55話 万馬券
「みんな、ここの糞面白うねぇ署長と刑事課長・交通課長どげんするか?後腐れねぇごつ消しちまうか?」
井上が、「三人とも消しちまって下さい。いつも威張りくさってムカつきます」
松田が確認する。
「三人が存在したこと俺たちの記憶からも消えてしまうんですよね?」
「望むならお前らの記憶の中にだけ残してやってもええが全く意味ねぇぜ。署長が消えて何か変わるんかっち興味持ったとしても存在した事実自体ねぇんやから悲しまれることなどねぇし拍子抜けするぞ。さっき消えることたぁどげなことが教えたち思うが、三人の家族の記憶にもないっていうか家族なんて存在せんしばらばらや。もし三人それぞれの嫁に子供が居ったとしても違う男の種になっとる。お前らの記憶に三人ば残しても煩わしいだけやで。別の誰かにとって代わられだけやけな。調整は無意識の力の仕事や」
「9月から署長は高橋や。俺が何も指図せんやったらその調整も無意識の力がするやろや」
高橋が、「かわいそうですから市警本部か県警本部に移動させてやって下さい」
「かぁ、高橋優しいのぅ。新署長のご命令とあれば従わさせて貰うわ」
高橋は照れくさそうに頭を掻きながら、「ノンキャリの自分がまさかこの歳で署長になれるとは思いませんでした。家族が喜びます」
「ああそうや。家族ば喜ばせるのが男の努めやし甲斐性や」
俺は頷いて、高橋の肩を叩いて励ます。実際、俺も嫁の康子と知り合わなかったら、今頃、世の中を恨んで会社も辞めて、生活保護受けながら惨めに一人でひっそりと市営住宅で身を隠すように生きていたことだろう。もちろんブログを書くこともなかっただろうから爺さんが住み着くこともなかった筈だ。
「お前らの処分は停職や。正式に決まるまで自宅謹慎ば言い渡されようけ二日間ゆっくり静養せいや。月曜日の朝はいつも通り出て来い。署の奴らの俺に関する記憶は完全に消えとるけ処分の事実自体も消えとるわ」
「若い奴らは彼女に接触すんの忘れんなよ。有効時間は明日の夜10時までやぞ」
「最後に俺のエージェントになってくれた礼や。今日は8月25日やな。明日の小倉競馬、第3レースで馬券買えや。連勝複式で1-3や。人生にゃ、どきどき感がねぇとな。もうお前らは俺に100%の信頼置いとろうけん当たることに何の疑問も持ってねぇ筈や。配当金がいくらかは教えん。掛け金は10万以内にしとけよ。そいでも働くんが馬鹿らしゅうなっちまう大金や」
俺はにやっと笑う。
…働くんが馬鹿らしゅうなる大金!…
俄然、みんなの目が輝く。
「警察官が公営ギャンブルやったら拙いっちゅうことはねぇよな」
高橋が、「問題有りません。便宜の供与とか癒着が問題になるんです。基本非番のときは一市民ですから」
「言い忘れた。今巡査の奴らはキャリア組の昇進と同じく9月から一気に警部補や。励めよ」
「はい!」と元気の良い返事が返ってくる。
俺は久美ちゃんを見て、「久美ちゃんはまだ二十歳の女の子やから昇進なんか関心ねぇよな。いろんな面で七人ばサポートしてやってくれや」
久美ちゃんは素直に、「うん分かったよおじさん」と俺に微笑み掛けてくれる。
「久美ちゃん軍資金や」
俺は財布から5万円抜き出すと、久美ちゃんの手を取って握らせた。久美ちゃんは目を丸くして、「おじさんこんな大金貰えないよ。悪いよ。今日知り合ったばかりなんに」
俺は構わず、言い聞かせるように、「久美ちゃん、さっき言うたごつ競馬の軍資金や。小倉競馬場で俺が言うた馬券買うんやで。そしたら…」
俺は勿体ぶって言葉を切る。
「悪いよどころの騒ぎじゃねぇ大金に化ける」
久美ちゃんが息を飲む。
「久美ちゃんにだけ配当金教えるわ」と俺は久美ちゃんを廊下に連れ出す。ドアを開けた途端、署の者が数人、さっと逃げ去った。久美ちゃんが心配そうに、「おじさんの話聞かれたんじゃないん?」
「人間って言うんは自分の常識でしか行動できねぇ。やから自分の目で見た事実しか信用しねぇ。そんなことあって堪るかって思うだけよ。大丈夫や」
俺は久美ちゃんの耳に口を近づけると、「675万円や!」
「えっ!えっ!6…675万円」
