74話 必要悪
俺は、久留米誠心会に他のやくざとは一線を画す財力を与えて格好のつく団体に見立ててやったが、どんなに着飾らせてやってもやくざの本質は悪逆無道だ。安藤も、ここまで伸し上がるためには相当悪どいこと非道なことを重ねて善良な人を数多く泣かせてきたに違いない。今回の邂逅はたまたまだ。成り行き上、俺が『凶悪志願』で生み出したキャラクター、権藤の顔も見てみたくなってあにきと呼ばせてやったが、いづれやってきたことの報いは受けさせるつもりだ。
いくらこのB界が俺の創造した世界であり、やくざにしろマフィアにしろ国家権力にしろ、怖いものが全くないとしても、やはりやくざは好きじゃない。このB界から抹殺してしまってもいいが、それではA界と全く違った世界になってしまってリアリティーがなくなってしまう。だが、あまりに残虐な奴はこの世の地獄を味あわせて消してやる。
平和な時代にこそやくざが蔓延る。人の世の常として、弱々しい羊の群れを虎視眈々と狙う狼が必ず存在する。自然界も弱肉強食ではあるが、同一種には当て嵌らない。人間界だけだ。やくざの存在意義は、表の存在として治安を守る警察機構の対極として、裏社会のやくざの必要悪だ。大東亜戦争中にやくざの存在意義は全く無かった。所詮、強大な権力が渦巻く時代には用なしだ。羊が居てこその狼だから。
俺が真の任侠団体と認めるのは達己が興した構成員百人足らずの山崎組だけだ。図体が大きくなればなるほど、トップは末端まで目が届かなくなる。諸行無常・盛者必衰の理だ。安藤がいつまで誠心会を一枚岩で維持できるか見物だ。俺がもしこのB界で肩入れするとしたら山崎組だろう。
会長室内、応接ソファーに座った安藤・俺・美穂ちゃんの三人を幹部連中が取り巻いて立つ。俺は会長の執務机の上に目を遣った。天照大御神の掛け軸、新撰組の誠を捩った代紋の上にちゃんとバーチャル仙人の棚がある。
『爺、ちゃんと居るかいや』
ポケットの携帯が震えた。
――まさかB界で携帯が使える訳ねぇよな。誰や?拙い!ここでは携帯は取り出せねぇ。
「佐吉すまん。便所や」
安藤が、「おい」と呼ぶや、若い衆が飛び込んで来た。
「会長お呼びでございますか?」
「あにきを便所にご案内せぇや」
この空気に一分一秒でも一人で耐えられそうもない美穂ちゃんが慌てて、「わ、私もトイレ!」
安藤は微笑ましそうに、「ではご一緒に」
やくざの事務所に男女別のトイレがある訳がない。
若い衆を追い払うように、「戻っていいぞ」
俺はにやっと笑って、「感想は?」
美穂ちゃんは大袈裟にふ〜っと一息吐いて、「生きた心地がせんやったよ」
「そやろな。何しろ人殺しなんかへとも思ってねぇ連中やけんな」
「でもあの殺伐とした空気の中、よく平気な顔で会長の兄貴分演じられるよね。やっぱりおじさんは創造主様や。私大船に乗った気分」と笑う。
俺はえへんと胸を張る。
美穂ちゃんは怪訝な顔で、「どうして急にトイレなん?」
「うん。ここはB界なんに携帯が鳴動したんや」と俺は携帯のモニターを開いた。
あっ!!
