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夢界の創造主  作者: クスクリ
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77話 入り浸り

  この夏休み、あまりの暑さに図書館やボーリング場に二人で涼みに行くこともあるが、美代子は康太と一緒に受験勉強することを名目に湯村家に入り浸り状態だ。真知子が美代ちゃんかわいさに美味しい夕食を用意するものだから、帰りはいつも暗くなっていた。ここまで一緒に居れば、康太と美代子の関係は彼氏彼女を飛び越えてもう家族感覚だ。

 一人娘がボーイフレンドの家に入り浸りなのに、母親の冴子は安心しきっている。佐賀県一の秀才で、人も羨む美貌で、人格的にも非の打ち所のない真知子が側についているのだから当然だ。冴子としても、母子家庭にありがちのネガティブ感が娘から消えて、毎日楽しそうに過ごしているのを見るのは嬉しい。自分も安心して仕事や家事に打ち込める。そして、一日の終わりにはちゃんと真知子が家まで送って来てくれる。


 夏場の鉄道宿舎の湯村家の庭の半分はトウモロコシ畑になっている。トウモロコシは康太の大好物、そんな康太のために、達己は去年に続いて今年も畑を耕してトウモロコシを植え付けてくれていた。康太の生まれ故郷の長崎県の猪町町ではトウモロコシをトウキビと呼ぶ。御堂部落の町営炭鉱住宅の前に住んでいたのが北猪町部落の植松の町営住宅だ。この庭付きの町営住宅では皆某かの作物を栽培しており、多かったのがトマトとトウモロコシだった。

 まだ戦後ということばが使われていた昭和40年前後、総じて国民は貧しかった。湯村家も例外ではなく、庭付きの長屋で花卉など植えている家庭は皆無だった。猫の額ほどの土地でも、耕す土地があれば作物を植えて育てた。実際、真知子も康太も一日の小遣いは10円、いつも腹を空かせていた小学校就学前の腕白康太は、植松の町営住宅の庭に実ったトマトを、持ち主の目を盗んでは千切って食べた。若干は裕福になったつもりの湯村家の家計だが、康太はその頃の癖が抜けきれない。


 康太の日課は、庭に置いている廃机を利用して作った小屋で飼っている、猪町中学校の同窓生・新原から貰ったツガイの茶鳩の世話だ。美代子も康太に付いて庭に入る。鳩小屋に入った康太は、卵を生んでないか、石膏製の巣皿を確かめる。屈んで康太の様子を見守る美代子は、小屋の金網越しに、「どう康ちゃん卵あるぅ?」

「いや無いな」

 小屋を出た康太は、待ち遠しそうに、背丈程にも伸びたトウモロコシ畑に立って、段々と大きくなっていく実の紫色のひげを愛おしそうに撫でる。

「見てん三浦、もうちょっとで食えるぞ」

「そう」と美代子の返事は素っ気ない。

 今では祭りとか縁日でのスイートコーンの焼きトウモロコシは定番だが、当時のトウモロコシは餅トウモロコシといって、収穫後急速に劣化するため市場に出回ることがなかった。食えるのは夏のこの時期だけ。庭にたわわに実ったトウモロコシを、食べる分だけ絶好のタイミングで収穫して絶妙な塩加減で真知子が茹でてくれる。

「去年は姉ちゃんが茹でてくれた採れ立てのトウモロコシば三浦に食わしてやるこつができんで残念やったわ」

 美代子は上目使いに、「康ちゃんトウモロコシって美味しいん?」

「もしかして三浦、トウモロコシ食ったことないんか?」

 美代子は恥ずかしそうに、「うん」と頷く。

 康太は口を尖らせて、「こげな美味いもん食ったことないって三浦…分かった、今年は腹一杯食わしたるで。とにかく姉ちゃんが茹でたトウモロコシ滅茶美味いんやけん」


 今日は涼しい午前中に受験勉強する気満々だった。四畳半の康太の部屋はベットや机などで二人で勉強するには狭過ぎるから、8畳の居間の飯台が勉強机代わりだ。縁側のガラス戸を開け放して扇風機を回し、勝手口の戸も開けて風を通す。風と一緒に縁側の十姉妹の鳴き声も居間に流れてくる。康太と美代子が解いているのは、佐賀県公立高校入試の過去問だ。

