捏造の王国 その19 科学的少子化対策試作品!~オッサンもコレやってみんかい!
官邸の面会記録は無いで押し通せと言い張るガース長官。全部無いではさすがに無理ではと疑問を口にするニシニシムラ副長官に、絶対にバレたくない面会を話すガース長官、その内容とは…。
夏本番を思わせる初夏の陽気から一転、台風一歩手前の暴風雨に見舞われ続ける官邸周辺、屋外だけでなく、その屋内にも鬱陶しい空気が蔓延していた。
「ガース長官、その、本当に”官邸の面会記録は無”押し通すおつもりですか」
おそるおそる口を開くニシニシムラ副長官の問いに、例のごとく素っ気なくガース長官は答えた。
「そうだ、記録はない、誰が訪問したか、何を話し合ったか、一切ないと答えておけ」
「そうすると、マンゲツ記者やフリーライターらから質問が。自称ジャーナリストのアンズミやINUHKの総理の添い寝の友ガンダらの誤魔化しもいつまでもつか」
「かまわん。マンゲツがいくら手を挙げても、無視すればいいだけだ」
国民に情報を開示するという姿勢の欠片もないガース長官に、ニシニシムラ副長官は弱気ではあるがさらに反論する。
「しかし、長官、そのカッコクレンからも報道の自由や人権問題で勧告をうけておりますし、そのマンゲツ記者の例の映画も公開されますし、あのドキュメンタリー映画“主なイクサ場”の評判からしてこちらも」
ピクッ。ガース長官のこめかみに怒りのしるしが浮き出た。
「だ、だからなんだというんだ!ミズダや他のネトキョクウまがいの自称保守馬鹿が、調子にのってペラペラありえない妄想一歩手前の自説をしゃべった映画が公開されたからなんだというんだ!あいつらが勝てない裁判を起こそうとして世界に己の恥をさらしまくるからなんだというんだあ!」
「ちょ、長官落ち着いてください!」
「マンゲツがヒロインの映画の前評判が上々だとおお!マスコミに絶対に“ジャーナリスト”の宣伝はするなと言っておいたのに、なんで、なんで、あんなに人気があるんだあ!新しい婦人だがなんだかの新聞の一面でインタビューだと、私なんかカイゲンオジサンなんだぞ、なんで、なんで私のドキュメンタリーはないんだあ」
と、僻みなのか、八つ当たりなのか、愚痴なのか、意味不明のことをわめくガース長官。
すかさずシモシモダ副長官が鎮静作用のあるハーブティーを差し出す。
「長官、これを召し上がってください」
「あ、ありがとう、シモシモダ君」
ガース長官は一気に飲み干すと少し興奮が収まったのか、
「すまない、ニシニシムラ君。君の言うことはわからんではないのだが、しかし記録を公にするわけにはいかないのだ。あったということになれば提出を求められるし、一応はないわけではないのだが」
「ああいえ。モリモリカケカケや桜を愛でる会の件のありますので、なるべく公にしたくないということはあるのはわかりますが。しかし、すべて廃棄したということではさすがに文書管理そのものができない後進国、野蛮国とされかねないのですが」
「わかっている、わかってはいるのだが。このところトンデモない訪問が多いのだ、特に、この間のアレは…」
と、ガース長官は思い出したくもない訪問者のことを語りだした。
「ニホンの最重要課題、緊急に解決すべき問題、少子化はこれで解決です!」
官邸の応接室。仰々しい調度品やソファが置かれた部屋に、更に仰々しい装置のようなものを持ち込んで力説する白髪交じりの男性に辟易しながら応対するガース長官。
「その、コダカラ博士、でしたな、イシバラ元議員のご紹介の。サクラダダ議員も呼んでほしいとのことでしたが」
「はい、サクラダダ議員は少子化に特にご関心があり、女性にいろいろお願いされているとか。そんな方にぜひともモニターになっていただきたいのです!」
「も、もにたあ?って何です」
ガース長官の側にいたサクラダダ議員がこわごわした調子で尋ねる。女性にお願いという名の強要、セクハラをしていると公言した件でお叱りを受けると冷や冷やしていたせいで縮こまっているようだ。
「こちら、私が開発した世界初の人間仕様、モバイル人工子宮です!」
コダカラ博士が指さしたのは持ち込んだ機械。正確には機械の中の水槽のような装置の中に浮かんでいる卵を二つに切ったような形のカプセル状の物体である。
「こ、これで何を、人工子宮って何?」
