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夢界の創造主  作者: クスクリ
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84話 鉄槌

 なるべく穏やかに達己との遭遇を図ろうと考えていた俺だったが、気が変わった。俺・正之、達己との力の差を衆人環視の下で歴然と見せ付ける必要がある。鼻っ柱をへし折ってやらねば。人垣をぐるりと見回す。この場に似つかわしくない服装の屈強な者がいる。

 ――達己会の奴らやな。ジャケットの下に右手を忍ばせてやがる。


 俺は権威を嫌う天の邪鬼だ。さすがに達己の前では正之と同年代に見えないと拙い。ここにいるのは30代の俺だ。ただし足は義足。大きく拍手しながら、風采の上がらぬ姿の俺は、わざと目一杯足を引き摺りながら人垣の前に進み出る。

 デカい声で、「ブラボーブラボー!日本の西の果ての糞田舎の小汚ねぇ街にてめぇが一番強ぇち勘違いしとる井の中の蛙の馬鹿が一匹おったわ」

「何を!」

 見物人の中に紛れていた達己会の構成員だろう、血相を変えて俺に詰め寄ろうとする。

「敬三止めれや。なんでお前ここに居るんじゃ?」と達己が見咎める。

「すいません兄貴」

 達己は俺を憐れむような目付きで、「チンバのおっさん、普通そこまて言うたら殺されても文句言えんぞ。見逃してやっから早う消えれや」

「佐世保から出たことのねぇ糞田舎やくざでも組長となれば寛大やな。普通やったら簀巻きにされて佐世保港に浮かぶってか」

 俺は小馬鹿にしたようにけらけら笑う。


 一度めは片輪の戯言と度量の広いところを見物人に示した形の達己だが、明らかに顔色が変わる。俺は達己から視線を外して敬三に狙いを定めると、いきなり殴る蹴るの暴行を加えた。俺は想像主、時を止めるくらい造作もないこと。B界の人間には目にも留まらぬ早業に見える。敬三には悪いが、顔面にワン・ツーのストレートに右のフック、ストマックに右の膝蹴りを二発叩き込んでやった。時間を動かした途端、奴は血反吐を吐いて俺の足下にぶっ倒れた。

 すわっ!達己のガード役の三人が俺に猛突進して来た。十人来ようが百人来ようが結果は一緒だ。時間を止めた俺は奴らの懐から拳銃とドスを引き抜いて捨てると、右の正拳をおもいっきり叩き付けた上に右の猿臂を振り抜いた。敬三には手加減したが、こいつらは拳銃を持った言うなればプロだ。プロに容赦は要らない。時間が止まっている間はどんなに攻撃しても倒れない。サンドバッグ状態だ。奴らの前歯を数本ぶち折ってやった。見物人には足を引き摺っている筈の俺の動きが理解の範疇を超える。

「おい、奴の動き見えたか?」と隣人に聞く見物人。

「いや、見えんやった」

「嘘やろ?あいつチンバなんやで!」


 瞬間と瞬間を繋げばアニメと一緒で見物人は残像でしか俺の動きを捉えられない。あまりの攻撃の速さに、MPを含めて、皆ぽかんと口を開けて俺を眺めている。俺は義足の障害者だったが、思うところあって、大学時代、空手部に在籍した。どうせ試合には出られない。ならばと、巻き藁相手にひたすら右の拳と猿臂だけは鍛え上げた。正拳で瓦十枚は叩き割れるし、ブロック一個なら何とか粉砕できる。俺は呆然自失の見物人に向かって、リング上の勝利者宜しく、右手を高々と突き挙げてガッツポーズ。

