79話 競り合い
井本と成沢は、三島町の藤田姉妹を迎えに行く前に、土井町鉄道宿舎の真知子の家に寄った。土井町から三島町までは単車で飛ばして15分くらいか。
美代子が、「お暑い中ご苦労様です。はい、日出兄裕兄どうぞ」
真知子が作った冷たいカルピスをおしゃまにお膳から二人の前に。
「はい康ちゃんも」
井本が、「俺らも康太の付き合いか」とにやにや。
康太はカルピスの見本を示すかのように喉を鳴らしてごくごくっと半分飲み干して、 「ふぁ~、日出兄・裕兄、やっぱり夏はカルピスやん」
「おっ、もろそそられる飲み方やで」と井本も半分飲み干し、成沢も、「さすがカルピス飲みの達人康太じゃ。旨そうに飲むぜ」
美代子が横から、「康ちゃんはお子ちゃまやから」と茶化す。
「三浦きさん!」
台所から出て来た真知子が、「康ちゃん、夫婦喧嘩は犬も食わんよ」
「言われてるぅ」と他人事みたいな美代子。
場に爆笑が起こる。
「じゃぁ、私と康ちゃんと美代ちゃんは自転車で行くけん、里絵子と絵里子お願いね」と井本から預かっている赤いフルフェイスのヘルメットを渡した。
「ほんじゃぁ湯村銀映で」
夕方になってむし暑さも一区切り、公園では新幹線宿舎の子供たちが玩具の車に乗ってはしゃぎ、若奥様方は井戸端会議の真っ最中。その中で一番若そうな奥さんが出掛けようとする玄関前の真知子たちを見掛けて駆け寄って来た。
「山本さん」
彼女はにこやかに微笑みながら、「お出掛け?」
真知子は嬉しさを隠しきれない様で、快活に、「はい」
山本さんは美代子に視線を向けて、「時折見掛けるけど、こちらのかわいいお嬢ちゃんは?」
美代子がかわいいに反応して顔を赤らめる。
「康ちゃんの同級生で彼女の美代ちゃんです」
康太はそこまで言う必用ないじゃんとばかりに口を尖らせる。山本さんは1960年の平尾昌晃のヒット曲の「ミヨチャン」を思い浮かべたのか、「まぁかわいいお名前ね」
美代子がえへへとはにかむ。
「三浦豪い嬉しそうやな」と康太が冷やかす。
山本さんは今度は真知子に目を留めて、「真知子ちゃんありがとう。担当セールスマンの伊藤さん、おかげで安くしてくれたよ。で明日、待ちに待った新車の納車なんよ」
「でね真知子ちゃん、明日の夕方お父さんいらっしゃる?」
「はい、確かお父さん明日は非番だと思います」
山本さんは、「良かったぁ!」とほっと胸を撫で下ろす。
真知子は怪訝な顔で、「どうかしたんですか?」
「実はね主人カーキチなん。ずっと達己さんに憧れてたようなんよ」
「えっ山本さんのご主人がお父さんに」
真知子は呆気にとられた表情。白いカローラの助手席を空けて、後部座席に家族を乗せて出かける児玉さんのご主人。その、家族の安全第一のような彼が達己と同じ車を所望するのは変だなとは思っていたが、どんな車を買おうと本人の自由だし、大して気にも留めてなかった。
「でね、ラリークラブに入りたかったようなんやけどファミリーカーじゃ恥ずかしいって私拝み倒されちゃって、ランサー…じゃなかった…主人ただランサーって言ったら怒るん。何て言ったかなぁ…」と山本さんは唇に指を当てて小首を傾げる。
「もしかしてA73ですか?」
彼女は真知子を指差して、「そ、そうA73」
「7月に何か大きなことやったんでしよ。主人、新幹線運転区の車好きの間で達己さんは伝説になったって言ってた」
真知子は疑わしそうに、「えっ!あのお父さんが伝説にですかぁ?」
「女の私には分からない感覚やけど車好きの主人にはそうなんかも」
「主人益々達己さんに惹かれたらしくて、明日そのA73手に入れたら達己さんの弟子になるんやって張り切ってんの。私も主人の嬉しそうな顔見てたら応援してやりたくなって、明日真知子さん一家を家に招待しましょって言っちゃったん。どう?」
真知子は朗らかに、「はい。是が非でもお父さん引っ張って行きますから安心して下さい」
