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夢界の創造主  作者: クスクリ
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60話 ナンパ

 九千部の方角を向いて煙草を喫っている徹に、由起は歓喜を込めて、「とおる〜!」

 徹も振り向いて右手を上げる。

 由起は満面の笑顔で、「徹が私を待っててくれたのってどんくらいぶりかな?」

 徹は首を傾げて、「忘れた」

 「もう!」

 由起がかわいく膨れる。

 助手席に乗り込んだ由起は、「じゃぁまず佐銀ね。徹通帳持って来たぁ?」

「ああ、ダッシュボードに入っとるぜ」

 国鉄の給料は現金支給だ。車は佐賀銀行の丸専手形で買ったから、毎月10日に窓口に支払いには行く。20日の給料日の数日前には一文無しだ。それまで必殺インスタントラーメンで食い繋ぐ。貯金など無縁な徹のこと、通帳など持ったことがない。俺は虎屋で徹に指図していた。

「徹、お前んことやけん通帳なんか持ったことなかろうや。いくら奇特な俺でもお前にわざわざ現金届ける暇はねぇ。銀行行って通帳作れや。ほいでその口座番号ば郵送せぇ」と1973年当時の葛原の住所を教えた。後は無意識の力が勝手に振り込むだろう。

 由起は通帳を開いて、「当然やけど預金100円かぁ」と笑う。

 運転しながら口を尖らせた徹が、「由起、俺ば馬鹿にしたごたる笑いやん」

「したよ」と由起は悪びれない。

「徹ももう31やろ。少しは将来に備えて貯金ぐらいした方がいいんやない?」

「俺には今が大事なんじゃ。貯金てろじじ臭ぇことできるかじゃん」

 由起は背凭れを少し倒して、「ま、いっか。そんな徹が好きなんやから」

「私がちゃんと貯蓄しとくけん徹は自分のお金は思い残すことなく使っていいよ」

「さすが由起や。俺のことがよう分かっとるわ」

 徹の窄めた口から口笛が出る。

「大悟さんも徹のためにあげたお金を貯金に回したりしたら怒るかもしんないしね」


 鳥巣には市民がよく利用する地銀が二行ある。佐賀銀行と福岡銀行だ。達己が取引してるのは、組合の関係で、大正町商店街の中にある労働金庫だ。佐賀銀行の鳥巣支店は八坂神社の通りと鳥巣警察署の通りが交差する四つ角にある。

「榎本様…榎本様」

 窓口嬢が徹の名前を呼ぶ。にこっと微笑んで、「通帳に記入された金額をお確かめ下さいませ」

 徹の表情が自然とニヤける。燦然と輝く50万円という六桁の数字。

 ――まさかとは考えたこつもあったばって、大悟さんが冗談言う訳ねぇよな――

 感動に浸っている徹に、「あのう榎本様、大金でもありますし、当行で定期にされてみてはいかがでしょうか?今なら優遇金利がご利用頂けますよ」

 歳の頃は18か19、かわいい笑顔が徹に向けられる。

「せっかくの申し出やけど遠慮させて貰うわ」

「そうですか。残念ですぅ」と窓口嬢は表情を曇らせる。

 ――かわいいな。冗談一発カマしとってやるか。

「俺と付き合ってくれるなら全部定期にしてやってもええぜ」

 窓口嬢はぱっと表情を明るくして、「ほんとですか!私でよかったらお付き合いします」

 えっ!と徹は面食らう。

「こらっ徹!」と由起が徹の右耳を引っ張る。

「いててて…」

「全く油断も隙もないんやから」

「ごめんなさい。この人もう彼女居るん」

「ほら徹謝って」

「ご免、冗談のつもりやったんやけど…」

「私本気で…」

 窓口嬢は落胆の色が隠せない。

 由起はぶすっとして、「ほら徹行くよ」

「ご免な」

 徹は窓口嬢に申し訳なさそうに手を合わせる。


 徹も達さんとのバトルが終わって気が抜けたのかもしんないな、と由起は思い直す。彼氏彼女の仲でも、ときに、ピリ辛の嫉妬はマンネリ化を防止してくれるかもしれない。

 由起もちょっと嬉しかったのは否めない。徹結構モテるんや。お堅い銀行の窓口嬢が、周りの先輩の目もあろうに、本気で徹と付き合う気やったやなんて。

 ――でも、ポーズでもここは締めとかんとね。

 由起は表情厳しく、「徹、さっきのは何?!」

 徹は頭を掻いて、「ご免、由起」

「あの子に定期勧められたんや。断わったら悲しそうな顔したけん冗談言うてみただけや。本気でナンパしようち思た訳やないで」

「まさか即行で受けるちゃ思わんやったで」と徹は満更でもない顔だ。

「で徹、今日は私に何してくれんの?」ときつい言い方の由起。

 これは渡りに船だ。もうちょっとしつこく責められると思っていた徹は、「夏って言えば鰻やで。最高級の鰻ご馳走したるで」

 徹はわざとらしく両手で由起を制す真似をして、「田中屋の鰻やないでぇ。本場柳川の鰻や」

 徹はドヤ顔だ。

「今から柳川までぶっ飛びじゃ」

 由起はしてやったりと内心にやっと笑って、「やったぁ徹!」と抱き付いた。

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