53話 万年セールスマン
「お前ら頭上げてくれんやろうかのう」と俺は懇願口調になる。
渡辺は、「そういう訳にはいきません。ご主人様は人間の姿はなされていても仙人様が心からお仕えされている尊いお方でございます。あの、現世のあらゆる権威を否定し鬼神も恐れず戦いを挑み、天皇家さえも取り込んで自ら神になろうとした織田信長も、ご主人様を前にしては神に跪くが如くひれ伏しぶるぶると恐れ戦くことでこざいましょう。私どもはお顔を直に拝める身分ではございません」
みんなあくまでも顔を上げようとしない。これは困った。義務教育期間中、俺を直視してはならないという洗脳でも受けたのか。美穂ちゃんは1対1だったから組し易かったが。
高橋は警部補であり、この中での唯一の大卒だ。もちろんノンキャリア組だが、結構教養がある。歴史の素養も高いし、尊敬語の使い方にしても的確だ。俺としてはこのB界で是非とも欲しい人材だ。
「お前らよう聞いてくれや。俺の正体を知っとるんはお前らだけじゃねぇ。この前捕まったとき同乗しとった女の子も知っとる」
「B界じゃ超能力者然と偉そうにしとる俺もA界じゃ何の力もない只の凡人じゃ。身分は50過ぎても一兵卒の車が売れんで会社に責められていつも暗い顔しとるしがないセールスマンなんじゃ」
「えっ!」と一瞬顔を上げたが、高橋の「失礼だぞ」との号令一下、みんな再び深く頭を下げてしまった。
高橋は、「私は信じません。この前私どもがスピード違反での検挙という暴挙をいたしてしまいました折、名刺にあった自動車販売会社の課長などという肩書は世を憚る仮のお姿だったと認識致しております。ご主人様がそんな下等なお仕事をされている筈がございません」
「しゃぁねぇ。時間がねぇんやけどもう少し詳しく補足説明したるわ」
「俺と直に対すんが畏れ多いっちゅうんならそのまま聞いてくれ」
「B界とA界は男女の相対的関係のように寄り添って存在する世界やが、男女が互いに入れ替わることができねぇように俺以外に互いを行き来できる人間はいねぇ。そして同じ人間でも男と女が微妙に違うごつA界とB界も細部が違う。一つ例ば挙げればB界で崇拝されているバーチャル仙人はA界には存在しない。代わるものといったら苦しいときの神頼みとかで使われる漠然と頼られとる神かいな。今俺の免許証の生年月日は大正10年になっとるがA界での生年月日は昭和33年じゃ。今のB界やったらまだ中学生やが。頭がごちゃごちゃになろうけん深く考えんで聞き流せや」
「今俺が生きとるA界は2012年、科学が相当進歩しとる。俺はタイムトリップしてこのB界の1973年にやって来たっていう訳や」
「お前らに捕まったときの免許証は湯村ってなっとったが今度は名前が変わって木村大悟や」
「えっ!木村大悟」
久美ちゃんが思わず顔を上げる。
「はい久美ちゃん見っけ」と俺は指差しておどけて見せる。
「もしかして…小説家の木村大悟?」
久美ちゃんは俺の顔を凝視して、「凶悪志願に小さく載ってた写真にそっくり。私物覚えいいん。最初から誰かに似てるって思ってたん」
艶ににやっと笑っての「その木村大悟や」の返事に合わせてみんな顔を上げた。
「みんなオッス!」と俺は右手を挙げる。
「やっと俺を見てくれたな。ご主人様じゃのうて木村大悟やったら畏れる必要ねぇやろ」
久美ちゃんが、「私木村大悟の大ファンなん。本全部持ってるし映画も全作見たよ。最新作の「夢界の創造主」も手に入れたよ。大変だったんやから。超ベストセラーでなかなか手に入んないんやから」
高橋も、「ご主人様、嫁が予約しても中々順番が回って来ないと嘆いてました」
俺は口の端を歪めて、「もうご主人って言うのは止めようぜ。大悟さんでええよ。みんなもそう呼んでくれや」
高橋は困惑した顔で、「そうおっしゃるなら…分かりました。大悟様」と頷く。
「ならみんな座れや」
久美ちゃんがうっとりして俺を見る。
「俺のごたるオヤジがかわいい久美ちゃんにそげん見つめられると照れちまうぜ」
ほんと、俺はこのB界だったら歯の浮くような台詞を真顔で言える。
