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第一章【帰省】

プロローグ 羽山のレポート



「まったく、また変なことを」


 私は一枚のレポートを読み直していた。

 32枚、枚数だけら何とか書いてみたという感じがする、私の講義の受講生がレポートだ。 


 タイトルの次のページにはメモの走り書きのような字で前書きが添えられている。

 彼が何を思ってこれを書いたのか知らないが、これを読むとどうにも彼は哲学者になったほうが良いいのだろうなと思う。 


 初めてこの前書きを読んだとき、少なくとも民俗学にはあまり向いていないようだと私は苦笑した。 

 だが何かと問題児だが、発想という面ではなかなか面白みのある生徒といったところか。人の解釈が絡む学問だけにこう言う発想も時々は必要なのかもしれない。


 私は前文にもう一度目を通した。 

 そこにはこう書かれている。 


 『史実は事実に基づき、組み立て、描かれている。

  ならもし、事実が史実に基づき、組み立て、描かれているのだとしたら? 

 ――それはもう物語と呼ぶ代物になってしまうのではないのだろうか』 




第一章『帰省』


『次は風見。終点、風見となります』 


 窓の外の景色に飽き、ボヤボヤとまどろんでいると、そんなアナウンスが聞こえてきた。 

 どうやら目的地まであと少しのようだ。

 眠気をどうにか振り払い、外を眺めてみると舗装された道と畑と森が見事に田舎の風景として流れている。


 ……まったく、相変わらず何もないところだな。

 俺は苦笑を漏らしそうになりながらも電車内からその景色を懐かしむことにした。


 懐かしさとほんの少しのためらい。

 今通っている大学から、相当距離の離れた地元への帰省。

 3年ぶりだろうか……いや、まだ2年ぐらいか。

 高校を卒業と同時に田舎くさい地元を飛び出した俺は県を2つ3つまたぎ、東京の大学へと進学した。

 入った大学は有名どころではなかったが、東京都内志望となると俺の成績で入れる大学はあそこがぐらいだったのが運の尽きというか……。

 まあ、かくして俺は東京の片隅で、学内では比較的簡単と称される民俗学の講座を受けることにした。

 断じて言うが、簡単という言葉に引かれたわけじゃない。

 民俗学といってもその幅は意外とある、風土、風俗、民話、民謡などなど。俺が学ぶことになったのは主に民話の分野だった。

 民話というのは民間で伝承された物語で、砕いていえば昔話やおとぎ話といったほうがわかりやすいかもしれない。

 物語という点では高校生のときに、とある理由で台本を作っていたこともあるぐらいだ、とても興味はあった。

 が、ふたを開けてみると、そこには凡人の俺には到底理解できない文のような羅列ばかり。

 ……平安時代に書かれた怪文章を解読しろってのがまず間違ってるんだよ。あのタヌキが。

 もっと砕けた感じでいいと思うんだけどねぇ。


 そんな形でとりあえず授業は受けてはいたものの、成績不十分の烙印を押されてしまったのが二日前。 

 教授に頭を下げて、下げて、地面に額がつきそうになったところであのタヌキやろうが俺に単位取得の課題を出してきた。 


「まったく、ついてねえよ」

 教授……、あのタヌキが出してきた課題を思い出す。 

 いわく『自分の土地の民俗学』についてレポートにまとめてこい、だそうな。 

 期限は2週間、レポート用紙の分量は多ければ多いほど高評価らしい。 

 最低でも一週間はレポートを書かないといけないから、俺が実質向こうにいられるのは大体三、四日といったところだろう。 

 現に学生の財布に優しい移動方法だと一日は移動に対やしないといけない。

 なれない支度や、挨拶とかで一日使ってしまい、今は二日目。 

 もう、時間はあまり残されていない……つうかはじめから余裕なんてものは存在しない。 


「さてと、どうなるもんか」 


 電車はそうつぶやきため息を吐く俺を乗せながら、相変わらずといった具合で進んでいった。 



2 

 『次は、風見、風見。終点風見になっております』 

 『お忘れ物が無いよう、お手元をお確かめになってからお降りください』 

 『次は、風見、風見―――――』 