久美ちゃんの視点が宙を舞う。当時、500万円で一戸建ての家が立った。高校時代の親友、豊田の実家は、俺が中学三年のときの新築だが、確か500万円で建ったと俺にカミングアウトしてくれた。
俺はドヤ顔で、「俺のプレゼント気に入ってくれたかいな?」とは言ったものの、二十歳の女の子には度が過ぎたか。
「私に…675万円」
「目、目が回りそう」
「久美ちゃん、当然の権利や。俺のB界のエージェントになってくれたんやけんな。久美ちゃんがこの大金にビビって受け取る勇気がねぇって言うんなら記憶消して普通の女の子に戻したるよ」
「10万円だったら1350万円…」
久美ちゃんは上目使いで、「無駄遣いしてもいいのぉ?」
俺はドライだ。
「ああ、どうせ泡銭じゃ。無駄遣いされてこそ本望やろうよ」
「ただ久美ちゃん、自分っていうものをしっかり持てよ。久美ちゃんが変わってしまいそうなら俺が手ぇ打っちゃる。働く気なくすなよ」
「うん…大丈夫だとは思う…」
言葉の終わりが消え入りそうに小さくなる。
部屋に戻った俺は、「最後にもう一回俺の持論展開させてくれや」
「俺がお前らに大金持たせるんははっきり言うてお前らば試すためや。もうお前らは俺と知り合ってしもうた。一生食うには困らんやろう。そん状況で人間働くことてろできるやろうか。さっき俺は、ここに大金積み上げて山分けさせてもええがお前らが身ば持ち崩したら拙いけ止めとくち言うたばってん考え変えた。久美ちゃんにも言うたんやけど泡銭は所詮消えてしまうもんや。無駄遣いされて本望やけ多いに使ってくれ。警察の上の方もお前らが羽振りようなって高級車乗り回して豪邸建てたら調査入れようや。そんときゃ正直に言うてええぜ。当たり馬券が分かるってな。何も悪いこたぁしとらん。強いて言わせて貰えば、国が胴元になって広く金ば集めて掠めた残りば少数にばら撒く元手の掛からん公営ギャンブル公認しとるんが悪いんや。そいば止めねぇ限りお前らの懐には泡銭がザクザク入ってくるって寸法や。痛快やで」
「ほんだらよ、高橋が高が署長のときゃ、妬みから言い掛かりやら圧力やら掛けてこようぜ。やが高橋は妬んだ奴らの意に反してどんどん出世して行くっち寸法や。お前らもな。警察は日本の統治機構の縮図みてぇでほんと面白ぇぜ」
高橋が、「大悟さん、一生食うに困らないと仰いましたがこれからも高額の配当金が入ってくるんでしょうか?」
「ああそんつもりや。定期的に万馬券ば教えたる」
「高橋そしてみんなも警官としてのモチベーション維持できる自信あるかや?」
高橋は正直な男だ。
「分かりません…」と俺から視線を背ける。
「分からんち応えた高橋、俺が怖ぇやろ?」とドスを効かせた俺に、みんなびくっと反応する。それ以上の言葉は詮ないことだ。
「まぁええわ。自分のことやけどやってみらな分からんところもあるやろうや。人間が上を目指すんは地位と名誉と収入が比例するからや。政治家が本当に国民に尽くすんなら報酬なしでもやれる筈や。ばって実際政治家にゃ、歳費の他に利権・個人献金・企業献金名目の泡銭がざくざく入ってくる。言い訳は政治にゃ金が掛かるや。いっぺんやったら止められん上手い凌ぎだとよ」
「キャリアの奴ぁ自分の立ち位置ば遣り甲斐のある地位とかエリートとか宣うとるが、実際収入が一般警察官と変わらんやったらどうか?」
「ああ渡辺…」
渡辺は、「収入が見合せないなら親御さんも塾に行かせたり家庭教師つけたりして子供に金掛ける意味ないですよね。投資した分返って来ないんですからキャリアにはさせたくないし、本人ももっと金になる職業につきたくなりますよね。ただ下の者に偉そうに指図出来ますからその点気分が良いのかも」
俺はほくそ笑んで、「まぁそうやな。人を指図するんは病みつきになるわ。快感やろうな。俺はA界では名ばかりの課長やったけ経験ねぇが。まぁ何にしろお前らはキャリアの逆じゃ。どげな毎日になるか楽しみにしとくわ」
「ただ釘刺しとくぞ。市民と俺に対しては責任重いけの」
「オンとオフは完全に切り離せよ。自堕落状態に陥ったら爺さんからA界の俺に連絡入るけんな」
山本が、「仙人様のことですか?」
「ああ、姿はお前らには見えんけどな」




