71話 ヤクザ者
俺の言葉に美穂ちゃんがごくっと息を飲む。第三車線が空いた。俺は第二車線からスライドすると一気に加速する。カマロも直ぐ様車線を跨いで追ってくる。アメリカンV8サウンドを響かせ距離を一気に縮めて俺のテールにへばりつく。
くそがぁ!
俺はずぼっと音がしそうなほど力一杯ブレーキを踏み込み、車体が斜めに流れるのをカウンターで抑え込んで止まった。
キッキキー!
けたたましいスキール音。慌てたカマロが間一髪、互いのバンパーの距離1メートル以内で辛うじて止まる。カマロの二人が血相を変えて飛び出して来た。
「ナメとんのかおんどりゃ!」
ヤクザという人種はいつでも街中では我が物顔だ。交通の障害になろうが一切お構いなし。それは俺も一緒だが。怒り心頭のチンピラがMRの運転席ドアを蹴りあげた。ぼこっと音がして大きく凹む。
「おりゃぁ降りろやぁ!」
ヤクザとのイザコザなど、俺と居ない限り有り得ない設定だ。俯いて唇を噛んで小刻みに震える美穂ちゃん。俺の力を信じているとしても、いたいけな女の子なのだから。
俺は余裕をかませて慌てない。にやにやしながらゆっくりと外に出る。凹みを撫でながら他人事みたいに、「あちゃ〜、昨日納車されたばかりん新車が…酷ぇなぁ。美穂ちゃんが泣くぜぇ。こりゃぁ新車に換えてもらわにゃなぁ」
俺は振り返って二人を睥睨すると、「お前ら、新車購入費200万に慰謝料100万払えや」
ヤクザのお株を奪う素人オヤジの恐喝文句に、チンピラの顔が真っ赤に上気する。
「何やとぉ!」
「俺ら相手に何突っ張っとんじゃ、オヤジィ!もういっぺん言うてみぃや、ぉう」
危険を関知すると無意識の力が俺の身体を立体映像に変える。掴み掛かってきたチンピラは、俺の身体をすり抜けて窓枠にしこたま肘を打ちつけた。痛ぇ!何が何だか分からず、チンピラは腕をぶらぶらさせながらきょとんとしている。
俺は、せ~の、と掛け声宜しく、大学時代巻き藁で鍛えた右の正拳をチンピラの人中に強烈に打ち込んでやった。人を思いっきり殴るのは爽快だ。前歯が折れたか、拳に手応えが残る。口から大量の血を垂れ流しながら踞る弟分に、兄貴分らしい三十前後のヤクザが唖然とする。
俺の毅然とした態度に若干気後れした兄貴分だったが、すぐに気を取り直して、お決まりのヤクザの殺し文句は忘れない。
「こらオヤジ、俺らがヤクザ者と知っとって金出せち言いよるちしたらもしかしてお前馬鹿か!」と鼻でせせら笑う。
「へっ、お前らやっぱり本職やったんか。そやろな。アメ車にそのいかにもっちゅう格好、ヤクザやわな。国産乗ったっちゃ箔がつかんし一般市民にビビってもらわな商売あがったりやしな」
――何かこいつ、俺らにビビらんのか。誰か強ぇバックでも居るんか?
