Zug
灰色の世界に彩られた、ホームの上で、少女は待つ。
通り過ぎていく列車たち、車掌たち、そして乗客たち。
決して彼女は列車に乗らないし、乗客と会話をしたりもしない。
座って首を縦に振ったり、わからなかったら傾げたり横に振ったり。
けれど彼女は待っている。
無垢なまま、何を。
彼女の乗る列車を。
誰でも乗る列車がわかるはずのホームでただ一人佇んでいる。
ホームのベンチにちょこんと座りながら、通り過ぎる列車を、止まった列車に乗り込む乗客たちを見つめている。
話しかけるわけでもなく
話すわけでもなく。
車掌達は彼女を気にしているが、彼女は反応しても首を傾げたりするばかり。
車掌達には本来なら名前が無いが、彼女は列車に記されている役割名を名前だと思っている。
「シニガミ」「コドモ」「アシタ」「キョウ」「キノウ」「オモイデ」
コドモは毎回といってもいいほど様々な服を着て現れる。「魔法使い」「サンタ」「勇者」それらはみな子どもが焦がれるような夢のある者たちばかり。
コドモに乗ってくる子どもたちは、みな無邪気である。
コドモは少女が大好きで、いつも列車の乗客を降ろして遊ばせる。
何かの反応を期待してやっていることなのだが、少女はつれない。
シニガミも彼女が好きで、コドモの好きとは違うが、彼女にキスをする。
彼女はそれの意味することを知らない。
シニガミが彼女に贈るメッセージは、愛しているという意味。
けれど無知であろうとする彼女には決して届かない。
そしてまた彼女は首をかしげる。
アシタは優しくて、毎回列車の発車する前に、少女に手を振る。彼女ははじめそれの意図することがわからなかったが、次第にそれを返していくようになる。止まった時の中で、徐々に少女も変わっていく。
ホームに来るのはコドモの乗客だけでなく、さまざまな列車の客が来る。その中で少女は次第に自分が変わっていくのに気付かないまま、最後には死を目前にして生きることを望む。
そしてシニガミは列車にいざなおうとするが、少女は立ち止まる。その姿を見たシニガミは、ホームの端に彼女を落とす。その姿は、どこか寂しそうだった。
ホームに飲み込まれた少女は、いろいろな声を聞く。苦しそうな声、耳をふさいでしまいたくなるようなえげつない声、そして、車掌達の声。
生きて。生きて。生きて。生きて。生きて。
大丈夫だよ、光の指す方へ行けば、君はこの世界から抜け出せる。
それはコドモの声だった。希望に満ちたコドモの声。純真無垢な感情の中に、確かな強さを感じさせる声。
またきっと、会えるよね。それまで、ばいばい。またね。
彼女は病院のベッドで目を覚ます。
「外傷はないのに。ずっと眠ったまま」
「たとえ起きられてもねぇ、辛いわよね、全身やけどだらけで、女の子なのにね」
「なんとか生きてるけど、これからも結局は生き地獄よね、ほんと。かわいそうに」
「いっそこのまま眠っていた方がいいんじゃないかしらって、思うわよ。その方が患者さんのためでもあるんじゃないかしらって」
「ほんとにねぇ…」
「どんな夢を見ているのかしらね。毎日」
ゆっくりと起き上がった少女は自分の手を見つめる。そこには火傷の跡。事の次第をゆっくりと理解していく。体中には包帯が巻かれ、周囲には薬品のにおいが充満している。
ふと窓の外を見る。暖かな日差しが差し込んでいる。どこを見ているというわけでもなくぼんやりと彼女は言葉を漏らす。
「…これから始まる。私の列車が、ここから、汽笛を鳴らして…」
そして、どこかへ向かって。
これは小説版。
高校の頃書いた奴をアレンジしたもの。
脚本版は明日載せます。