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夢界の創造主  作者: クスクリ
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73話 得体の知れない者

 筑後地区では泣く子も黙る、一睨みで一般人に腰を抜かさせ、警官さえも触らぬ神に祟りなしと目を背ける誠心会の大幹部達が、下っ端の構成員の如く玄関を駆け出してきて向かい合う二列横隊で人垣を作る。その後方を組員が取り巻く。その人垣を小走りで抜けて来た安藤がGTOのドアノブに手を掛けた。

「あにきぃ、会いたかったです」と涙目だ。

「佐吉ようぶち殺されんで生きとったな。さすがお前はしぶといぜ」と笑ってやった。

「俺はゴキブリ並みの生命力ですから。半端な潰され方じゃ死なんです。ラバウルで兄貴と別れるとき、どげん無茶してもお前が死ぬことはねぇ、政界でも財界でも任侠界でもてめぇの思う道を突っ走れ、お前ぇは必ず成功するちお墨付きくれやったんはあにきです」

「そやったかいな?」

 俺は白々しく頭を掻く。

「あにきに佐吉って呼ばれると生きてあにきに会えた感慨ひとしおです」

 ――俺たちのおやじば佐吉ち呼び捨てちゃいったいどれほどの大物なんじゃ。日本全国おやじば呼び捨てにできる人間てろ居らんのじゃ。ちゅうより俺らが許さんわ!

 ――県警本部長でもおやじにはビビり上がるんじゃ。所詮、国家っちゅうバックがねぇと何もしきれん一般人やけんな。潜った修羅場が違うわ。いつでもぶち殺したいときにぶち殺せるけんな。そんおやじが喜んで鉄砲玉になる?いったいおやじは木村大悟にどれほどの恩があるんじゃ。いや、弱みか?


 頭を下げたままで俺をちら見した幹部は、

 ――跛かいな!幻の大作家ちゅうてもただの草臥れたおっさんやねぇか。こげな奴に俺たちのおやじは命捧げるっち言うんか?

 ――もろに顔にゃ出さんでもこいつら俺に敵意剥き出しやな。そりゃそうやろ。お前らが忠誠誓うおやじが俺の弟分やけんな。

 俺はにやっと笑って、「佐吉、お前の統率力がどれほどのもんかこの幹部連中みたら分かるわ。相当恐れられとんの」

「あにきに誉められて光栄です」と安藤は満面の笑みだ。

 俺は列の手前で足を止めて、「こいつらみんな極道界に名轟かす久留米誠心会の大幹部やろ。俺ごときに頭下げられたまんまじゃ恐れ多いで通れんぜよ。上げさせれや」

「俺は一般人や。姪もビビっとるけな」と俺はわざとらしく隣の美穂ちゃんを見る。

 美穂ちゃんはきょろきょろと落ち着かない様子だ。

「でもあにきぃ、俺はあにきに錦を飾る日が来るのを一日千秋の思いで待っとったんです。こいつらにも俺以上にあにきを敬って欲しいんです。俺はこの世であにきしか尊敬してねぇですからね」

 安藤は不満顔だ。

「お前の気持ちは痛いほどここに伝わったぜよ」と俺は右手の人差し指で心臓を突く。


 戦国時代、なぜ武将・兵卒・足軽は仕える戦国大名のために命を賭けて戦えたのか?それは主たる者、従者の死の代償に対してそれ相応に報いたからに他ならない。勿論、仕える者としては現世での栄耀栄華が最大の望みではあろうが、不幸にして来世に旅立ったとしたら、対する主は一族を変わらず取り立てることでその働きに酬いた。

 安藤が部下の統率に用いた手法がまさにこれだ。彼は信長の率先垂範・破壊力・眼力・凶暴さと秀吉の人たらし術を併せ持つ極道界では稀有の存在だ。ただし、俺には頭が上がらないが。

 安藤は俺以外の人間には表情も性格も巧妙に使い分ける。久留米の構成員千人たらずの田舎やくざが、全国規模の組織と対等に張り合える理由、それは組員の死を恐れぬ闘魂と武器調達力だ。本業のしのぎは言うまでもなく、安藤は県内に多くの企業舎弟・フロント企業を潜ませている。やくざの大親分の顔と大資本家の顔、安藤の経営手腕は卓越しており、巧妙に実体を隠しながら大企業並みの収益をあげる。この潤沢な資金がいずれ全国を席巻する原資であり、手始めは県内の極道の統一だ。

