82話 思いがけず講演
厚い扉を開けて暗幕を張った劇場に足を踏み入れる。館主のオヤジ、エアコンをぎんぎんに効かせてくれていた。みんな口々に、「うわぁ涼しい。外とは別世界だよぅ」
銀映のスクリーンは流行っている久留米の映画館に比べたら半分程のスケールしかない。収容人数も150人くらいか。だから、洋画の世界的大作は上映しない。まぁ、鳥巣でこの劇場が満員になったためしはないから、映画の権利金も払えないのだろう。稼ぎ頭は日活ロマンポルノとアイドル映画だ。
みんな一番鑑賞し易い真ん中の列の5列目と6列目に座る。俺は満を持してスクリーンの前に進み出る。
美穂ちゃんが、「おじさんどうすんの?」
「ああ、一応礼儀や。主催者として挨拶して来るわ」
「そうね」と美穂ちゃんが微笑む。
美千子と達己の出演場面は5分ほどだ。だが、撮影予定のない急遽思い付いたエキストラシーンをノーカットで5分も映画に組み込むなど前代未聞だ。監督の美千子への惚れ込み具合が分かろうというものだ。壇上に立った俺は真知子に呼び掛けた。
「真知子待たせたな。心踊らせながら待ったことだろうよ」
「そいにしても達己よ。てめぇ真知子に酷過ぎるぞ。撮られたことくらいちゃんと覚えておけよ」
達己は立ち上がって頭を掻きながら、「兄貴すいません。美千とジープで西海橋辺りば流しとったとき確かに何かごそごそしている連中に頼まれました」
俺は呆れて、「達己ほんとお前走りと喧嘩以外は無関心なんやけんな」
「真知子何か言ってやれ」
すっくと立ち上がった真知子は冗談めかした大きな声で、「もうお父さん酷い!べーだ」
俺は右手で顔を覆って、「あっちゃ〜かわいそう。達己真知子に嫌われちまったわぁ」に劇場内は爆笑だ。
「でも、お父さんにとっては私以上の思い出深い大事なお母さんとの1シーン、十分に堪能してね」としっかりフォローする。
「さすが父親思いのいい娘やで」と俺。
「ほいで五人組も先日は突然やって来たオヤジを歓待してくれてありがとうよ。そんなんに俺は自分の身分ば隠しとって申し訳ない」
「まずはちゃんと俺の自己紹介させて貰うわ」
「みんな承知のごつ、俺はテレビでほんとうに居るのぉ?と噂されとる木村大悟や」にどっと笑いが起きる。
「ここに居るみんなはもう俺の最新作、『夢界の創造主』読んでくれたよな?」
美咲が真っ先に手を挙げて、「はい大悟先生、もう三回も読みました。私の宝物です」
「えっ!もう三回も読んだの」と奈津子が頓狂な声を上げる。
「さすが熱烈大悟ファンを自認する美咲だわ」
友人三人が感心する。
「美咲のごたるファンが居ってくれて俺は心強いぜ」
俺は艶に斜め下に視線を落す。
「ちょっと長くなるけどいいかいな?」と俺はみんなに了解を求めた。
「この前真知子たちに喋ったこととダブるかも知れんが、俺と達己の兄貴・正之たぁ戦友や。海軍予科練習生、通称乙種予科練の昭和10年入隊の同期じゃ。正之は地元じゃ十年に一人ち言われた神童やった。あいつの凄いところは頭でっかちの青びょうたんじゃねぇっちゅうことや。俺は何でもてめぇが一番じゃねぇと気が済まん質で奴たぁいつも衝突しよった。永遠のライバル関係や。ほんとあいつの身体能力・運動神経・体力は並外れとった。特に喧嘩で相手になれたんは俺ぐらいや。喧嘩通算成績は五分や」
俺はにやっと笑うと、「達己、今兄貴が生きとったとして喧嘩して勝てたち思うか?」
達己は頭を掻きながら、「格が違いますよ。俺程度秒殺です」と真顔で言う達己に、その超人的な強さを知るみんなが驚きの眼差しを向ける。
「時代は大東亜戦争真っ只中や。時代に翻弄された俺と正之やが、あの時代はあの時代で結構楽しかったわ。不幸にも正之は戦死してもうたけど23年の短い人生満足して散華していったって思うわ。で、死んだ正之の唯一の心残り達己と関わることになったって訳や」