「これこそ、サクラダダ議員、貴方にぜひお試しいただきたい装置、成人以上なら男女問わず妊娠可能な人工子宮です!とはいっても性行為は無理ですので、人工授精した受精卵を中にいれ、装着します」
「そ、装着?自分の体につけるのか?け、けっこう大きいぞ」
サクラダダ議員は信じられないというようにカプセルをみている。
「そうです。本物の子宮に似せて、母体、いや親の体から栄養がとれるよう、ちょっとした手術を行います。腸の一部から栄養がいきわたるよう人工子宮に血管をつなげ、人工胎盤から胎児が栄養を吸収するようにします。もちろん排泄物などを外に出せるように他の管もつなげます。さすがに子宮そのものではありませんが、感覚や胎児との繋がりはかなり近いものかと」
「その、人工子宮ならわざわざモバイルにしなくてもよいのでは」
ガース長官が疑問を口にすると、コダカラ博士は首を振って
「いえ、親との一体感が大切なのです!胎児も母親の心音をきき、感じ方、外界の刺激などをうけているのです!暗い部屋に置きっぱなしにしておけば勝手に育つなどということはありえない!産まれるまでの親との一体感、これこそジコウ党が推奨する伝統的家族観になくてはならないものではありませんか!」
「いや、そんな、それは女性にお願い~」
と、散々叩かれた台詞をまた口にするサクラダダ議員にコダカラ博士は即座に反論した。
「サクラダダ議員、伝統とはいえ変えるところは変えるべきです!シングルマザーはだめ、賃金労働に育児、家事、介護、夫の世話もやってくれ、では女性の体は足りません!ならば既婚者は両方出産も育児も可能になればいいのです!出生率も上がります!」
「で、でも、そんなことすぐに」
「ですので、サクラダダ議員、あなたにモニターをお願いしたい。既婚者で、すでにお子さんもいて少子化対策に関心がある男性議員。これが成功すれば世の男性も納得し、ワタクシの人工子宮を取り付けるでしょう」
「ぼ、僕はもう子供いるし、つ、妻がその」
「あ、奥様にはもう了解をとってあります、ちなみに卵細胞の採取の許可もいただきました。あとはサクラダダ議員の精子をいただければ受精卵もつくれます。明日とはいいませんが、受精卵など準備ができ次第に装着を」
「そ、その装置をつけたらどうなるんだい」
「出産、いえこの場合は帝王切開ということになりますが、胎児が成長して産まれるまで装置をつけていただきます。通常、子宮は胎児の成長とともに大きくなりますですが、これはあらかじめ臨月に近い大きさにしてあります。そのなかで親の体から栄養をとり刺激をうけ、徐々に成長します。胎児の成長を確認するため半透明にしてありますので、異常などがあれば確認が取れるという優れものです!」
「ちょ、腸から栄養を取られるのか?そ、それに産まれるまで、ずっと人工子宮をつけて」
「ええ、もちろん。その間、通常通り仕事はできます。とはいえ、胎児に危険を及ぼす可能性がある飲酒、喫煙、重労働は避けていただきたい」
「そ、その間酒も飲めないのか、激しい運動も駄目って」
「もちろんです、胎児が大事。ああ、でも妊娠中の女性が通常やれることはもちろんできますよ。身重の体で電車通勤してらっしゃる方、残業をされる方もいます。まあ流産の危険もあるのでお勧めはしませんが」
「う、生まれたらどうすれば」
「もちろん、産んだ方が赤ん坊の世話をすればよいのです。サクラダダ議員はすでにお父様でいらっしゃるので、その辺も安心ですよね。粉ミルクなどで母乳がでなくても育てられますし。お望みなら母乳ならぬ父乳がでる人工オッパイも開発中です。こちらは既存の技術と栄養価に優れた液体ミルクがありますので、ご出産までには間に合うかと」
「その、十か月だよね、確か妊娠期間って」
サクラダダ議員の問いに怪訝な顔で答えるコダカラ博士。
「そうですよ、サクラダダ議員、お子さんいらっしゃるので、ご存知ですよね。それに一度は帝王切開で奥様が大変だったとか」
「まあ、その、ぶ、無事だったし」
「そうそう奥様のご要望もありまして、この人工子宮には陣痛などの感覚も体験できるようになっております。まあ親の体から血管を伸ばしているわけですので、当然血管を切ることになる帝王切開に似た人工子宮出産のときには痛みも感じるわけですが」
「い、痛いのか、麻酔は」