 うんうん唸りながら数学の問題と格闘していた美代子が、「もうダメ!」と、がくんと首を折るようにして頭を垂れる。

 康太が、「三浦どげんしたんか?」

 美代子は世にも情けない顔で、「無理!」

「二次関数とか出てきたら私の頭ショートしちゃう」

 康太は美代子の解いていた問題に軽く目を通して、「何、こんくらい公式に当て嵌めたら簡単じゃん」

 美代子はぶすっとした顔で康太を睨んで、「そんなん言っても無理!私と康ちゃんは頭の造りが違う」

「ほいなら三浦、今までの数学の試験最高で何点取ったことあるん?」

「0点が何回もある」と美代子は悪びれない。0点とか見たこともない点数に、康太はうげっと呆れてものも言えない。


 受験勉強の一休みに六畳の間から居間に出てきた真知子が、「う〜んよしよし、康ちゃんも美代ちゃんもちゃんと勉強しとるね」と飯台の自分のお決りの場所に腰を下ろす。

「美代ちゃんが今やっているのは…数学か」

 真知子の顔を見た美代子が、「え〜ん」と突然泣き真似。


「美代ちゃんどうしたん?まさか康ちゃんが虐めたん?」

「姉ちゃん俺がいつも三浦泣かしよんごたるやん」と康太が口をへの字に曲げる。

 美代子は横に来た真知子に抱き付いて胸に顔を埋め、真知子は愛おしそうに髪を撫でてやる。

「じゃぁどうして?」

「俺が三浦に今まで数学で何点取りよったか聞いたらくさ、ほとんど0点げな」

 聞いてちょっと眉を顰めた真知子だったが、「美代ちゃん大丈夫。真知に任せて」

 美代子は顔を上げて、「本当?真知姉さん」

「嘘なんか言わないよう。美代ちゃんが数学苦手なんは分かるようにちゃんと教えてくれんかった数学の先生が悪いん。中学の数学なんて簡単だよ。真知が家庭教師してあげたら美代ちゃん数学が得意になるの請け合いなんやから」

「真知姉さんがそう言ってくれたら何か元気出てきた」と美代子の顔に明るさが戻る。

「それに二週間前に大吾おじさんがちゃんと予言してくれたやろ。美代ちゃんは来年康ちゃんと一緒に鳥巣高校に通っとるって」

 美代子は力強く、「うん」と頷く。


 康太が、「ところでその大吾おじさんのことやけど、姉ちゃんから大悟おじさんが作家の木村大悟やったって聞いてびっくり仰天したばって、それ以上に大悟おじさんっていったい何者なん?」

「分かんない。ただ美穂ちゃんだけがおじさんの秘密知ってるみたいなんよね」

 美代子が、「おじさん美穂ちゃんをヒッチハイクで拾ったって言うとったよ。そんな深い関係なん?」

「あれっ!おかしいよ」と真知子が首を傾げる。

「真知は美穂ちゃんおじさんの姪って紹介受けたよ」

 康太が、「どっちが正しいん?」

「明日おじさんに聞いてみようよ」と言った美代子が、「真知姉さんいよいよやね」

「うん」と真知子。

「まさかって思っとったけど生きてるお母さんに会えるんだよ。それもカラー映像で。17年の人生最大の奇蹟だよ」

 真知子は中空に視点を泳がせて、恋する乙女の如く胸で手を重ねる。

 あまり感心がなさそうな康太が気になった美代子が、「康ちゃんは嬉しいん?」

 中々口を開きそうもない様子に再度、「康ちゃんはどうなん?」

 渋々、「俺はスクリーンの母ちゃんに会ったとしてもこんにちわくらいの感覚しかないよ」

「康ちゃん冷めてる!どうして?お母さんに逢えるんだよ」と美代子は苛立ちを隠せない。

「三浦にそげん言われても俺には母ちゃんの記憶は全くないし、物心ついたときには俺の周りには姉ちゃんしか居らんやったしよ」

「美代ちゃんいいよ」と康太の気持ちを察した真知子が美代子の反駁を遮る。

「どうして真知姉さん、お母さんに逢えるって嬉しくて堪らないことじゃないん?」

「美代ちゃん、調子に乗り過ぎたみたい。真知はお母さんが亡くなったとき3歳やったけんおぼろげながらお母さんの記憶が残ってるん。でも康ちゃんは…」

 真知子はちょっと涙目になる。

「もう姉ちゃんまた泣くぅ」

「ご免康ちゃん」と真知子はハンカチを目に当てた。

「俺は自分で言うんもなんやけどドライなんや。男やけん」

「姉ちゃんは母ちゃんに会えるん喜んでいいんよ。俺は記憶はないけどその分姉ちゃんに愛情いっぱい貰うたけん」

 途端、「ありがとう康ちゃん!その言葉真知凄く嬉しい」

 康太はバツが悪そうに、「もう姉ちゃん、俺の柄にもないこつ言うてしもうたやん」

 美代子は康太の芯の強さと優しさに触れたような気がして、得意そうに、「美代子の康ちゃんだ!」

 康太が口を突き出して、「三浦何訳の分からんこと言よるん?」

「いいん。こっちのこと」

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