表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

人におけるおそらく最も強力な麻薬

作者: 木漏れ日

 この歳で、中毒になるなんて。


 私がそれに出会ったのは高校生の頃で、日々のつまらなさに退屈している僕にそっち側から近寄ってきた。


 最初は怖かった。責任だとか、それを失った時の喪失感だとか、色んなことが頭の中を駆け巡った。それに、僕にとってそれは違う世界のものだと思い切っていたから。


 でも、実際にそれが僕にもたらした効果は素晴らしいものだった。初めはギクシャクしていたものの、徐々にスムーズになり、共にいることが怖くなくなった。さらに言えば、それは僕の気分を良くしてくれて、辛い時も、悲しい時も、それがあるだけで僕は立ち直り、気分を良くし、前に進むことができた。思えば、この時既に僕は中毒に陥っていたのだろう。


 いつのまにかそれは生活の一部となり、大事な歯車となっていた。


 それのおかげで、僕の性質も随分と変わった。ネガティブ思考は多少改善され、どこかで起こる出来事にも悲観することが少なくなった。人付き合いも良くなり、メアドも10を越えた。普通の人から見れば少ないだろうが、僕には天変地異ほどの出来事だった。


 そんなに僕を変えてくれたそれを、僕は一生大事にしようと思った。月並みな言葉だが、感謝の気持ちが胸に溢れかえっていた。


 でも、この世の幸福は平均化されるのが常だから、幸福の絶頂にいた僕は当然のごとく頭を叩かれた。それも、最悪の形で。


 11月18日、僕の誕生日の1日前だった。僕はそれが家で待ってるのを想像して内心にやけながら家に向かった。曲がり角を曲がると、すぐに赤い光が目に入った。それはパトカーのランプだった。僕は焦った。もし、それに何かあったらと思うと、汗が止まらなくなった。


「すみません、この家の主人の滝さんですか?」

 僕がそうですと答えると、警察官は付いてくるように僕に言った。玄関で靴を脱ぎ、リビングに入ろうとした時、警察官はリビングの前のドアで立ち止まり、僕にこう告げた。


「この先にあるのは、全て現実です。ここまで連れてきてなんですが、この先にあるのを見ないという選択も十分あります。それでも、あなたがそれを見る勇気があるのなら、静かに首を振ってください」


 もう、この先にあるものは分かっていた。


 パトカーの中にいた、目つきが逝っちゃってる男。

 おそらく通報者であろう隣のおばさんは腰が抜けていた。

 そして、廊下に漂う微かな血の匂い。


 それでも、僕はこの目で見ることを選んだ。


 ドアが開くと、同時に強い血の匂いが鼻にこびりついた。


 そして、リビングには血塗れの妻が倒れていた。


           *


 あの日以来、僕は家をマンションに移し、一人で静かに暮らしている。部屋は極力何も置かないようにしている。何かがトリガーとなって、もう思い出したくは無いから。


 それでも、僕は四六時中苦しんでいる。


 僕は気づいたんだ。


 僕は君に中毒だった。


 そしてもう、二度と再犯はできないことに。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