「ん、少し眩しいな……」 


 木漏れ日なんて東京じゃさほど気にも留めなかったものを感じながら、俺は待ち合わせの場所である駅前のベンチに腰掛けた。 

 あたりは2年間とさほど変わらずびっくりするほど何もない。無人の駅の先にはコンクリートの道、あとは畑か田んぼのみだ。

 手持無沙汰で携帯を確認してみると、電波が届いていないようだ……格安スマホのサガか。


「まいったな……」


 待ち合わせの時間までは、まだかなりある。こちらからの連絡手段は無し。

 いっそあいつの家に行くのもありだが、あいつの性格を思い出すと、待ち合わせよりも変に早く現れることがあるので、動くに動けない。 

 もうほぼ夏だが、ここら辺は高地なのでさほど暑くないのが救いといえば救いか……いや東京が暑すぎるだけなのかもしれないが。 

 世辞にも涼しいとは言えないが、ベンチは日陰になっているし、まぁしばらくはゆっくりしていよう。どうせ後で忙しくなるんだ。 


「お兄さん。どうしたの?」 


 俺がそんな感じで暑さにだれていると、突然ちびっこが俺の前に現れた。 

 白いブラウス、ぶかぶかな麦藁帽子、髪はかなり長い、ああ、それとちびっこらしく胸はない。 

 ……で、どなた? 


「……」 


 俺がなんて声をかけたものかと黙っていると、ちびっこはチョンと俺の隣に座ってきた。


「うん、そうだ、やっぱりお兄さんだ」 


 ……いや、だからあんた誰だよ。 

 心の突込みが表情に出たのか、ちびっこは俺の顔を覗き込んでおかしそうにくすりと笑った。 


「私のことわからないかな? わからないならそれで良いよ」 


 俺がここに住んでいたときの友人の妹か何かだろうか。 

 記憶にまったくないんが……きっとそんなところだろう。


「悪いな」


 そうやって結論づけたあと、俺は小さく謝罪した。 

 ちびっこは相変わらず何が面白いのか笑いながら「気にしなくて良いよ」と返し、言葉を続けた。 


「お兄さん、質問してもいいかな?」 

「ん、何だ?」

「事実と史実ってどっちが先だと思う?」 


 え……? 突然、子供らしからぬ物言いに俺は困惑しかけた。 

 事実だの、史実だの、最近のちびっこは難しい言葉を使うもんだ。 

 きっと、なんかの遊びのつもりなのだろう。俺もガキのころは駅前で電車眺めたり、駅長のおっちゃんにあれやこれや聞いたもんだ。 

 まあ、待ち合わせの暇つぶしぐらいにはなるか……。 


「……どっちかというと事実じゃね?」 


 俺の返答にちびっこは何か納得した顔でうなずく。 


「そっか、そうだよね」 

「だろ?」 


 ちびっこは俺の答えに納得したのか大きくうなずいた。 

 しかし、うなずいた後に「んー」ともう一度、考えこみ、口を開いた。 


「じゃあさあ、もしだよ。事実と史実が反対になっちゃったら、それはどうなるのかな?」 


 ……は? 一瞬、困惑する俺を置いて、ちびっこはさらに続ける。  


「事実と史実が反対になったら、それは物語なんじゃないなかな?」 

「……どうしてだ?」 

「物語って史実は決まっているのに、それになぞられて事実が展開するから」 


 よ、よくわかんねぇ……。 


「お兄さん」 

「ん……?」 


 ちびっこは一呼吸おいてから、満面の笑みで俺に言ってきた。 


「おかえりなさい」 


 ……だから誰だよ、あんた。 

 俺がそう問いかけようとする間にちびっこはベンチを降り俺の真正面に立った。 


「おかえりなさい、お兄さん」 

「おかえりなさいって、あんたは……」 


 ためていた言葉が思わず口に出た。

 こいつは、いったい何者なのか。そもそも2年前、この土地を出て行くときにはこんなちっこい知り合いなんていなかったはずだ。 


「私?」 


 少女は面白そうに自分を指差した。

 そして、その面白そうな顔を崩すことなく無邪気に言った。


「私は、ながたにしずく」 


 満面の笑みを崩さず彼女は名乗る

 それは、俺の知り合いの名前と全く同じ音だった。


「え?」

「お兄さんが帰ってきてくれてうれしいよ」 


 いや、うれしいと言われてもな……。 

 本当は名前のことを訪ねようと思ったのだが、なんだかはぐらかされてしまったようだ。

 

