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夢界の創造主  作者: クスクリ
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64話 同窓生

 佐賀県教職員採用試験の二次試験が終わった。内容は個人面接と集団討議、模擬授業だ。合格発表は来月初め。やるべきことはやった。手応えもある。

『もしも合格が無意識の力のお陰だったとしても、私は伯父さんに胸を張れるよぉ』

 ジーンズにタンクトップ姿の美穂ちゃんは、ベッドにうつ伏せになって『夢界の想像主』を読み耽った。

 野中家の二階は六畳一間だけで、美穂ちゃんの部屋になっている。もちろん、部屋にエアコンとかしゃれた物は無い。窓枠に取り付けられた、扇風機代わりのウインドファンが読書中の美穂ちゃんに風を送り込む。枝を繁らせた金木犀がウインドファンに吸い込まれる空気から熱を吸いとってくれているようだ。8月下旬の昼下がり、部屋の中は読書に支障をきたすほどの暑さではない。

『おじさんの秘密知っている私としては何だか変な気分。この本を読んでる人は誰一人、この世界をA界だと思って疑ってないんやろうな。B界だと知ったらパニックだよ。価値観がひっくり返ってしまうよ。でも筆致が暖かい。人間愛に満ちてる。おじさんの性格そのままだぁ』


「美穂ちゃん夏希ちゃんから電話よぉ」

 階下から母・奈津子の声だ。

「は~いすぐ行くぅ」

 もしもしと応えた美穂ちゃんに浴びせられた夏希の第一声は、「もう酷い美穂!友達甲斐ない!」

 うへっ!

「夏希怒ってるぅ?」

「怒ってるよ。もうプンプンなんやから。美穂に私の額に生えた角見せてやげたいよ」

「ご免」と言いながら美穂ちゃんはくすくす笑う。

「美穂のお母さんとばったり会って美穂が帰って来てんの知ったん。今までは帰って来たらすぐ私に電話くれてたじゃん。どして?」

「うん、私夏希に佐賀県の教職受けるって言ってたよね。それで色々やることとか考えることとかあって連絡しなかったん。試験は17日に終わったよ。ごめんね」

「そっか、なら仕方ない。許してあげるよ」

「ありがとう夏希」

「でどう、試験上手くいったぁ?」

「手応えばっちしだよん」

 夏希はうふふと笑いながら、「その声なら本当に自信あんやね」

「何しとったぁ?」

「読書しとった。試験の重圧でゆっくり本読む余裕もなかったけんね」

「ねぇ美穂、茶店に集まって涼もうよ」

「いいよ」

「じゃぁビビアンで待ってる。美咲も照代も誘って行くよ」


 夏希は西南学院大学英文科、照代は西南学院大学児童教育学科、美咲は福岡大学人文学部に在籍している。三人とも通学組で、仲良し四人組で親元を離れているのは美穂ちゃんだけだ。

 喫茶ビビアンは西鉄大牟田線久留米駅ビル内にある。国道3号線と久留米最大の大通り明治通りが交差するこの界隈が久留米の一番の繁華街だ。美穂ちゃんたちのうろつき場だった。東口には筑前屋デパートもある。明治通りを西に行けば福岡県で地場デパートの双璧を成す久留米豊前屋があるが、地の利は、国鉄久留米駅の二倍以上の利用客がある、西鉄久留米駅に隣接する筑前屋にあった。事実、俺が逃げた小倉豊前屋の子会社だった久留米豊前屋は2009年に潰れた。西鉄大牟田線と国鉄鹿児島本線は国鉄荒木駅の手前で交差する。


「駅ビルも久しぶりやな」と感無量の美穂ちゃん。

「やっぱりこの辺りは賑やかやね。高校時代が懐かしいよ」

「美穂は小倉におったけん知らんやろうけど市内を暴走族が暴れ回って大変やったんやから」と夏希。

 照代も、「この辺りの交通完全にマヒしとったんよ。走ってる車も暴走族に鉄パイプで壊されたんやから。みんな恐ろしくて家に籠っとったよ」

「ニュースで見たよ。暴走族が暴れて久留米の都市機能が麻痺したって言うとった。小倉もよく暴力団の抗争事件があって恐ろしくて街を夜一人で歩けないんやけど、久留米もようやく小倉並みになったんやなって感心しとった」と美穂ちゃんが舌を出す。

