66話 丸星ラーメン
拓海が徐に口を開いた。
「今日は狂走連合の姿は全然ねぇけど7月の最終の土曜日にここで大規模な集会があったごたるでぇ」
夏希が、「えっ待ってぇ」
「その日って暴走族が市内を暴れ回った日やないん?」
「確かに」と美穂ちゃん。
「小倉でアイフル大作戦見とったら臨時ニュース流れたもん」
「その集会と何か関係あるんかな?」
夏希が小首を傾げる。
「そいがただの集会じゃなかったげなよ」
「ほら、三年のときの二組の池上」
「教育大に行った池上君?」と美咲。
「ああ、あいつが高良山で無茶怖ぇ目に遭うとるんよ」
四人が斉藤を注視する。
「あいつ今同じ二組やった武廣真理子と付き合いよるんよ」
「えっ真理子と…初耳」と四人。
「ほいで夜中車ん中でいちゃつきよったらあっと言う間に周りば族に埋め尽くされちしもうたって」
照代がぶるぶる震えだす。
「い、池上君何かされたのぅ?」
「藤本まぁ聞けや。族の単車以外に黒塗りのセダンも相当数おったっちゅうんや」
美咲が怪訝な顔で、「黒塗りのセダン?」
「驚くなよ」
「ヤーサンや」
「ヤクザ!」
夏希が頓狂な声を上げる。
「池上がいうには誠心会やないかち」
「誠心会って言うたらいつも世間を騒がしとるあの九州最大の暴力団?久留米に本部があるんだよね」と夏希。
「池上と武廣生きた心地がせんで、窓閉めてドアロックしてこっちに来んでくれち祈りながら震えよったげな。ほんだら運転席の窓ばコンコンち叩かれて、ふっと見たら胸に副長ち刺繍された特攻服姿の厳つい族が立っとったげなたい」
四人は息を呑んで、「まさか、ガラス割られて外に引き摺り出されたとか?」
「池上もそいば覚悟して諦めきったばってその副長笑い掛けてこう言うたげな」
「何て?」と夏希。
「今日は俺らの集会で迷惑掛けてすいません…」
話の腰を折って、「冗談やろ?18か19の世間知らずの暴走族が丁寧語で謝る…信じられんよ」
美咲が呆れる。
「池上がそう言うたんやけんしゃあないやん」
「続けて」と夏希。
「ああ、『俺らいつもは恐れられてますが、今日は初代特攻隊長に二代目総長も来てまして暴れるなっち厳命受けとります。今日は俺ら久留米狂走連合の集会っすがメインは走行会っす。俺らの走りのカリスマ、ランサーの何とかさんに速いもんが挑戦するっす。特攻隊長が、今高良山に上っとる者で見てぇ者には見てもろてくれっちゅうんで見てくんさい。観客は大勢居った方がええとのことでして。帰りたかったら止めんっす。ただあと30分で鳥居前を完全封鎖するっす』って言うげな」
「それで池上君どうしたん?」と美咲が食い付く。
「さっきまで市内でやりたい放題暴れよった族っちいうんはラジオで知っとってビビっとったばって、腰が低かったけん信用して見るって答えたげなたい。帰るほうが危ねぇ気がしたち言いよった」
美咲が、「拓海その何とかさんって名前分からんの?」
拓海は頭を掻いて、「た…何とかやったっち思うばって…ご免、忘れた」
「俺の前でにやけながらあいつ滅茶感動しとったでぇ」
「どんなふうに?」と美咲。
「石原裕次郎の『栄光の2000キロ』っていうサファリラリーの映画ば武廣と見たっち言よったばって、ランサーの速さと迫力はあんなもんじゃねぇ、次元が違うち言いよった。とにかく速かったげな。無茶改造したセリカとベレGと、何とスカイラインのGTRもランサーの叩き出したタイムに挑戦したばって大人と子供のタイム差やったげなぜ」
ここで初めて美穂ちゃんが口を利いた。
「斉藤君ランサーは何色やったん?」
「ランサーは確か…グリーンって池上が言よったかいな」
『グリーン…もしかして達己おじさんのランサー?やったらセリカは榎本さん?伯父さん確か『虎屋』で言ってたな。高良山でのバトル、榎本さん15秒切ったって』
夏希が、「美穂どしたん?考え込んじゃって」
「う〜ん、何でもない」
斉藤が話を続ける。
「圧巻やったんはランサーのアクロバットやったっち」
照代が、「車って走る以外に何かできることあるん?アクロバットって何すんの?」
「藤本にゃ分からんめぇな。ほんとに車ば手足のごつ扱うこつのできる人の凄さは」
斉藤は壁を指さして、「あそこに人ば立たせて、ランサーがフル加速で突っ込んで行ったって思たらその子の直前でくるっとスピンターンして面一で止まったってよ。そのパフォーマンスにゃとにかく度胆抜かれたち池上が溜め息吐きよったわ。こげな神業拝めるんなら金払ってでも見たち言いよったわ」
これにゃおまけの話があるんや。
「そん日は移動販売車や街宣車まで用意されてマイクも入っとったってことや。ランサーの何とかさんが主役なんは誰の目にも明らかやったばって、司会役の初代特攻隊長が何とかさんば街宣車に上げて紹介しやって、もうそんときにゃ何とかさんは族の神様のごと崇められとる感じやったってよ。『こいつらは社会からはみ出した嫌われ者やけど走るんが三度の飯より好きな奴らなんや。一丁、極めればこげなこともできるっちゅうことば実地で見せてやってくれんやろか』って頼まれてしぶしぶOKしてのその荒業やったんやけど、普通いくら信頼しとってもアシスタントにゃなりとうねぇやろ。ちょっとでもミスれば間違いなくあの世行きや。その何とかさん街宣車から下りて交渉しよったばって、何とか説得して街宣車に上げたその子が何と絶世の美少女やったげな。いつも薬打っとるみてぇにトロンと危ねぇ目ぇした狂走連合の奴らが、その子が上がった瞬間一斉に口開けてぽかんとしとったって言いよった」
『もしかして真知子ちゃん?』
話し終えた斉藤が、「美咲、あん日俺らも高良山でデートすりゃ良かったなぁ」と本気で落胆する。
「うん、私も興味あったかも」と美咲。
一通り、真夏の高良山での青春気分を謳歌した五人は、誰が言いだすともなしに、締めは丸星ラーメンでということになり、高良山を下った。
「美穂は丸星ラーメン久しぶりやろ?」と夏希。
「うん、去年の夏以来だよ」
西鉄久留米駅を過ぎて国道3号線に入る。箱乗りして、路面がうねる度にガリガリとマフラーを擦り捲って火花を出す130シャコ短ローレル、五人の視界に現れて消えた。こんな時間に明治通りにナンパにでも行くのか。族ではなさそうだ。
照代が、「びっくりしたぁ。狂走連合かと思ったぁ」
美咲が後席を振り返って、「照代は心配し過ぎ。滅多に会うもんじゃないよ」
車は筑後川を渡り終えた。この先の宝満川との間に、24時間営業の丸星ラーメンがある。深夜の長距離トラックドライバーの御用達だ。だから、駐車場は店の対面と両側の三ヶ所にある。昭和33年創業の久留米ラーメンのルーツだ。麺は『虎屋』や長浜ラーメンより太い。