「通常の帝王切開では麻酔を行いますが、人工子宮ですし、痛みもそれほどではないと思われますから麻酔は使わない予定です。胎児になんらかの影響が出ると困りますので。なにしろ初の人工子宮出産、事故や間違いなどないように慎重を期したいのです。あ、奥様も“本当にお腹を切るわけじゃないんだから麻酔なんて要らないわよ”とおっしゃってました」
妻の帝王切開時、麻酔なんてとんでもない、子供のために我慢しろ、自力でなんとか産んでみろとギリギリまで帝王切開と麻酔に反対したことをサクラダダ議員は心底後悔した。
「そ、相当痛いんだよね」
「ご不安ですか?では実際に体験されたほうがよろしいですね。」
と言ってコダカラ博士はヘルメットに電極がたくさん刺さったような装置を取りだしてサクラダダ議員の頭に取り付けた。
「これは、陣痛および帝王切開の痛みを体験できる装置です。出産経験のある女性、とくに出産時に酷い痛みを感じたと訴えた女性数百人に、近いレベルの痛みと痛みの感じ方を選択していただき、そのデータに基づいて痛みの平均レベルを算出してそれに近い、いや陣痛そのものの痛みを再現したものです。ちなみに帝王切開をして麻酔が切れた後の痛みを参考にしたものもあります。こちらもかなりの痛みがあり長引く場合もあったということですが、まずは陣痛から」
とモバイルパソコンの画面を開き、タップすると
「ひいいいいい」
途端にサクラダダ議員が悲鳴をあげた。最大級の下痢と便秘の腹痛が一度に襲ってきたような激しい痛みが下腹部に走り、サクラダダ議員は思わず手を腹に当ててしゃがみこんだ。
「ううう、腹がああ、腹がああ痛い、トイレに行ってもだめなのかああ。ゲ、下痢より痛い、百倍、千倍だあああ」
痛みに耐えきれなくなったのか、倒れこんで床をのたうちまわるサクラダダ議員。
努めて冷静に二人のやりとりと見守っていたガース長官もこれには驚き、コダカラ博士に詰め寄った。
「な、なにをするんだ、サクラダダ議員が死んでしまう!」
「え、でも、これで最低の痛みなんですよ、ほとんどの女性が耐えてますし、それにバーチャルですが」
「いいから、やめろ!」
「ぎゃああああ」
痛みのあまり無理に装置を取ろうとするサクラダダ議員。が、電極のコードが絡みあい、上手く外せない。床に転がりながらコードを引きちぎろうとすると、細かい火花が飛んだ。
「わ、わかりました。あ、無理に外したら装置がショートして…」
コダカラ博士が言い終わらぬうちに、サクラダダ議員は装置を壊した。そして
バチッ
という音とともに焦げ臭いが漂う。サクラダダ議員は
「ぎいいぇぇぇぇ!〇×△□!プスプス…」
と叫んで気絶した。
「さすがに官邸に救急車を呼べばフリーの記者どころか野党、リベラルどもかぎつける。大手マスコミも取材に来ないわけにはいかないだろう。だから、ひそかに総理付きの医者を呼びサクラダダ議員の治療をしてもらった。たいした怪我でもなく、ちょっと髪が焦げたぐらいだったからよかったのだが」
思い出しても頭が痛いという風に首をふるガース長官。ふと、ニシニシムラ副長官が尋ねた。
「その、コダカラ博士の装置というのはいい加減なものだったのでしょうか。陣痛を体験する装置とやらも」
「いや。他の専門家の意見とやらも聞いてみたが、いくつか改良の余地はあるものの実用化はできるそうだ」
「ならば少子化対策に有効では。まあ痛い思いは嫌ですけど、女性だって産むときに耐えているわけで」
「それはもっともではあるが、その痛みと大変な妊娠期間中を、その男性側、とくにサクラダダ議員のような男性が耐えられるかという問題があるのだ」
「でも、それでは“少子化対策のため、女性だけに子供を産め”と言うのはまさに女性側に無理に負担を押し付け続けることになるのではないでしょうか。それに女性が耐えている痛みや不自由を耐えられないとは、ニホン男児、特にジコウ党の男性は、その、実は心身ともにかなり弱い…」
「は、はっきり言わないでくれ!今回の件が公になったら、それこそレンポー、ツジゲンら野党の女性議員やマンゲツのような記者たちが“少子化だから女性は必ず子供を産めというなら、人工子宮を採用してジコウ党男性がまず産んでみろ”と言いかねない。サクラダダ議員をみてもわかるように、そんなことジコウ党男性議員にできるわけないだろう。第一、野党の男性議員のコイケダやヤマダノが自らモニターになって無事出産したらどうする!そうしたら、我々ジコウ党の男性は立つ瀬がない、いやそれどころか世界最弱の男性集団としてどんなにバカにされ、見下され…」