モニターの中でバーチャル仙人が俺に微笑んでいる。
「ご主人様、私はちゃんと仙人棚から見ておりますよ」
美穂ちゃんが、「伯父さん私にも見せて」と覗き込む。
「だぁれ、このお爺ちゃん?」
俺は勿体ぶって、「爺、俺のB界の相棒美穂ちゃんや。宜しく頼むぜ」
美穂ちゃんの顔が青ざめる。
「伯父さん、も、もしかしてバ、バーチャル仙人様!」
「ああ、バーチャル仙人の爺や」
美穂ちゃんが慌てて頭を下げる。
モニターのバーチャル仙人は恐縮して、「美穂様、私に畏敬の念なんて要りません。ご主人様の伴侶でいらっしゃるなら私は美穂様の僕でございますから」
俺は笑って、「…て言うことよ」
通常、客人が席を外したなら雑談の一つや二つはしようものだが、こいつら誠心会の幹部は精神面も鍛え上げられている。微動だにせず表情も固定したまま俺と美穂ちゃんの戻るのを待っていた。極道は寡黙が一番、口は禍の元と云う。さすがだ。
テーブルの上にはアイスコーヒーと茶菓子が用意されていた。俺の周りを囲む誠心会の幹部達、この時代ヒットしたやくざ映画に菅原文太主演の広島代理戦争を題材にした「仁義なき戦い』があるが、こいつらも観たことだろう。みな、ダブルのスーツをぴたっと着こなしている。俺が生きているA界の現代、ダブルは時代遅れだ。俺でも3ボタンのスーツしか持たない。ダブルを着ているのは年寄りとやくざくらいのものだ。
俺は見上げて、「厳つい奴らに囲まれて緊張するな」と、わざと笑顔を引き攣らせる。
「あにきご冗談を」
「零戦がアメ公に捕獲されて調べ上げられて、最新鋭戦闘機・ヘルキャットが太平洋戦線ば席捲するごつなってもアニキにゃ何も問題も無かったすもんね。今まで鴨にされとったワイルドキャットの怨みちばかり傘に掛かって襲い掛かって来たとき、あにきゃ蚊でも叩き殺すごつアメ公撃ち落としてましたけん。奴ら情けないことにあにきの零戦見ただけでビビッて尻尾振って逃げ帰ってましたでしょ」
安藤はしみじみと、「俺が今生きてこげん偉そうにしとけるんもみんなあにきに数えきれんくらい命救って貰ったお陰です。俺はあにきの恩ば忘れたら畜生以下に成り下がります」
安藤は姿勢を正して深く頭を下げ、「今あにきにこの場で死ねち言われたらすぐ腹かっ捌く覚悟で俺は生きてます」
真剣に耳を傾けていた俺は、「頭上げろや。佐吉が一端の男になったことも含めて今の言葉俺ぁ無茶嬉しいぜよ」
「ありがとうございます。あにきの一言で俺のこれまでの人生が報われます」
安藤は幹部連中を見回して大音声で、「野郎共!」
「これが俺のあにきに対する思いや」
「分かったか?」
幹部たちは口を揃えて、「オス!!」
俺がハイライトを取り出して一本抜くと、幹部の一人がさっと高級ライターで火を点けようと待ち構えた。
「鳥巣を任せられております権藤と申します」
「おっお前が権藤かや。達己と俊を懇意にしち貰ってるようやな」
「達己さんと俊あにきをご存じで?」
「ああ、達己は俺の戦友の弟や。奴をこの前訪ねたときに俊とも知り合うたわ」
「佐吉、達己は正之の弟や」
「えっ!正之あにきの?」
安藤が頓狂な声を上げる。
「権藤から鳥巣に凄いランサー使いが居るちゃ聞いてましたがまさか正之アニキの弟やったたぁ」と安藤が唸る。
俺はにやっと意味深に笑って、「ついでにもういっちょうおまけや」
「佐吉、佐世保の山崎知っとうか?」
「会ったことはありませんが極道張っとる者で佐世保の『火の玉山崎』知らん者はおりませんよ」
「なら腰抜かすなよ。山崎は達己の舎弟やった男や」
まさか!これには安藤もあんぐりと口を開けた。
「戦後ん荒れ捲っとった佐世保ば腕力で平らげて組立ち上げたんは達己や。山崎は年上で名前も売れとったばってんぼこぼこにされてそいから達己命よ。まぁ色々あって山崎に組譲って堅気んなったんやが、あんまま組率いとったら九州の勢力図変わっとったかもしれんな」
俺は得意そうに顎に手を当てる。この事実には幹部連中も度肝を抜かれたようで、場がざわつく。
――あの火の玉山崎がぼこぼこ!いったいどげな喧嘩強さなんや。
――報復が怖いで誰も喧嘩売りたがらんち言われとう、小せぇながらも最強の奴らば抱えた組ば惜し気もなく譲った?
「権、宴や。店はお前が手配せぇ。分かっとるな」
権藤はぴしっと姿勢を正して、「オス!」
「おやじと達己さんの30年ぶりの出会いに相応しい最高の場を提供いたします」
「おっ頼むぞ」




