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夢界の創造主  作者: クスクリ
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83話 邂逅

「俺もいろいろあって直ぐにゃ達己に会いに行けんやったが、昭和27年やったかいな、正之の猪町の実家に行ったら弟が教えてくれたわ。達己ん奴グレ捲って病弱んお袋さん放って家にゃ帰って来んで佐世保でやくざの真似事しよるってな」

 達己は顔を赤くして、「兄貴、あん頃の話は恥ずかしゅうて穴があったら入りてぇです」

 俊夫が、「大悟さんと達つぁんの出会い興味深いっす。一筋縄ではいかんやったってのは想像できますけど」

 俺は口の端を歪めてにやっと笑って、「当たっとるわ」

「あん頃の佐世保でやくざ者や遊び人が屯する一番の盛り場っちゅうたらアメ公ん基地ん辺りや。薄汚ぇ得体の知れねぇ看板掲げたバラックが所狭しと立ち並んで立ちんぼがいっぱいおった。肩で風切って歩きよるチンピラ一匹捕まえて事務所ん場所喋らせたらそんチンピラ達己の名前に相当ビビりあがっとったな」

「運がいいことに事務所に行く途中達己の喧嘩見せてもろうたわ」

 俺は一呼吸置いて達己に声を掛けた。

「達己喋っていいか?」

「はい。若気の至りやったと言い訳はしとうないです。昔も今も俺は俺ですけん」

 美咲が美穂ちゃんに、「この劇場に居るみんな、大悟先生の大事な人たちなんやね」

「どして?」と美穂ちゃん。

「言葉は悪いけど優しさが滲み出た語り口、大悟先生の作品と同じだよ」

 美穂ちゃんはにこっと微笑んで、「そうだよ。美咲も含めてね」

「私、大悟先生の家族になった気分。全国の大悟先生ファンの羨望の的だよ」と美咲。

 成沢が井本に、「今日の話はこの前聞けんやった内容や」

「そやな。二人の邂逅興味津々や」

 俊夫が真顔で、「二十年前の達つぁんの喧嘩見せて貰います」

「恥ずかしいぜ」と頭を掻く達己。


「誰かが大声で叫ぶんじゃ。喧嘩達の喧嘩や〜ちな。ほんだら闇市のおっちゃん・パンパンの姉ちゃん・遊び人・柄の悪い兄ちゃんたちがぞろぞろ声んする方へ集まって行くんや」

「俺は姉ちゃん捕まえて喧嘩達ち誰やちわざとらしゅう聞いたらよ、あんたこの辺の人間やないねち咎められたわ。姉ちゃんが言うにゃ『この街で喧嘩達知らん者はおらんよ。若いんに喧嘩が鬼んごと強うてこの辺のならず者みんな仕切ってんや。それにいい男やしあたいらのアイドルだよ。今喧嘩達に喧嘩売るんは朝鮮人くらいのもんさ』ってな」

「達己の喧嘩は娯楽のねぇ戦後の焼け野原の見世物になっとったっちゅう訳や」と俺は笑う。

 佐和子が真知子に、「今日の大悟おじさんの話生々しいよ。眼前に戦後の佐世保が甦るみたい」

「おじさん大作家やから妙を得てる。二十歳のお父さんが躍動するよ。まるで私たちの生まれる前の世界を空から俯瞰してるみたい」


現場はバラックに囲まれたゴミやガラクタの散乱する広場だった。達己のことだから、路地を一人で流して、釣り出された襲撃者を上手いことこの広場まで誘導して来たんだろう。

俺は人垣を掻き分けて、「すまんちょっと前に行かせてくれや」

「喧嘩達の喧嘩は見応えあるよな」と腕組みした商売人風の見物人のオヤジ。

「ああ、奴は絶対素手やけんな」と応えるのはこちらも商売人風。

「喧嘩達にゃ刃物もただの棒切れにしか見えんのやろうな」

「こん前はどでかい米兵の黒人ボクサーのしちまったけんなぁ」

「あれは見応えあったわ」

「衆人環視んもとで素手でやられちまったらMPも手ぇ出せんわな。今は達己会にシャバ代払っとけば面倒は一切ないわな」

 MPにも喧嘩達の評判は知れ渡ってるらしい。数人が噛み煙草をくちゃくちゃさせながらジャップの喧嘩見物としゃれ込んでいる。

 達己は上部が欠けてくすんだ煉瓦塀を適度な距離に置いて背にする。対する朝鮮人は三人、手には得物、二人が日本刀、一人がドスを手にしている。三人も結構喧嘩慣れしているような身の熟しだ。真ん中のリーダー格が頻りに左右の奴に達己の後ろに回り込めと顎で指図する。


 奴らは自らを朝鮮進駐軍と称して、まるで戦勝国人の如く大物ぶって格好付けてはいるが、要するに弱い奴には徹底的に強く、強い奴にはすぐ尻尾を丸めて走狗に成り果てる、変わり身の早い戦勝国でも敗戦国でもない中途半端な第三国人だ。

 列強の植民地支配は巧妙だ。現地人からの直接の怨みを買わないようにワンクッション入れた。それで使嗾されたのが台湾人や朝鮮人の第三国人だ。彼らは染みが広がるが如く、新聞業界・放送業界・出版業界・教育業界・政界・任侠界など、日本社会に溶け込んで行った。