「あ、そうだこれ」 


 困惑する俺にちびっこはどこからともなく白い布切れを出してきた。 


「ん? なんだ?」 

「ハンカチ、お兄さんに渡さないといけないから」 

「は……?」 


 わけのわからない俺に、ちびっこは無理やりハンカチを突き出す。 

 俺は仕方なく受け取った。見ると、隅っこに『ながたに しずく』名前が縫い付けられている。 

 やはり聞き間違えではないようだ。


「なあ、ちょっと聞きた――――」

「あ、もういかないと」 


 突然、ちびっこは何かを思い出したのか踵を返し駆け出した。 


「お、おい!」 


 俺は立ち上がり制止の言葉を投げかけるが、そんなことはおかまいなくちびっこは俺の視界から離れていく。 

 追っかけようにも、そこまでして追っかける理由が見つからない。

 俺はバツが悪くなり、結局そのままベンチに座りなおした。 


「まったく、なんだったんだ……」 


 事実とか、史実とか。 

 それ以上に、ながたに しずくって……あいつと、同姓同名? 

 いやでも、こんな狭い田舎に同じ名前のやつが二人もいるもんか? 

 俺は疑問で首をひねってみる 

 が、そんなことをしても結局答えはでなかった。




「そろそろ時間か」

 

 俺はスマートフォンをいじりながら、あいつが来るのを待った。 

 俺の契約した格安会社の都合か、このド田舎の都合かは分からないが、アンテナが安定しないため、携帯の本来の役目である電話やメールの機能にはあまり期待できそうにもないが、まあ時計程度の役割なら果たせそうだ。

 電波時計なので時間が多少ずれてしまうかもしれないが、それも三、四日の辛抱。電池さえなんとかなれば大丈夫だろう。 

 というかどうせずれても一分やそこらだろうから、気にはならないだろうし。

 そんな本来の機能が麻痺した携帯電話が示す時刻は5時半、そろそろ待ち合わせの時間だ。


「お待たせー」


 お、来た来た。

 声をしたほうに目をやると、手を振りながらこちらに歩み寄ってくる懐かしい姿があった。

 ぱっと見た感じ2年前とさして変わらない、セミロングの栗毛に、子供みたいな笑顔。

 相変わらずスカートよりジーンズが似合うやつというか……もう少し色気がほしいもんだ。

 あ、いやいや……。久しぶりの再開に自分で自分に水を差してどうする。


「よ、遅かったな、雫」 


 とりあえず、内心のゴタゴタは放っておいて、俺は挨拶を先にすることにした。

 先ほどのちびっこと同じ名前の彼女に―――――長谷 雫に。


「あれ、そんなに遅かった?」


 おかしいなと彼女は駅の時計を確認する。

 彼女の言っていることはあっているだろう。

 さっき俺が携帯電話で時間を確認したばかりだした。


「時間通りだよ?」

「そりゃ、時間通りさ。ただし、日付が間違っている!」


 だが、あえて俺はからかってみることにした。

 というかさ、久しぶりにこいつに会ったらちょっと気恥ずかしいんだよな。


「え、ええ!? 羽山クン、一日以上も待ってたの」


 俺の大嘘に思いっきり彼女はおもいっきり驚いた。

 そうそう、こいつはこういうリアクションをしてくれるから楽しいんだ。


「いんや。俺は明日ここで五時半にと約束をしたんだ」


 さらに俺はどうでもいいことを続ける。

 さすがにこれはツッコミがくる気がするが。


「え、あ、あれ? そうだったけ?」


 しかし、俺の予想を裏切ってきょとんと真に受けた顔をする彼女。

 お、おいおい。


「……すまん、ごめん、まさか真に受けられるとは思わなかった」


 なんかこのままだと本当に冗談で終われないような気がして、俺はしどろもどろ手を合わせた。

 こいつめ……いつから天然ボケなキャラになったんだ。確か二年前は根底が策士みたいなやつだったのに。

 そこまで思ってはたと彼女の視線に気がついた。まさにしてやったりと、邪悪な笑みを浮かべている。


「ふっふっふっ。羽山クン、ひっかかったね」

「へ?」


 ああ、そうだよ、そうだよ。こいつはそういうやつだよ。

 今までのは演技かよという悔しさと、ああ、変わってねえなぁと少し安心感。


「私がそんな天然ボケなキャラだと思ったら大間違いだよ」

「つまるところ、俺はすっかりやられたわけだ」


 俺は両手を挙げて敗北をしめす。

 まったく、もうお互い高校生じゃねえのになにやってんだか。


 

