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夢界の創造主  作者: クスクリ
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61話 鳥巣ビル地下街

 鳥巣駅は空襲での焼失を免れた昭和初期の面影漂う歴史的木造建築だ。ホームは6番ホームまであり、ホームを囲む広大な敷地が機関区だ。駅から三方向に道路が延びる。右に行けば3号線、左に行って長崎本線を潜れば、田園地帯を突き抜けて一気に久留米へ。中央に進路を取れば本通筋商店街、鳥巣警察署から34号線に突き当たる。駅前の高層ビルは鳥巣ビルのみ、一階にはスーパーサニーが入っている。このビルの地下への入り口は西側と南側に二ヵ所あって、西側の階段を下りれば飲み屋街。十軒ほどの店が連なる中で最大の繁盛店がスナック「明美」だ。裏社会の管轄は久留米誠心会。鳥巣権藤組の縄張りだ。


 俊夫は大塚組の仕事を終えたあと、店にバーテンダーとして入ることもあるが、あくまでも本業は土木だ。実質切り盛りしているのはママの明美で、俊夫の姪の美千子がアルバイトで手伝っている。

 店の重厚な扉をちょっと開けて顔を覗かせた徹を、明美が目敏く見つけた。

「徹さんいらっしゃい!」

「満員のごたるですね」

「大丈夫よ」とカウンターから出て来た明美は徹の陰に隠れる由起に気付く。

「さぁ二人とも中に入って」

 徹の横に並んだ由起が軽く頭を下げて、「ママこんばんわ」

「珍しい。徹さんが由起ちゃん飲みに連れて来るやなんて」と、明美の視線が徹の足許まで落ちる。

 徹は頭を掻きながら、「俺も由起に世話になりっ放しやのうてときにはサービスしとかんと捨てられそうっすから」

「いい心掛けだよ」とにこっと微笑む明美。

「カウンター席でいい?」と、明美は客に詰めて貰って、ばらばらに空いていた席を二つ並べる。

 店内を見回した徹が、「ママ、俊さんは?」

「厨房の俊専用ソファーで惰眠中よ」

「店に出てくるならちゃんとバーテンダーやって貰わんとね」と明美が厨房に消える。入れ替わりに美千子が付け出しを二鉢持って出て来て、「徹さん高良山以来ですね」と満面の笑顔。

「おっ徹」

 俊夫が厨房から出てきた。

「俊さんちゃんと仕事せんと明美さんがお冠ですよ」と笑う。

「今日は達つぁんが来るんや」

「達つぁんが店に来るって珍しいですよね。ラリークラブの立ち上げ会以来っすね」

「大悟さんの歓迎会の段取りの打ち合わせするんや」


 美千子がボックス席から耳敏く聞き付ける。

「俊兄ほんとう!」

「ああ」と俊夫。

「やった〜!高良山以来会ってないけん楽しみ」

 美千子は愛おしそうに胸で手を合わせる。

「そっかぁ。美っちゃんが恋する男が来るんか」

 大正町商店会の山村が美千子を思い遣って優しい顔になる。

「ご免ね山さん。達さんが来たら私お相手できないよぉ」

「美っちゃん、俺らのことは気にせんでもええよ。久しぶりなんやろうからいっぱい話したらいいよ。中々会えないってママが言いよったけんな。どれ、俺もその幸せな男ば拝んでみようかいな」

「俊さん…」

 徹はわざとらしく顔を強張らせて、「万年金欠病の俺に金があるって信じられますぅ?」

 俊夫は鍬えたマールボロを右手で摘まむと、満足そうに煙を吐き出して、「大悟さんがお前に50万振り込みやったんやろ」

 徹は頷いて、「はい。初めて会った俺に50万もの大金。本当に貰ってもええでしょうか?」

 俊夫はにやっと笑って、「今更わざとらしいぜ。徹お前虎屋で車の改造費援助してくれって大悟さんに甘えよったやねぇか」

「徹、初めて会った大悟さんにそんな図々しいこと言ったん?」と由起が疑いの眼差しに変わる。

 徹は口を尖らせて、「ばって仕方ねぇやん。大悟さん俺のこと何でも知ってあって、車に金遣い過ぎてインスタントラーメンばっかり食いよるんやろって心配しやって、100万でも200万でも援助したるって言いやるもんやからつい…」