 五年前、日本中を震え上がらせた白昼の久留米警察署長殺害事件、使った銃器はAK47・カラシニコフ突撃銃、ありったけの弾丸をぶち込まれた人体は肉片と化した。その凄惨な現場を検証した警察官はみな嘔吐した。犯人はその場で手榴弾で自決、署長室は木っ端微塵に吹き飛んだ。実行犯は誠心会の大幹部、大牟田熊田組組長だ。死人に口無し。安藤との詳しい関連は分からず仕舞で、結局、安藤は殺人教唆で1年の懲役を食らっただけで釈放された。

 国家権力側には見せしめ効果絶大な熊田組長の暴走だった。久留米警察署長の安藤に対する不敬・不遜。30代の嘴の青いキャリア官僚署長は国家権力を傘にきて、いつでも命を捨ててくる誠心会の真の恐さが全く解ってなかった。以後、警察庁・福岡県警は久留米警察署長の人選に苦労することになる。

 全国の親分衆にはこんな風聞が流れる。

 ――九州の久留米に小さな極道組織がある。あそこは組長の指示がなくとも自主的に鉄砲玉になる極道の集まりや。何より恐ろしいのは大幹部が進んで親のために命を捨てる。できることなら関わりあいになりたくない組織や。そして、特に戦々恐々として胆を潰したのは同じ県内の親分衆だった。福岡北九州の大組織は現今、誠心会には宥めすかすような対応だ。


 梶原組組員・米原は幹部たちに囲まれて階段を上がる俺を虚ろな目で追う。平の組員も二階の詰所に戻って、立ち番の若い衆二人だけが残った。視界から俺が消え去ると、米原はふっと力が抜けたようにその場に胡座を掻いて座り込む。

 ――あの人はいったい何者なんじゃ!この世の人間じゃねぇことだけは確かじゃ。

 米原は得体の知れない者を引き合わせてしまったことに言いようのない不安を覚える。もしかしたら、取り返しのつかない災いが組に降り掛かるかもしれない。誠心会組員として命を捨ててでも遠ざけるべきではなかったのか。ただの取り越し苦労だったらいいのだが。

「あにき大丈夫っすか?」と立ち番二人と弟分が慌てて寄って行く。

「大丈夫や」と言いながらも顔は蒼白い。

「あにき元気出して下さいよ。俺なんかほらっ」と弟分は前歯が欠けた口でにっと笑う。

「酷ぇ顔やな」

 立ち番二人が笑う。

「あ~あ、また差し歯作り直しや。女にドヤされるな」

 立ち番の一人が苦労を労うように、「米原のあにき、大事な客人のお伴ご苦労様でした」

 米原は答えず、煙草を取り出して口に鍬える。弟分がすかさずジッポのライターで火を点けた。喫煙で心が落ち着いた分、冷や汗が引いて代謝の汗が額から吹き出す。

「暑ぃな!」

 弟分はか〜っとビールを煽るゼスチャーを交えて、「あにき、事務所帰って冷たいビールでもかっくらいましょうよ?」

 米原はまだ半分以上残った煙草を路上のアスファルトで揉み消して、「晃、俺ら二人はおやじば詰所で待たないかんぞ。半殺しにされるんは覚悟しとけや」

 晃は納得いかずに口を尖らせて、「あにき、何で俺らがおやじにボコられないかんのすか?喧嘩売って車凹ませたばって、あん人が俺らの前に割り込んで来たけんやないっすか。おやじはいつも俺らに言うてますぜ。やくざは一般人に舐められたら終わりやって。やけん徹底的にやくざの怖さ教えてやれって。俺らは会長の客人って知らんやったし俺は殴られて前歯折ってるんですぜ。そいにちゃんと本部まで送ってやったやないですか」

 米原は諦めきった顔で、「やくざに理屈は通らねぇ。運が悪かったって諦めろや」

「お前はのびとったけん知らんやろうが俺はあん人の正体ば見てしもうたんや」

 米原はぶるっと震えた。

「正体って会長の客人やったってことでしょ?」

「俺が会長と知り合いですかっち聞いたらあん人ははっきり言うたんじゃ。一般人の俺がやくざの組長なんか知るかよっち鼻で笑うとったよ。組に着いたら大悟が来たっち言えば済むち言われた。そしたら組を挙げての大歓迎や」

「晃、お前ぇがドア蹴って凹ました車はあん人の姪の大事にしとる車や。その弁償ば組にさせるっちゅうことでおやじの居る本部まで案内させられたんや」

 晃はちんぷんかんぷんで米原の話が見えない。

「だってあにき、会長はあの人ばあにきって呼んでたっすよ」

「俺にも何が何だか分からんわ」

「ただあん人は間違いなくおやじに凹んだ車の弁償させるぞ。そん後おやじに制裁受けるんは俺らや」

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