「正直ね、こんなマイルドな方法じゃなくて、ミンチになるまでボコボコにしてあげてもよかったかなとちょっぴり思ってるの」

「うん、やめてくれ。しゃれにならん」

「お父さんならきっと後の処理もしっかりやってくれると思うしね、フフフッ」


 さすが高校のときの演劇部部長。相変わらずの演技派だ。

 目が本気っぽいから、そう思っておかないととても怖い。

 まあ、でも……ここの土地を出て行ったとき、ろくに挨拶もしなかった俺に非があるのも事実だ。

 素直に謝っておくかな。


「ま、こうして帰ってきたんだ。できれば許してくれないか?」 


 ……素直じゃねえなぁ、俺。 


「……」 

「……駄目か?」 

「……んー」 


 彼女は、少し考えるしぐさをし、なんだか楽しそうに目を細めた。 


「……ふふーん」 

「その雫サン?」


 なんだか少し嫌な予感がする。 

 その予感は雫が口を開いた瞬間、現実のものとなった。 


「好き好き大好き愛している雫ちゃんらぶー。って言ったら許してあげる」 

「なっ!?」 


 な、なんて処刑方法を思いつくんだこいつは。 

 もろもろの事情で俺は滞在期間中はこいつの所の診療所に泊まるってのに。

 家主の娘と険悪になっても怖い、かといって「らぶー」なんていった日にはあの人が怖い。 

 あの人こと彼女の父、長谷 拓也は娘を溺愛してやまない。

 娘は目に入れても痛くないと本当に目に入れようとするぐらい溺愛している。 

 その娘に「らぶー」といった事実が伝わってみろ 

 俺ははりつけにされ火で焼かれた跡にチリ一つ残さないように薬品で溶かされ、仕上げに行政のコンピューターをハッキングして俺の存在そのものを消すに決まっている。 

 現に磔までの段階なら何回か経験済みだ。 

 そうあれは小学校のころ、コイツが風邪で休んで俺がプリントを渡しに行ったあの時……ああ、すばらしきトラウマ。  


「それで羽山クンはどうするのかな?」 

「うっ」 


 俺の目の前には二つの選択肢。 

 今、怖い目をみるか、後、怖い目をみるか 

 俺は……至極悩んだ挙句、先の恐怖を回避することにした。 


「す、――――。 すきすきだいすきあいしている雫ちゃんらぶー」 

「えええええ!?」 


 なぜか悪魔の提案をした悪魔が驚いている。 


「は、羽山君。えとええっと――――」 


 彼女は俺の返答がそんなにも意外だったのかオモシロオカシク慌てまくり始めた。 

 その動きはなんだか俺が大学入り始めたころに廃れ始めたダンスに似ている。 

 パラパラ……だったっけか、とにかく手を動かして踊るあれ。


「落ち着けって、こっちが恥ずかしい」 


 まさかこんな反応をされると思わなかったから、思わずツッコミを繰り出す俺。 

 彼女は文字通り「ハッ」とわれに返ったらしく、ばつの悪そうに咳払いをひとつした。 


「は、羽山クンが変なこというからだよ!」 


 変な提案をしたのはお前だろう。 

 ……いや、蒸し返すとなんだか本当にこっちが恥ずかしくなりそうだな。 


「とにかく、行こうぜ。あんま立ち話してても日が暮れちまうし」


 俺はごまかしがてら彼女を促すことにした。

 さすがにいくら懐かしいからといって、ここでぐだぐだやっている場合ではない。

 課題があるからな、なるべく早くちゃんと休んでおきいたい。


「あー、ごまかした」


 そう言う彼女の言葉を俺は無視して強引に移動することにした。

 

「……置いていくぞ」

「え、ちょ、ちょっとまってよー」


 背からは彼女の声が聞こえてくる。

 やれやれ……どうやら、騒がしい帰省になりそうだ。 




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