俺は奴の心を見透かしたかのように、「心配すんなや。俺はただの一般市民や。ばって世界中の誰よりも強ぇぜ。なんちゅうたっちゃ頭ん上に水爆落とされたっちゃ死なんしよ」とげらげら笑う。
兄貴分は怪訝な顔で、『こいつ頭おかしいんか?』
「お前ぇステゴロ強ぇんか?」と聞く俺に、「ボケか。喧嘩が弱ぇで何が楽しゅうてヤクザやらなならんのじゃ。オヤジ、お前ぇの身体で証明したるわ。俺に泣いて許して下さいっち言うまでよ」
俺はわざとらしく、「ほう!ほんまもんのヤクザの喧嘩見れるっちゃ楽しみや。そいにこの俺様相手によ」
「ちょっと待てや。ギャラリーが要るけんな」と、俺は助手席に縮こまる美穂ちゃんを陽気に誘う。
「創造主が何者か美穂ちゃんだけに見せたるけんちょっと出てきぃ」
美穂ちゃんは訴えるような眼差しで、「伯父さん相手は暴力団だよ。いくら人の記憶を消したり変えたり未来が分かったり歴史を変えたり無尽蔵にお金があったりしても…」
「美穂ちゃんの心配は分かるぜよ。歴史上の英雄っちゅうもんはどげん強かっても複数人にゃ敵わん。取り巻きなしでその辺に放り出されたら必然弱い一人の人間や。殺そうち思たら簡単や。赤子の首捻るくらいにね」
ちっちっと俺は眼前で指を振って、「俺は一山いくらのB界の英雄とは違うけよ」
美穂ちゃんが見守る中、ヤクザと対峙する。
「おいヤーコー来いや。なんならドスでもハジキでも出せや」
かわいい女の子が道路の真ん中に突っ立ってるんだから、一般人がヤクザに絡まれている図だと誰にでも直ぐに分かる。興味津々、見物したい気持ちを押し殺して、一車線しか機能していない渋滞した明治通りを、歩くくらいの速度で車がゆっくり通り過ぎる。歩道には徐々に人だかり。誰かが通報して程なく警察が駆けつけて来ることだろう。兄貴分は歩道に向って大声張り上げた。
「貴様ら大人しゅう見とけ。サツに垂れ込んだらお前らもタダじゃ済まさんぞ」と恫喝する。
俺はジーパンのポケットに両手を突っ込んでニヤける。右手を抜いて、おいでおいでの仕草で煽ると、奴はその屈強なガタイを俺に向けて突進してくる。俺を弾き跳ばす気だ。
「思い知れや!」と叫ぶのと同時に突進したが、肩に残る筈の衝撃感がまるでない。奴が慌てて振り返ると俺は背を向けたままだ。俺は相変わらずニヤけたまま、再び向かい合う。
――嘘やろ!躱されたんか?間違いなく当たった筈や。
美穂ちゃんには見えた。奴の身体が俺の身体を通り抜けるのを。
――これがおじさんの言う力!
美穂ちゃんが呆気にとられて俺を見る。俺は右手を挙げてピースサイン。訳分からず奴が叫び声をあげる。
「何じゃ!いったいどうなっとんじゃ!お前は何者なんじゃ!」
やけくそになった兄貴分はカマロからドスを取り出した。美穂ちゃんは仰天して言葉を失う。鞘を払った刀身がぎらっと鈍い光を放つ。
抜き身の背を下にして両手で握り、脇を絞め、出入りの如く、昂った気分のまま俺に突進して来る。俺は奴に身を任せたように徐に両手を挙げた。敢闘虚しく、奴のドスは身体ごと俺をすり抜ける。振り向き様、もう一度俺の背中目掛けてドスを刺したつもりの兄貴分だが、手応えは全くなし。まるで気体を刺したかのようだ。兄貴分は目を剥いた。ドスは間違いなく俺の背を貫いているが、肉を抉る感触はない。勿論、血など全く出ない。
刺した!
人だかりから声がしたが、相手はヤクザだ。傍観するしかない。
兄貴分はこの世のものとも思えない形相でドスを放り出した。
「ば、化け物だぁ!」
尻餅をついて叫びながら後ずさる。歩道の見物人がざわつく。俺は奴に近づいて平手で頬を数発張った。兄貴分はこめつきバッタのように土下座を何度も繰り返す。
――弟分の如く正拳で歯をぶち折ってやろうと思っていたが、考え直した。言うなれば俺は反則だ。創造主気なく、俺が造ったB界の住人を虐めているの図だ。
美穂ちゃんが寄って来て、「伯父さんを信じられなくてごめんなさい。実際に自分の目で見て伯父さんはやっぱりこの世の創造主様っていうんが改めて分かったよ」
「ねぇ伯父さんその人許してあげて」
「ああ美穂ちゃん、俺も何だか弱い者虐めしとるごたって気が咎めたんじゃ」
美穂ちゃんはにこっと微笑んで、「ありがとう伯父さん」
「ばって車は修理してもらわないかんけこいつの組に弁償させるぞ」
悪い予感がした美穂ちゃんが、「組に弁償させるってもしかして…」
俺は意地悪くにっと笑うと、「そう、今からこいつの組に乗り込んで組長に掛け合うつもりや」
途端、美穂ちゃんの顔色が変わる。
「お、伯父さんい、いいよ。修理代は私のバイト代で払うけん」
俺は口を尖らせて、「何、美穂ちゃん怖いん?」
「いい社会勉強になるち思うけどなぁ。俺もA界じゃ怖いでヤクザの事務所とか一生入ることなんかねぇし見てみてぇんじゃ」
渋る美穂ちゃんに、俺は駄々っ子の如く、「ねぇ美穂ちゃん行こうよぉ行こうよぉ」
「俺は創造主様だぞぅ。何も怖いものなんかないんだぞう」
美穂ちゃんがくすっと笑う。