まくしたてるガース長官にまたもやティーカップを差し出すシモシモダ副長官。
「あ、ありがとう。ゴクゴク、ふうう。…なんだか、疲れているようだ、急に眠気が。すまないが少し休む」
と、欠伸をもらしながら、部屋をでて自室にむかうガース長官。見送るニシニシムラ副長官とシモシモダ副長官。
「長官、大変なんだね」
「ひょっとしたら、バレリアンだかを少し多めにブレンドしたからか。実はタニタニダ君が眠れないとこぼすから、知人にレシピを教えてもらって淹れた安眠・鎮痛・鎮静のお茶なんだ。少し飲めば落ち着くというから一杯だけ出すつもりだったんだが、また興奮されたので」
「あー、お茶が効きすぎたんだね。でもタニタニダ君は何で眠れないの?」
「あのネンモト大臣が“女性に対して勤務中ハイヒールを履けと強制するのは業務上必要の場合は容認”などととれる発言をして吊るし上げをくらっただろう、それをかばってというか」
「えー、今度はネンモト大臣の尻ぬぐい?アトウダ副総理の“2千万円貯めろよ、年金不足するんだから”発言の時も大変だったよね。雑誌に“アトウダ副総理の飲み代は年約2千万円、政務活動費流用の疑い”とかかかれるし、本当のことだけど。でもそれで何で眠れないの?女性陣の猛攻撃をうけてショックを受けたとか」
「それもあるだろうが、“それなら試しに僕がハイヒール履いて勤務してみます!”とか宣言して、数日前から履き始めたんだそうだ。だが、靴擦れで足がひどく痛み、腰痛もひどいらしい。あと膝も。ハイヒールって慣れない奴が履くとかなりキツイんだよ」
「あー、あれは痛いらしいね。学生時代、就活してた女子がいつもより高めのハイヒール履き始めたら痛くてしょうがないって言ってたし」
「たまには履いてる女性でさえそうだからな。タニタニダ君の足はかなり腫れてるんだが、事情が事情なだけに大っぴらに医者にかかることもできないんで、市販薬や痛み止めでしのいでいるんだそうだ。さすがに今はハイヒールを履くのはやめたそうだけど、痛みがひどくて普通の靴も履けずに包帯巻いてサンダル履きだよ。ハイヒールを履き始めて二日ぐらいから痛くて眠れないそうだ」
「それでお茶をもっていったのか」
「すぐに効くかはわからないが大分痛みは和らいだらしい。さっき彼の部屋をのぞいたら机に突っ伏していたし」
「相当寝不足だったんだね。やっぱりそんなに痛いのかな、ハイヒール。パンプスとかいうのも駄目なのかい、こういう形の、女子高生とか履いてる靴」
「ニシニシムラ君、それはローファー。パンプスはハイヒールの踵がないやつ、全体が平たいが足の甲のところで支えがないんで脱げやすいんだよ。あれはあれで履くのは大変」
「わあ、それじゃローファーかスニーカーのほうがいいね。でもシモシモダ君、なんでそんなに詳しいの?」
「学生時代、酒の席で賭けに負けて、パンプス、ハイヒール履いて女装一日体験をやらされたんだよ。まったく酷い目にあったよ。恥ずかしいのはもちろん、次の日の足、腰、ひざの痛みと言ったらもう。翌日だけじゃないぞ、ヒール履いてるときにバランス崩して足首が捻挫してたんで、治るまで結構かかった。衝撃がつま先にかかるわ、アキレス腱のあたりが炎症起こして腫れるわ、足先が細くてきつくて指先が痛むわ。外反母趾になるとか歩けなくなるって本当だって思うよ」
「へえ、すごい体験だね。じゃあシモシモダ君はハイヒール反対派なんだ。結構キレイに見えると思うけど」
「反対というか、履きたければ履けばいいと思うだけだよ。強制はまずい、健康を害する人もいるんだし。それにハイヒールやピンヒールは履いてない人間にも恐ろしいことになることがあるんだよ。特に男性にとっては」
「なに、恐ろしいことって」
「それは…。そのうち話すよ。ニシニシムラ君、君まで眠れないとか、不安だとか言われると困るし」
「そ、そうか、じゃあ今度」
と、いいながら“ハイヒールの恐ろしいお話”という言葉だけで眠れなくなりそうな、メンタル弱めのニシニシムラ副長官であった。
他者の痛みを共有するのは難しいですが、今はバーチャルリアリティ技術も発達しており、難易度が高かった匂いの再現もできるといいます。想像力が足りなければ、仮想現実で痛みや悲しみを体験してお互い思いあう社会になってほしいものです。
もちろん妊娠、出産、育児、家事、介護も夫婦、家族で助け合ってやっていける社会になればいよいですね。