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夢界の創造主  作者: クスクリ
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56話 傍若無人

 俺に礼を尽くして丁重に見送った高橋係長以下七人、署の正面玄関を潜って従容として交通課のカウンター内に入って行く。二階の署員も野次馬丸出しに階下に下りて来ている。もちろん刑事課長も。

 高橋が小声で、「久美ちゃんはいいよ。直接は関わってないんやけん」

 久美ちゃんは平然とした顔で、「係長、それ私への心遣い?」

 高橋は頭を掻いて、「まぁ一応」

「なら気遣い無用だよ。もう私、おじさんのエージェントなんやから怖いものなしだぁよ」

「そやな」

 高橋が微笑む。


 交通課長席前に神妙な顔で八人が居並ぶ。

「課長、お約束通り処分甘んじてお受けいたします」

 黒渕眼鏡のアームをちょいと触って、うむという感じで課長は尊大に顔を上げる。

 課長は高橋を睨んで、「高橋係長、早田君はお前らに関係ないやろ」

 久美ちゃんはしたり顔で、「課長、私は歴とした仲間ですよ。おじさんと契約交わしたんやから」

「早田君、契約とか何訳の分からんこと言ってるんや。君は早く自分の席に戻って仕事しなさい」と交通課長は久美ちゃんの席を指差す。

「や〜だよ!」

 交通課長は唖然とする。

「な、社会人が何ていう口の利き方や」

「早く席に戻りなさい」

 交通課長の語気が荒くなる。久美ちゃんはにこっと微笑むと、隣の高橋の腰からニューナンブを引き抜いて交通課長の顔面を狙った。悠然と構えて座っていた交通課長は瞬間、うっと椅子を跳ね退けて立ち上がる。車輪付きの椅子は壁に当たってガチャンと音をたてた。

 右手を前に、「そ、早田君、早まった真似は止めるんや」

 高橋を睨んで、「何しとる!早く早田君から拳銃を取り上げろ」と顔面蒼白だ。

 久美ちゃんは他人事のように口を尖らせて、「ねぇ係長、引き金引いたら玉出んの?」

 ――外面よく気取っても、大悟さんと契約した今、詮ないことや。やったら久美ちゃんのように素で楽しく行くか。何をやっても月曜日にはリセットされる。悪態つくのも悪くない。

「久美ちゃんちょっと貸して」と、交通課長がほっとしたのも束の間、高橋は素早く引き金の裏の安全ゴムを外して再び久美ちゃんに握らせる。

「これで大丈夫や。玉出るぞ。この至近距離やったら間違いなく課長の顔面に大穴が開いてご臨終や」

「あはは」と久美ちゃんは笑って、「外す訳ないよね」

「反動がくるけんもっと腰落として」

 能天気な二人の会話にギャラリーも呆気にとられる。

 刑事課長が、「高橋いい加減にせんか!」

「早く拳銃を取り上げるんや」

 高橋が、「久美ちゃんおいたや」と手を差し出す。

「つまんない」

 久美ちゃんは、「は~い」と拳銃を高橋に渡した。


 カンカンに怒った交通課長は力一杯机上を拳固の腹で叩いて、「お前ら今すぐ自宅謹慎や!」

「高橋、厳罰覚悟しとけよ」

 七人を代表したかのように、久美ちゃんが気怠そうに、「は~い分かりましたぁ」と右手を上げる。みんなからくすっと含み笑いが漏れる。

 久美ちゃんが右隣の渡辺に、「主任連休だよ」とにこっと笑う。

 渡辺も微笑み返して、「そやな。ゆっくりと羽伸ばすとすっか」

「いったいお前らは何なんや?」

「本当に警察官か?」

 交通課長が声を荒げても、怒鳴りあげても、八人はどこ吹く風だ。

「ありゃ、交通課長とうとう頭がおかしくなったぜ。どこからどう見ても警察官に決まっとるやねぇか」と、松田が両手を広げてげらげら笑う。

 交通課長が頭を抱える。傍に立った刑事課長が堪り兼ねて大声張り上げた。

「お前ら俺の前から今直ぐ消えろ!」

 八人は何事もなかったが如く、「お疲れ様でしたぁ」と軽く頭を下げた。

 ギャラリーもこの八人の自信がどこから来るものなのか?それとも単なる自暴自棄か?何がなんだか分からず互いに顔を見合せる。この世で絶対無二のものに触れてしまった八人に、あらゆる権威は否定される。俗物たちに分かろう筈がない。


 交通課長と刑事課長は署長室に居た。まだ30代のキャリア署長は専用椅子に深々と沈み込み、腕組みして冷静を装いながら二人の顔色を窺う。二人は恐縮を装って視線を床に落とす。