「もう美穂ったら他人事みたいに言ってんやから」と照代が頬を膨らます。

 美咲が、「暴れたのは久留米狂走連合だよ。拓海が言うとった。九州最大の凶暴な暴走族なんやって。美穂が言うように久留米も恐い街になったってことだよ」

「怖いよ。街で会ったらどうしよう?」

 照代が怯える。

「照代は臆病で怖がりなくせに夜の繁華街徘徊するんやから」と美咲。

「だってぇ、イケメンの彼氏欲しいんやもん」と口を尖らせる。

「で、初中騙されとるやろ」とは夏希。

「暴走族怖いんやろ」

「うん」

「やったらナンパされても簡単に付いて行かん。分かったぁ?」

「う、うん」


 アイスコーヒーのストローに口を近付けた美穂ちゃんに、「タンクトップから谷間が見えてるよ」

「美穂ってこんなに胸大っきかったぁ?」と、夏希が対面から身体を伸ばしてお茶目に覗き込もうとする。

「夏希のエッチ!これは好きな人しか見せらんないの」

 美穂ちゃんの、身体を捻って両腕で覆い隠す仕草に他の二人が笑い転げる。

 笑いが収まらないままの照代が、「バイクで帰って来たん?」

「う~ん、青春の思い出にって考えてヒッチハイクで帰って来たよ」

 夏希が目を丸くして、「美穂度胸あるぅ」

「かわいい美穂のこと、飢えた狼どもがわんさか寄って来たやろ?」と美咲。

「それがね…」と美穂ちゃんは笑いながら、「みんなにはまだ話してなかったんやけど、私には母方に伯父さんが一人居るん」

「伯父さん作家でぶっ飛んでていつも放浪してんだ。ぶらっと戻って来たかなって思ったらまたいつの間にかいなくなるの繰り返し。でも、お父さんもお母さんも勿論私もそんな伯父さんが大好きなん」

 美咲が、「作家って有名なのぅ?」

「う~ん…かなり有名やと思う」

「誰、誰、教えて?」と身を乗り出す美咲。

「聞いてびっくりせんでよ」と美穂ちゃんが言い淀む。

「木村…大悟!」

 三人とも、 「えっ!えっ!」

「木村大悟ぉ!」

「うっそ~?」

 美穂ちゃんは口を窄めて、「正真正銘木村大悟ぉ」

 夏希が、「美穂がさっき読んでたって言う本?」

 美穂ちゃんはこっくりと頷いて、「夢界の創造主」

 美咲がガタッと立ち上がると、「私、私、木村大悟の大ファンなん」

「やろうね。目がハートになっとる」と美穂ちゃん。

「大悟先生今美穂の家にいるん?あ、会わせて」

「美咲ごめんなさい。また旅に出ちゃった」

 美穂ちゃんはぺろっと舌を出す。

『此処にも狂信的な大悟ファンがいたよ。伯父さん女性ファンが多い~。スケベなのに』

 思わず含み笑いが漏れる。

『でも、伯父さんの気取りのない優しい文章は女性を惹きつける魔力があんのかもしんない。高尚な文章で難解な世界を描いて自己満に浸っている文壇のお偉方とは全く違うしね』


 美咲は腰掛け直すとぶすっとして、「美穂、友達甲斐ない!」

 美穂ちゃんは大袈裟に落ち込んだ仕草で、「あ~あ、また言われちゃった。私今日天誅殺、夏希の次に美咲にも友達甲斐ないって言われるやなんて」

「美穂元気出して。私は言わんけん」と照代。

 美穂ちゃんは照代の手を取って大袈裟に、「照代ぉ、ありがとう」

「で、美穂のヒッチハイクと大悟先生がどう結びつくん?」ともろに不機嫌な美咲。

 気を取り直した美穂ちゃんはにこにこと喋り出す。

「伯父さん人気作家やろ。出版社とかプロデューサーとか居どころ知りたくていっつも探しとるんやって」

「そりゃあそうよ。私たち乙女の心情を捉えて放さない大悟先生みたいな大作家文壇にはもう現れやしないんやから。みんな大悟先生のこと知りたくて会いたくて仕方ないんやから」と美咲が半畳を入れる。