 得意気に、「どうや皆さま方」

「おんなじ三人でも俺の方が凄ぇやろ?秒殺やで秒殺」と今度は両手を挙げて頭上で拳を振り捲ってやった。

「そいにこいつらこげなもんも持っとったしよ」

「へっステゴロの喧嘩達?何格好付けとんじゃ馬鹿か。お前ぇ一匹この世から消すぐらい俺にゃ赤子の手ぇ捻るようなもんや」

 俺は調子に乗って拳銃を達己に向けてパンと打つ真似までしてやった。

「知らぬは本人ばかりなりってな。結局こげな物騒なもん忍ばせて子分が親分ばガードしとんじゃ」

 ここまでやれば顰蹙ものだろう。俺は見物人の反感を相当買った筈だ。事実、達己贔屓の見物人たちの敵意に満ちた視線が俺に痛いほど突き刺さる。俺は拾った拳銃とドスをぽいと達己の足元に投げ棄ててみせた。達己は無表情で足元の拳銃に目を遣る。


 さすが達己だ。その辺の喧嘩自慢とは違う。こうなると感情を全く表に出さない。俺は思いっきり左足を引き摺って達己に寄って行った。間近で見るとさすがに良い体格をしている。この時代の日本人の平均身長が160を切っていたというのに、180を越えている。アメ公のMPと比べても遜色ない。

 俺の身長は173センチ、A界で縁を切ったつもりの糞次男は186センチだ。ただの僻みだが、事故にさえ遭わなかったら、俺も180を超えた筈だと頑なに信じている。俺は自分より身長の高い奴の後ろに立ちたくない。その間中、見比べてしまう自分に腹が立つ。特に対峙したときの相手を見上げる感じが無性に嫌だ。

 俺は両手を広げて大袈裟を装う。

「どうにも俺はこの佐世保っち街が生理的に大嫌いでよぉ、無茶苦茶にしてやりてぇ気分なんじゃ」

「まずはガキのくせに偉そうにしとるお前ぇが血祭じゃ」と俺は艶ににやっと笑う。

 達己がようやく口を開く。

「御託はええけやってみろやチンバ」

 外野から声援が飛ぶ。

「達ちゃんそんなチンバ早くのしちゃって」とパンパン姉ちゃん。

 闇市のオヤジ連中は過激に、「達、ぶち殺せ!」


 俺がぶっ倒した奴らにそれぞれ達己会の者が介添えに付いた。

「会長気をつけてくだせぇ」

「兄貴、そのオヤジチンバのくせに豪く敏捷ですけん十分に間を取って下さい」とアドバイスを送る敬三。

 見物人が囁く。

「おい、奴の動きおかしゅうねぇか?」

「ああ、俺もそう思うわ。人間にあんな動きができるもんかいな?」

 達己が軽いフットワークで俺との間合いを広げる。

 ――何しても無駄じゃ達己。時間止めとんのやけん

「なら行くで」と言うなり、俺は時間を止めて反応を確かめるように達己の鼻先に顔を近付けた。一瞬の動きに面食らった達己だったが、スウェーバックで右のフックを俺の左顔面に放つ。

 子分四人には時間を止めた攻撃だけだったが、達己の攻撃には無意識の力が俺を立体映像に変える。達己の目には素早く避けたように見える。すぐさま気を取り直して繰り出した左フック、脇腹を狙った右のミドルキックも全て空振り。側面が駄目なら正面だ。達己は起死回生、必殺の頭突きにきた。この至近距離で外れる筈がない。

 まさか!間違いなく俺の顔面を粉砕したと思った頭突きが空を切ったとき、達己は噓やろ!と驚愕の表情を浮かべる。

 くそったれ!達己がやけくそのタックルに出た。マウントポジションから俺をボコボコにするつもりか。これは捕まる訳にはいかない。俺は時間を止めて数メートル後退った。

「おい、あの喧嘩達が遊ばれとるぞ」

「こんなこと初めてやで。信じられん」

「あいつ何者なんや?」

「オー!アンビリーバブル」

 ――けっアメ公は分かり易いぜ。

 愕然とする達己に、「喧嘩達は見かけ倒しか?一発も当たらんやねぇか」

「煩ぇ!」

 達己が初めて感情を露わにする。

 おっ!と俺は手を叩いてわざとらしく喜んでやる。

「やっと人間臭くなったな」

「そうや!」

 俺はパンと手を叩いてニッと笑った。

「もしかしてお前ぇ、俺が本当に足が悪いか疑っとるんやねぇか?」

 俺は地べたに座り込むと義足を外して断端を衆人に曝した。

「なっ、ちゃんと足無ぇやろ」

 見物人たちがざわつく。


 なんでここまで曝け出すの、と自虐的な気分にもなったが、どうせB界だし、あくまでも達己をより惨めにするための演出だ。当時、戦争で足や腕を失った兵士は大勢居た。俺の周りだけでも、肩から腕の無い同級生の親父に、膝下から足の無い親類のオヤジと二人も居た。あの頃、義手を着けた者はいなかったし、足を失った者のほとんどは松葉杖を使って歩いていた。