 由起はぽかんと口を開ける。

「100万でも200万でも!」

「私たちと金銭感覚が違う…」

 俊夫もしみじみと、「大悟さん金が腐っとるち言いよっちゃったがあながち冗談やねぇな。店の口座にも約束通り100万の振り込みあったわ」

 明美が注文の冷しソーメンを盆に載せて忙しそうに厨房から出て来た。

「なぁ明美、大悟さん自分のことば流浪人とか言いよっちゃったけど一体どげな仕事なんやろか?」

「達さん大悟さんのことば気前が良いって繰り返しとったけど仕事についてはよく知らんみたいやね」


「ママ待ってました」

 ボックス席の大正町商店会のオヤジたちが手を叩いてはしゃぐ。

「夏はママの冷しソーメン食わんと帰れん」

「まぁ、ありがとう今さん、お世辞でも嬉しいよ」

「何がお世辞なもんか。なぁ山さん」

「ああ、神崎ソーメンの絶妙な湯がき加減とこのつゆが美味いんや」

 美千子が、「山さん家でもソーメン食べるんやろ?」

「ありゃぁ食ってやっとるだけや」

「家内の奴夏はソーメン出しときゃええくらいに思うとる。朝山盛り湯がいたソーメンなザルで固まっとるんや。朝飯の味噌汁にたっぷり入れて残ったソーメンに具ば入れた出し汁添えて、また晩飯にはいどうぞげな」

 今村は、割り箸で掬ったソーメンを純氷の欠片入りのワサビがぴりっと効いたつゆに浸して美味そうに啜りながら、「山さんの気持ち分かるよ。ママが愛情込めて作ってくれとうけんこのソーメンは一級の料理なんじゃ」

「じゃぁ奥さんのは料理じゃないん」と美千子が突っ込む。

「違うね。あれは俺に食わせとけばええ思うとる餌じゃ」と山村が吐き捨てる。

「まぁ酷い!」と冗談に顔を顰める明美に、「ちょっと言い過ぎたかもしれんばってん味が違い過ぎるんや。ここに来て俺はソーメンがこげん美味いって分かったんや。なっそうやろ今さん」

「そうや。俺らはママにソーメンがこげん美味いって教えて貰うたんや。みんなもそうやろ」

「そやそや」と面々が口々に囃し立てる。


「ちわっす」

 扉が開いて恰幅のいい達己が姿を現した。途端、美千子の瞳がハートに変わる。

「達さんいらっしゃい」

 美千子は、大正町商店街のオヤジたちを放り出して駆け寄ると、達己の腕を取る。

「現れたか色男!」

「なるほどいい男じゃ。美っちゃんが惚れるんも無理ないわ」と、今村は顎を摩って目を細める。

 今村は右手を挙げて、「美っちゃん紹介してくれよ」

 美千子は、「は~い」という快活な返事とともに達己をボックス席に誘う。今村が立ち上がる。

 満面に笑顔の美千子が、「今さん、こちらが私の大大大好きな達さん」

 美千子は、どさくさ紛れに達己の腕に抱き付いて、臆面もなく言い切った。

「あちゃ~言ってくれるねぇ」とは今村。

 達己は陽に焼けた顔ではにかんで、「湯村達己です」と白い歯を見せて頭を下げ、右手を差し出した。

 今村も達己の手をしっかり握って、「大正町商店街会長今村です」

 今村は破顔一笑、「美っちゃんが生まれて初めて恋したって言う男を一度拝んでみたいと思ってました」

 達己は後頭部を擦って、「いやぁ見ての通りただのオヤジです」と謙遜する。

「では挨拶代わりに一杯」

 今村がテーブルのビールに手を伸ばすと、「はい達さん」と美千子が達己に素早くグラスを持たせる。

「いただきます」と一気に飲み干した達己に、「もう一杯」と今村。

「お言葉に甘えて頂きます」

 明美が、「美っちゃん、今日の達さんはみんなのものやから独占はなしよ」と冗談混じりに揶揄する。

「嫌やもん!達さんは私のものやもん」

「美っちゃんにしては聞き分けのない…さては酔ってるな」と明美が美千子の額を小突く。

 美千子は舌を出して、「てへっバレてたぁ?」

 今村が、「そういえば、達己さんが来るって分かってから美っちゃんペース上げてたな」と納得顔だ。

「そうか。で美っちゃん気が大きくなったって訳や」

 明美が優しく微笑む。

「美っちゃん心ここに在らずのようやから今度は私が相手したげるよ」と明美が丸椅子に座ると、「いよっママ、待ってました」と山村が明美の持ったグラスにビールを注ぐ。

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