『乙女の心情か。何か表現が文学的。大悟作品読み込んでるだけあるよ美咲』と感心する美穂ちゃん。

「でね、伯父さんしばらく小倉に居たそうなん。小倉の紫川に架かる貴船橋ってあって私そこでヒッチハイクの網張っとったん」

 夏希が、「ヒッチハイクって段ボールなんかにどこどこに行きたいって書いて掲げておくんやろ」

「うん、でも夏希が言う通り。初めてのヒッチハイクはびくびくもんやったん。やからプラカードは用意してたんやけどやってくる車を見て出すことにしたん。で、やって来たのが伯父さんの車」

「ねぇねぇ、お金持ちの大悟先生が乗ってる車ってどんな車?外車?」と照代。

「確かにお金持ちには違わんけど…オレンジの三菱ギャランGTO・MR」

「分かんない」と照代。

 美咲が、「今若者に人気ナンバー1の車だよ。彼氏が就職決まったら絶対手に入れるって吠えとったけん」


「はい」と、夏希が手を挙げて、「美咲に質問」

「何っ?」と変わらずむすっとした顔を向ける。

「もし木村大悟と会えるようになってその日が彼氏との大事な外せない約束の日やったらどうするん?」

 美咲はさも当然の如く、「どうもしないね。彼氏は二の次、ノープロブレム。それで腹立てるなら拓海は棄てる」

「棄てられて拓海君かわいそう」と同情する照代。

「もう照代ったらまだ棄てた訳やないんやから」と美咲が口を尖らせる。

「凄まじい執念!」

 美穂ちゃんは舌を巻く。

「美咲負けたよ」

「どんなふうに負けたん?」と美咲が訝る。

「実はね…身内だけの話なんやけど鳥巣で伯父さんの歓迎会があって25日に帰って来るん。私もお母さんもお父さんも招待されてんの。伯父さんに言って美咲たちも招待してくれるように頼んだげるよ。三人くらい増えたってどうってことないよ。私の親友で女子大生で大ファンって言ったら伯父さん鼻の下伸ばして二つ返事でOKするに決まってるんやから」

 途端、がばっと立ち上がった美咲は、「ありがとう!さすが美穂。友達甲斐あるよ。親友だよぉ」と頬にキスしようとする。

 そんな美咲を美穂ちゃんは嬉しそうに押しやる仕草で、「分かった。分かったけん」

 座り直した美咲はがらっと態度を変えて、「じゃぁ美穂続き聞かせて」

「もう、美咲は現金なんやから」と夏希がおかしそうに笑う。

「私今自動車学校に行っとるやろ。バイクも好きやけど同じくらい車も好き。特に速い車がね。GTOが迫ってきたとき本能的にプラカードあげちゃった。その車を運転してたのが伯父さんやったん。もうびっくり仰天だよ。でもやっぱり伯父さんスケベ。私の美貌に惑わされて躊躇なく止まったよ」

 したり顔の美穂ちゃんは、「二人とも顔を見合せて指差してあっあって感じ」

 照代と夏希がくすくす笑う。

 夏希が、「凄い!そんな偶然あるんや」


「ここであったが100年目だよ。絶対逃がさんのやけん」

「美穂、大悟先生に会うんどれくらいぶりやったん?」と美咲。

「二年ぶりだよ。こんなに家を開けたんは初めて。今までは半年くらいやったけん。伯父さん薄情、その間電話一本手紙一通もないんやからね。お母さんもお父さんも心配して特にお母さん肉親っていったら伯父さんだけやろ、もう一生会えんのやないかってときどき涙なんか流しとったんやから。唯一の救いは伯父さんの新作だよ。『夢界の想像主』が上梓されたときお兄ちゃん元気してるんやってほっとしとったけん」

「そっかぁ、美穂の家庭も大変なんやね。でもそんな自由奔放な大悟先生やからあんな素晴らしい作品が書けるんよ」

 美咲が改めて惚れ直したように呟く。

 照代が、「伯父さん言い訳してとったぁ?」

「うん。毎日おまえらのことを考えない日はなかったって。わざとらしいよ。伯父さんの破天荒な性格からしてほんとかなって感じぃ」と、美穂ちゃんは自然に笑いが込み上げてくるようだ。

「居場所が分かったらみんな私の家に押し掛けて来て迷惑掛けるからって。音信不通やったらいらん気遣いする必要もないやろって」

「伯父さん鳥巣に向かってて久留米に帰る気はなかったん。私にとっちめられてしぶしぶだよ」

 美穂ちゃんは我ながら感心する。俺に感化されて、作り話の楽しさに目覚めたようだ。

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