 昭和20年代にタイムトリップしたからって、義足まで時代に合わせる必要はない。見物人の奴ら、どうせ義足など見たことないだろうから。でも障害者には違いないだろう。

 俺は再び義足を着け、「お遊びはこの辺で終わりや。ほんじゃぁフィニッシュといくか」と立ち上がる。

 時間を止めた俺は、ドスと拳銃をゆっくり拾って、フィギュアの四肢を手で曲げて座らせるように達己を跪かせ、右手に持ったドスを脇腹に、左手で持った拳銃を蟀谷に、背後から突き付けて時間を動かした。達己は身動き取れない状態で、うっと唸る。見物人は目を疑う。

「何じゃ!」

「いつの間に!」

「いったいどうなっとんじゃ!」

 達己は俎の鯉宜しく、「さっさと殺せや!」

「ありゃ、喧嘩に負けたことがねぇ奴は諦めが早ぇなぁ。ちゅうよりここまで絶体絶命になったこつはねぇよな。普通はこいでジ・エンドや。まぁ映画の主人公ならここから起死回生、挽回して俺のごたる悪者やっつけるんやろうけどな。現実はそう甘ぅねぇわな」

「兄貴!」と敬三が悲痛な叫び声をあげる。人垣の前列から凶悪な視線を感じる。今にも俺に飛び掛かろうと殺気に満ちた目付きだ。俺が創造主じゃなかったら、達己を撃った途端、寄って集ってなぶり殺しにされるだろう。

「動くなよ。下手に動いたらこいつはあの世行きや」


 突然、人垣の中から、止めてぇ!と金切り声をあげてお下げの少女が飛び出して来た。一瞬、俺の目が点になる。端切れを縫い合わせた粗末な服を纏ってはいたが、この世の者とは思えないかわいらしさ、まさに天使。

 ――もしかして美千子か!

 俺は口を開けて暫し見惚れる。

 美千子は俺の前に両手をついて顔をくしゃくしゃにして哀願する。

「お願い!」

「達己さんを許してあげて下さい!」

 キャバレーの女給らしき女が、「あいつまだ諦めんで達さんの周りうろついてたんかいな」と舌打ちする。

 達己も、「惨めったらしいことは止めろや。お前と俺は何の関係もないんやからな」

 俺は、「や~めた」と呟くと、拳銃とドスをぽいと放った。この場に居る者全てがへっと呆気にとられる。

 俺は義足の左足を投げ出して地べたに胡座を掻いた。

「お前のプライドは傷つかねぇよ。美千子にお願いされて止めた訳じゃねぇけんな」

 美千子はきょとんとして、「おじさんどうして私の名前知ってんの?」

 達己も俺の顔を覗き込む。

 俺は頭を掻いて、「あっちゃ〜、美千子におじさんって言われてもうたわ。17歳やけ確かに美千子から見たら俺はおじさんやわな」

 俺の馬鹿笑いに凍りついていた場が和む。

「いつも身に付けとる兄貴の写真見てみろや?」

「写真?」

「ああ写真や」

 達己は首にぶら下げた布地の袋から二つに折った写真を取り出した。

 正之の横に写っている俺を見て、「も、もしかして大悟さん?」

「ああ」

「どうしても喧嘩で勝てないって兄貴が溢していたあの大悟さん?」

 俺は笑って、「いつも引き分けや。お前の兄貴はきちがいのごと強かったけんな」

「何や大悟さんか!なら俺ごとき秒殺やん」

 達己の屈託ない笑顔に人垣が崩れてみんなが寄って来る。

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