 署長が徐に口を開いた。

「白バイ警察官が何の罪もない一般市民に暴力を振るったというだけでも大問題やというのに、同じ交通課の警察官と事務員が拳銃を上司に向けたとは言語道断の不祥事ですよ。交通課の規律はいったいどうなってるんですか?君たちも責任は免れないと覚悟しておいて下さい」

「まさか私の在任中にこんな不祥事を起こすとは」とぶつぶつ呟きながら顔を上げた署長は、「動機?背後関係は?」

 返答に窮する二人に苛立った署長は立ち上がって、刑事課長の顔面に視点を留めて、「どうなんですか?調べたんですか?」

「あの八人の人が変わったような暴挙はある人物が現れたのが原因だということは確かなのですが、一切口を噤んでまして。その人物に関して下手なことでも言おうものなら途端暴力的になるんです。埒があきませんので自宅謹慎で帰らせました」

「交通課長、その人物が乗ってきた車のナンバーの照合はやったんですか?」

「はい、登録はあるようなのですが開示できないとのことです」

「何!警察の情報開示要求を飲めない。そんなことがあるんですか?」

 署長は拳固の腹で机をどんと叩く。

「理由は何ですか?」

「陸運支局長が申しますには、その人物は国家のトップシークレットになっていてとにかく開示できないとの一点張りでした」

 署長は頭を抱える。

「そんな大それた人物が我が署を訪れたというんですか?」

「それから、つけ加えまして…」

「何ですか、交通課長?」

「あの人物のことを話す支局長は相当怖がってました。悪いことは言わないから調べるのはよしたほうがいいとアドバイスしてくれました」

「午前中のことは私から市警本部長に連絡しました。詳細な報告書を提出するようにとのことです」

 刑事課長が、「署長、あの人物のこと報告されますか?」

「いや、嫌な予感がします。触らぬ神に祟りなしです。八人が乱心したとでも報告するつもりです」


 高橋の自宅は小倉北区重住にある警察の官舎で、折尾までは車通勤だ。

 ――犬も歩けば棒に当たる――

 古いカローラのハンドルを握った高橋は、にやにやしながら俺の言ったことを反芻する。

 ――大悟さんの言うこと一々尤もや。キャリアは勉強せんと居ても立っても居られん弱い連中。別に遊ぶのを我慢して勉強していた訳やない。そんな捉え方もあるんやな。別に俺たちはキャリアに卑屈になる必要はない。あいつらが仙人様に選ばれた人間やと自負しとるなら、俺は仙人様を超える存在の大悟さんに見初められたんや。でも心せんと。いい気になっとると足許掬われる。存在価値がなくなって大悟さんに切られんとも限らん。

 路面電車北方線の敷かれた国道202号線を城野四つ角で左折して、また直ぐ左折して官舎に入った。

「ただいま」

 高橋は築20数年の長屋官舎の引戸を開ける。

「あれっ」と飯台の前に座ってテレビを見ていた嫁の清子が、玄関の襖を開けて居間に足を踏み入れた高橋を振り返る。怪訝な顔で、「慌てて出て行ったんにもう帰って来たん?」

 清子は物事に拘らないおおらかな性格だ。対面に座った高橋はにやにやしながら、「驚くなよ。自宅謹慎じゃ」

 清子は対して驚くふうもなく、「へぇ凄いじゃん。真面目一本槍のあなたが処分受けるやなんて」

「お前驚かんのか?」

 清子は手に持っていた煎餅を一齧りして、「あなたもショックやないみたいやね」

「停職は覚悟せにゃならんぞ。普通やったらもう出世は望めんぞ」

「懲戒免職やなかったらいいやん。親子四人食べていけるじゃん」

 高橋は参ったとでもいうように両手を広げて、「俺が何したか聞きとうねぇのか?」

 清子は両手で頬杖ついて、「聞くよ。言ってみて」

 高橋は清子に隠し事はしない。包み隠さず話した。

 口を挟ます黙って聞いていた清子がパンと手を打って、「大悟先生小倉にいたんや。凄い!凄い!」

「謎めいてた理由って仙人様のご主人やったからなんや。合点がいったよ」

「あなた、大悟さんに見込まれたんよ。凄いやない」

「私も警察官の妻になって苦節12年、やっと運が回ってきたよぉ」

 これには高橋がへッという顔で、「お前、何も疑わんのか?」

 清子は口を尖らせて、「あなたが私に嘘言う必要ないじゃん。それに真面目一本槍のあなたが全然落ち込んでないしぃ」 

 これには高橋も納得顔で、「そうか」

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