 終戦直後、こいつらによって数千人の日本人がなぶり殺された。日本人は武装解除されていたから為す術もない。こいつらのしたい放題だった。だが、ここ佐世保では違う。達己は米兵も嫌っていたが、それ以上に相手によってころころ態度を変える朝鮮人を毛虱の如く嫌悪した。


 達己の眼光は鋭い。刃物を持った相手だ。一挙手一投足に全神経を注ぐ。左右の朝鮮人も不用意には出られない。睨み合いが続く。少しの油断が命取りだ。緊迫感に野次馬も息を飲む。この(たま)の取り合いも達己には遊び感覚とは畏れ入る。勿論、朝鮮人は本気で達己を殺す気だ。瀕死の朝鮮やくざ社会から選抜されて放たれた刺客だから。

 他の街と違って、ここ佐世保は完全に達己会に牛耳られてしまった。特に駅前の歓楽街が奪われてしまったのが奴らには死活問題だった。

 大東亜戦争の終戦のどさくさに紛れて、朝鮮戦争の赤の虐殺を逃れて、日本の裏社会で一旗あげようと密航してきた奴らも佐世保での生き残りをかけて達己を付け狙った。まぁどうしても達己を殺りたいのなら銃器で闇討ちすれば早いのだろうが、後の支配に支障が出る。ただ、達己会も馬鹿じゃない。山崎は達己に気づかれないよう配下の者を達己番として銃を持たせて尾行させた。


 頃合いを計っていた達己右手の日本刀を上段に構えた奴が、後ろに回り込もうと一歩踏み出した瞬間、達己は左側のドスを持った奴を強襲した。虚を衝かれた朝鮮やくざが慌てて達己の胸目掛けてドスで鋭く突いてくる。達己は、最小限の見切りで左脇に抱え込むと同時に捻って、肘関節からボキッという音とともにそいつの右腕を無残にへし折った。

 ギャー!この世のものとは思えない悲鳴をあげた奴の顔面に、容赦なく全体重を乗せた右の縦拳をぶち込む。拳が顔面にめり込んだように見えた。この攻撃でそいつの意識は飛んだ。

 達己は、続いて襲い来る二人の障害物として、意識を失ったそいつを放る。前歯のほとんどが折れ、鼻は潰れ、顔面は血だらけ、右腕は逆方向に折れ曲がって骨が露出している。あまりの惨さに二人が一瞬怯む。

 二人同時に掛かって来れないよう達己は上手いこと回り込む。達己!と叫びながら鋭く降り下ろされたリーダー格の日本刀も最小限で見切った達己は、懐に入り込むと同時に顔面に強烈な頭突きを放った。鼻が潰れたぐしゃっという音がし、鮮血が飛び散り頭が仰け反る。取り上げた日本刀を壁の向こうに投げ捨てると、そいつの右腕も断末魔の叫びとともに肘関節からへし折った。戦意を完璧になくしたリーダー格は膝から崩れ落ちる。

 達己の動きには一部の無駄もない。あまりにも壮絶な喧嘩に見物人は唖然として声をなくす。一対一になった朝鮮ヤクザの顔は青ざめて、中段に構える日本刀が震えている。余裕の達己は饒舌になる。日本刀を構えた朝鮮ヤクザを挑発するが如く視線を外して、取り巻く見物人に、「(たま)の取り合いの真剣勝負ちゃ手に汗握る見せ物やろうが。お前らのためにわざわざこいつらここまで引っ張って来てやったんやで」


 MPが指笛を鳴らす。

「OH!TATUMI GREAT」

 パンパンが嬌声をあげる。

「達ちゃん大好きぃ」

「達ちゃんに私あげるぅ好きにしてぇ」

「おぅ嬉しいぜ。お前らあとで店に来いや。かわいがったるけん」と相好を崩して応える達己。

 達己はあまりの脅威に石のように固まる朝鮮やくざに再び目を据えた。おちょぐったようにヤンキー座りで頬杖をつくと、「お前ぇどげんするや?栄光ある大日本帝国陸軍宜しく戦うか?そいとも尻尾巻いて逃げるか?まぁお前らは弱い奴に徹底的に強う出たち思たら、強い奴にゃすぐ尻尾巻いて逃げる半島人やけんな。早決めれや。俺も忙しいでいつまでもお前らに付き合っちゃおれねぇんじゃ」

 朝鮮やくざはやけくそになったかのように、「達己ぃ!うお〜!」と意味のない雄叫びをあげたかと思ったら、日本刀を投げ捨てて背を向け、逃げの体勢を取った。

「ち〜と待てや」の達己の制止にそいつはぴくっと動きを止める。

 達己は伸びた二人を見遣って、「おいおめぇ冷てぇ奴やなぁ。仲間見捨てるなや。このまま捨て置いたら組ん奴に簀巻きにされて佐世保港に浮かぶぞ」


 達己の身体能力は正之並みだ。感服せざるを得ない。戦闘機乗りになりたかった思いが強く伝わってくる。正之との歳の差が二・三年だったら、敬愛する兄貴と翼を並べて飛べただろうに。返す返すも残念だ。

 達己の今暴れたい気持ちもよく分かる。戦闘機乗りには強靭な肉体と精神が必要だ。高が下界のやくざとの(たま)の取り合いに負けるようなら零戦搭乗員の資格なんてない。達己は自分の人生を試しているんだろうと俺は思った。

 ただし慢心は油断に繋がる。撃墜王と持て囃されていた俺と正之に慢心・驕りがなかったとは決して言えない。正之は死んじまったし、俺は障害者にされてしまった。

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