「真知子ちゃんありがとう!主人大喜びだよ」
山本さんは胸で手を合わせて満面の笑顔だ。
「じゃぁ真知子ちゃん明日待ってるからね。腕によりをかけて美味しいお料理作るよ」と、山本さんは真知子たちに手を振って子供が遊ぶ公園に戻って行った。
井本と成沢の二人は快調に国道34号線をぶっ飛ばした。普段仲のいい二人だが、こと単車に関しては別だ。最初に中古のヤマハトレールDT400を買ったのは井本だが、1ヶ月も経たないうちに、対抗するかのように成沢も中古のスズキハスラーTS400を手に入れた。井本がライディングを磨くために林道を走り捲れば、成沢もライバル心をメラメラと燃やす。そんな二人が仲良くランデブー走行などする訳がない。
スロットル全開の際どい走りで、互いに相手の前に出ようとする。いい意味、オフロードバイクを操る二人のライディングテクニックは、他を寄せ付けないまでに上達していた。5・60キロで走る一般車は二人にとっては石ころと同じ、ドライバーに回避操作を取る暇も与えず、見事に隙間を抜けて行く。
34号線幸津町の信号を左折してセンターラインのない市道に入る。ここは井本が先に入った。道の両脇は広場、住宅、空き地、畑に塀、二台は道をいっぱいに使って突っ走る。対向車が来たら、ほいと器用に避ける。
左手に肥前旭駅が見えたら片側1車線。爆音を撒き散らす二台の暴走バイクに乗降客が大袈裟に嫌悪感を示しても二人はお構いなし。三島町の住宅街に入って、右に左にバイクを倒して藤田家の門の前がゴール。成沢が井本に並んで鼻の差で前に出た。二台の大排気量二サイクル単気筒の排気音はけたたましい。もうそろそろだろうと玄関口に待機していた里絵子と絵里子は何事かと表へ出る。
「ひゃっほー!俺の勝ちや。井本に勝ったぁ」
成沢は、勢い余って通り越した地点から見事なウイリーで左手を突き上げて引き返す。井本はすでにスタンドを立てて、ポーズとして肩を落とす。
「信じられん!初めて成に負けた」
寄ってきた二人が、「どうしたん?」
井本はにやけ顔で、「成と走ればいつものことなんやけどレースになるんや」
単車を立てた成沢が、「で、俺が勝ったっちゅう訳なんよ」と得意顔。
絵里子が、「二人ともどこからレースして来たん」
「土井町の湯村の家から」
「事故ったら大変だよぉ」と絵里子が愁眉を寄せる。
対して里絵子はにこにこと、「絵里ちゃんは優等生なん。二人に限ってそんなことないよ」
「高校時代も残り少ないんやから優等生しててもつまんんよ」
井本が、「また出たかぁ、藤田の優等生発言!」
「ほんじゃ藤田これ被り」と井本がリヤシートに結んでいた赤いフルフェイスのヘルメットを渡す。
絵里子はヘルメットを繁々と見て、「これ里絵ちゃんが話してた真知専用のヘルメットだよね。真知に悪いなぁ」
「藤田気にすることねぇで。湯村は無茶友達思いの奴やけの。俺は今自分のメットしか持たんけ俺んメットば藤田に被らせるつもりやったんやけどよぉ、バイクはもしもっちゅうことがあったら危ねぇけこいば藤田に被せてくれち持たせてくれたんや。やけん全く気にするこたぁねぇんよ」
絵里子は得心がいったようにひとつ頷く。井本と成沢はブラックのフルフェイス、里絵子は成沢がくれた彼女専用の赤いフルフェイスを被り終えていた。
絵里子がぼそっと漏らす。
「里絵ちゃんは良いなぁ。専用のヘルメットがあって」
「もう絵里ちゃん弱気になっちゃ駄目やん。卒業するまでまだ半年もあるんやし」
「そうだよね。やったら私も頑張ってイケメンの彼氏ゲットするんやから」
「よ~し、絵里子ファイト!」
絵里子は自分で自分を鼓舞して、DT400のリヤシートから右手を突き上げる。
井本もそんな絵里子にエールを送る。
「藤田、そん意気や!」
「ほんなら行くでぇ」
四人声を合わせて、「ゴー!」