「だってあの超人気小説家、恋愛教祖・木村大悟が私の目の前にいるんだよ。写真も凶悪志願と夢界の創造主に小さく載ってるだけで、人前に全く姿現さないから幻の作家っても言われてるんだよ。バーチャル仙人様のご主人様っていうだけでもあり得ないことなんに超奇跡だよ」
「ありがとうよ久美ちゃん」
「で、また一気に喋るぜ。突っ込みどころはあるち思うけど我慢して聞いてくれや」
「俺はMB自動車販売でセールスマンば28年続けた。若いうちは結構車が売れたんやが、歳とともにお客も減っていってほとんど売れんごとなって…すまん、別に高卒の奴らを馬鹿にする訳じゃねぇが俺は一応大卒で出身校は西南や。この会社に転職したんも車が大好きやったけんや。車売りにゃ概して深く考えん能天気な奴が向いとるごたるな。とても大学出た奴のする仕事じゃねぇ。その内高卒の車売った奴はどんどん出世していって車売らんでいい立場のマネージャーとか店長になっていった。ほいでとうとう生まれが俺と同じ昭和33年のいけすかねぇ奴が俺の上司になっちまった。奴は俺の生殺与奪権握っとるけ逆らえん。二回口論したばってん結局負け犬の遠吠えや。以来俺は不平不満は封印して逆らうのは止めて会社の誰に対しても驚くほど従順になった。家族ば養っていかないけんけんな。その内攻で俺は精神に異常ばきたすんやないかっち思うほど懊悩しだした」
「情けない話やが俺はもうどこ回れば車が売れるかも分からんで日中車で彷徨いた。山のいつもの憩の場所で昼飯食って車ん中で昼寝かましとったら、夢の中に白髪の仙人みてぇな爺さんが現れたんや。そいがバーチャル仙人やった。実は俺の唯一の慰めは物書きやったんや。一応西南の文学部やけんな。俺は五年書いて書いて書き巻くっとった。40年後の未来は小説は紙には書かねぇ。コンピューターの中に書く。もうこのときは膨大な量になっとったごたる。そこに仙人が住み着いたんやな。そして爺さんが俺にご主人様ち言うんよ。ほいでこのB界は俺が造ったげなたい。やから俺には凄い力があるっち言うんよ」
俺は一息吐いて、「以上がB界の創造神話じゃ。みんな聞きたいことがあったらできるだけ答えたるよ」
いの一番、高橋が口を開いた。
「大悟さんの持つ凄いお力をお教え頂くことは可能でしょうか?」
俺は二つ返事で、「ああええよ」
「まずお前らを恐怖に陥れた人の記憶の操作。消すこともできるし入れ替えることもできる。次は時間を自由に行き来できる。過去でも未来でも。やから人一人この世から消すことは造作もないこと。それが歴史上の有名人であってもや。ただこのB界とA界は相対しとるけん、歴史を変えちまう恐れのある奴を抹殺しちまうと、今の1973年の状況に近づけようと無意識の力が無理するけん歪みが起こるし、俺に修正せぇちお鉢が回ってくるかもしれんけあんまりやりたくないな。このB界の俺の大事な人たちに影響が及ばんとも限らん。そしてさっきお前らに見せた力や。このB界で俺に危害を加えることはできん。危険を察知すると無意識の力が身体を三次元映像に変えちまうけんな。お前らば信用しとるけん一応俺の弱点もカミングアウトしとくわ。俺はこのB界にそう長くは居られん。俺の身体っていうか本体はあくまでもA界にあるんやが、B界に居る間は昏睡状態じゃ。やけんよう長う居れても二・三日やな。飲まず食わずで衰弱してまうけんな。普通に居れて一日か二日かいな。やないとA界の嫁と息子が昏睡状態の俺に不安になるけんな。今回は二日目ば覚まさんばって心配するなって釘刺してこのB界にやって来た俺じゃ」
「俺にゃまだまだ無限の能力があるち思うばってんおいおい試していくとするわ」
高橋は言い出し難そうに、「大悟さん」と言い掛けて止めた。
「高橋遠慮せんで質問してええで。無礼講や」
高橋は表情を引き締めて、「核心に触れさせて頂きます。この世界を創造された大悟さんの力を持ってすれば明確に目に見える形でのこの世の支配が可能なのではないでしょうか?」
渡辺が小首を傾げながら、 「大卒の係長の表現は高卒の我々には解り辛いです」
俺は笑いながら、「つまりこういうことや」
「B界での俺の力を持ってすれば世界征服など簡単にできる。ヒトラーなど俺に比べれば赤子同然。二・三日しかB界に留まることができないなら傀儡を作っておけば済むこと。まぁこんなところか高橋」
「はい、ご名答です」




