咤していると、ふと考え込んでいた綾本さんが「あっ」ともらした。
「そういえば……。お姉様の机に紙の束がありました」
「紙の束?」
「はい」と俺の返事を肯定した彼女はそのまま続ける。
「登場人物と台詞が書いてあるんですが……小説、じゃなかったと思います」
「たぶんそれ、演劇の台本やな。長谷さんは『また、演劇やりたい』と良くいっとったさかいに、読み直してたんとちゃうか?」
演劇の台本……?
……なぜか、昨日、部屋から出る直前の不安そうなあいつの表情が脳裏をよぎった。
綾本さんが見つけた台本がそうだとして、それがどういう意味なのかまで想像できない。
いや―――。
ただ、もしかしたら、あの台本を読んだから、雫はここを出て行ったのではないのだろうか。
そんなバカな。
しかしそんなバカな考えは俺の頭からこびりついて離れようとしない。
「行動には理由が必要、それがどんなに滑稽であっても理由がある限り行動とは続くもの」
あのちびっこの言葉を思い出した。
……とにかく、こればかりは確認してみるしかないか。
「……ちょっと雫の部屋見てくる」
そう思うと、内容を確認するために俺は雫の部屋に向かうことにした。
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がさつ人間だとばかり思っていた雫の部屋は思った以上に片付いていた。
テレビに、エアコンまであるとは……これだったらわざわざ俺の部屋で麦茶なんて飲む必要ねえだろうに。
……少しイライラしてるかもしれないな、落ち着け俺。
「台本はと……」
軽く見回してみると、机の上にそれらしいもがあるのを見つけた。
手に取り確認してみる。
うん、中学生なセンスのそのタイトルはやっぱちょっとひどいし、はずい。
『 Breaking folk tale -on one's way back of wind- 』
うん、こいつだ、やっぱ雫のヤツこれを読んでたのか。
手がかり皆無な今の状況、わらにもすがる思い半分で俺は台本を開いた。
『こっちだよ』
『はあ。標高何万メートル登らせる気だ、マジで疲れたぞ』
『たった三キロ歩いただけだよ? そんなに疲れた?』
『いや、冗談。それよりどこに行く気なんだ? ここらへんは地盤が危ないからあまり近寄るなって言われたろ』
『大丈夫だよ。何度もここに来てるけどそんなことなかったし』
『ならいいけど』
『ほら着いた、どう、いい景色でしょ?』
『へえ、確かに。こんなとこがあったんだな』
『いいでしょ、風見全体が見渡せるんだよ』
『お、あそこに高校がある』
『あっちには中学校と小学校。ホント早かったね』
『そうだな、あっという間だったな』
……検討違いだったか。
一瞬、ページをめくる手が止まる俺。
さすがに、そんなドラマなことはないかよ。
あきらめ混じりに、それでも俺は数ページ飛ばしつつも続きを流してみた。
『お待たせー』
『よ、遅かったな』
『あれ、そんなに遅かった? 時間通りだよ?』
『そりゃ、時間通りさ。ただし、日付が間違っている!』
『え、ええ!? 一日以上も待ってたの』
『いんや。明日ここで五時半にと約束をしたんだ』
『え、あ、あれ? そうだったけ?』
『……すまん、ごめん、まさか真に受けられるとは思わなかった』
『ふっふっふっ。ひっかかったね』
『へ?』
『私がそんな天然ボケなキャラだと思ったら大間違いだよ』
『つまるところ、俺はすっかりやられたわけだ』
『正直ね、こんなマイルドな方法じゃなくて、ミンチになるまでボコボコにしてあげてもよかったかなとちょっぴり思ってるの』
『うん、やめてくれ、しゃれにならん』
『お父さんならきっと後の処理もしっかりやってくれると思うしね、フフフッ』
『ま、こうして帰ってきたんだ。できれば許してくれないか?』
『……』
『……駄目か?』
『……んー』
『……』
「お、おいおいおいおい」
……ちょっとまてよ。
ものすごく心当たりがあるぞ、この台詞。
『好き好き大好き愛している×××ちゃんらぶー。って言ったら許してあげる』
「んな、そんな馬鹿な……」
気持ちが悪いほどのこの一致は何なんだよ。
その後もページをいくつかめくってみる。
『おじゃまするよ』
『いらっしゃい……というのも少し変だよな』
『そうかも』
『本当はビールとかの方がよかったかな』
『いんや、暑い夜には麦茶がちょうどいいし、気にすんな』
『残念、これ熱いよ』
『へ……?』
『ウソ』
「……」
黙るしか、無かった。手が振るいているのが分かる。
『台本』は完璧にこれまであったことが書かれていた。
……本当に二年前に俺が書いた台本、なんだよな。
いや、二年前の卒業公演、確かにこんな感じの劇を書いたはずだ。
このシーンの次は……風見が丘に行くシーンのはず。
ああ……そうか。そうだったな。
思い出した。そのシーンの直前、雫とした約束。
『またさ、一緒に劇がやろうね』
彼女が言ったのは、それだけの約束だった。
「あいつ、まさか……」
この台本をなぞっているのか……風見を舞台に、あの卒業公演を。
この劇の終わりを思い出し、全身の骨が凍ったように、俺は固まった。
血の気が引くとはまさにこのことなのだろう。
俺は無理やり走りだした。
この劇の終わりは悲劇。ヒロインは赤い花咲く丘で身を投げる。
まさか、いくら何でも、そんなことがあるはずがない。
こんな馬鹿げたことがあっていいわけ無い。
それでも、それがもし真実だとしたら。
俺は雫の部屋から飛び出し、受付から診療所を出ようとした。
「羽山、どないしたん?」
受付でちょうど出くわした崎川は俺のあわてように少し驚いたようだった。
ああ、もう、人が急いでいるときに。
「すまん、ちょっと行ってくる」
それだけ言って、二人をおいて俺は診療所から飛び出した。
俺は走った。坂道を走って、走って、息が出来なくて、それでも走って、走った。
約束を忘れた俺。ひたすら待っていただろう雫。
なぜ、俺は約束を忘れていたのだろう。
雫のことでここまで動く自分が少しショックだった。
苛立ちと何かがごちゃまぜに渦巻く。
その心境とは裏腹に空は相変わらず晴れわたっている。
俺は風見が丘へと続く道を駆ける。
道順はよく知っている。よく分かっている。
ああ、もう、約束を果たしに行こうじゃないか。