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夢界の創造主  作者: クスクリ
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51話 思いのままの彼女

「死は苦痛を伴うが消滅はテレビの電源が切れるごつぷつっと消えるだけや。何の苦しみもねぇ」

 俺は渡辺を見た。

「お前ぇは死滅と消滅どっちを選ぶ?」

 一瞬顔色を変えた渡辺に、「勘違いすんなよ。お前を消す訳やねぇ」

 俺は笑ってみせた。

「俺は死の方を選びます。死は恐ろしいですが愛する者の記憶から消えてしまうんはもっと恐ろしいです」

「渡辺は彼女居るんか?」

「はい、結婚を約束した彼女がいます」

「ほうか、なら当然やろうな」

「渡辺、ちょっと意地悪するけどいいか」

 渡辺はきょとんとして、「何でしょうか?」

「まぁお前は彼女を愛しとろうけん俺の提案には乗らんやろうが、今この世の中にいる良い女芸能人でも人妻でも誰でもお前を好きにならせたるって言うたらどうする?」

 渡辺は俺の力を知っている。冗談ではないことは百も承知だ。ごくっと喉を鳴らす。

「いえ、俺は彼女を愛してますから」

 俺はにやっと笑って、「渡辺、男やったら迷っても全然恥ずかしゅうはねぇよ」

「この中に彼女欲しい奴おるか?」

 高橋警部補・渡辺巡査長以外、みんな手を挙げた。

 白バイ隊の若い巡査が、「俺は松田です」

「初恋の女でもいいですか?」

「ああええで」

 今度は制服組の若い巡査が、「俺は野上です」

「フラれた女でも良いですか?」

「ええけどお前ら望み低ぃな。極端に言えば天地真理でも街中歩きよる滅茶良い女でも思いのままなんやで」

 松田は頭を掻きながら、「一警察官の俺には分不相応です。高望みしたら罰が当たりそうで怖いです。そいに北九州は抗争も多くて危険な地域ですから安らげる彼女がいいです」

 俺は口を尖らせて、「別にお前らを試した訳じゃねぇんやけどなぁ」


 高橋が、「こいつらは元を担ぐんです。ごく普通が一番幸せなんです」

「そうか、分かったわ」

 渡辺が怪訝な顔で、「湯村様も、天地真理を彼女にしようと思えば可能なんですよね?」

「俺はこの歳や。今更腹黒政治家の年寄ジジイのごたる真似はする気ねぇ。そいに俺はこの世界に二日以上留まることができんのじゃ」

 高橋が、「この世界…?」

「この世界ち言うた俺の真意教えてやるよ。お前らは俺の力の一端ば見てしもうた。俺が何者か知りてぇやろ。あんまり時間ねぇけん全部は喋れんけどよ」

「教えて頂けるんですか?」と高橋が目を輝かせる。

「おっとすまん。その前に…」

「松田と野上やったか、他の彼女がいねぇ奴らもこの女ち思う相手にアクション掛けろや。直接会っても電話でもええで。相手はお前らが接触した瞬間スイッチが入ってお前らば好きになる。猶予は俺がこの世界に居る明日の夕刻までや」

 俺は眼前に右の人差し指を立てた。

「対象は一人だけやぞ」と俺は真顔で釘を刺す。

「ただ注意しとくでぇ。一度好きになった相手の女は何があってもお前らば嫌うことはねぇけんな。結婚したら絶対離婚できんでぇ。例え相手が嫌になって殴る蹴るの暴行加えても離れんでぇ。お前らは気持ちに応えるしかねぇ。一線超えたら自殺の可能性もある。まぁ責任は重大やな。相手を選び間違ったち気付いてもあとの祭りや。俺は女に手挙げる奴、酷い仕打ちができる奴が毛虱のごつ好かんのじゃ。そんな奴は即行でこの世から消したるわ。そしたら記憶からも記録からもきれいさっぱり消えてまうわ」

 俺の脅しに、安易に彼女ができると高を括っていた奴らの浮かれ気分はぶっ飛んだ。しんと静まり返る。

 一人、男気のある渡辺がこの様子に腹を立てる。

「さすがです」と俺に一言述べたあと、情けない二十代の巡査組に声を荒げる。

「お前ら何縮こまっとんか。男はこいつと決めた女ば幸せにしたるんが使命やねぇか。今迷っとる奴は彼女ば作ってやろうちいう湯村様の温情に唾する奴や。胸糞悪ぃ」

 俺は手を叩いた。

「さすが白バイ隊のリーダー渡辺や。お前だけ彼女が居る訳が分かるわ」

「偉そうなこと言ってすいません」と渡辺は頭を掻く。

「まぁなんじゃかんじゃ言うてもお前らは警察官や。そこいらの女食い物にする軟派男とは違うと信じるわ」


「で松田、お前の初恋の相手は今何しよるんか?」

「はい、高校のときの友達から聞いたんですが今度結婚するそうです」

「そうか結婚するんか…」

 俺は久美ちゃんの持って来てくれた佐賀錦を齧って、アイスコーヒーで喉を潤す。この部屋は刑事犯の取調室ではないので窓に鉄格子は嵌まってない。窓は中庭に面し、木立ではクマゼミが盛んに尻を震わす。エアコンは無く、開け放たれた窓の前に置かれた扇風機が、木立に和らげられた外気を取り入れて室内に送る。

 テーブルの上には灰皿が二つ、久美ちゃんが持って来た。煙草に火を点けた。暑い季節はハイライトに限る。普通に喫えるこの爽快感が何とも嬉しい。

「この部屋結構涼しいな」

 高橋がにっこり微笑んで、「そうですか。ありがとうございます」

「お前らも俺に遠慮せんで喫ってええで」

 高橋を除いてみんな喫煙者だった。

 俺は旨そうに煙を吐き出して、「で、松田どうすんじゃ?」

「せっかくのご好意に迷ってしまってすいません。お言葉に気が引き締まりました。俺は高校卒業して五年なんですが時折ふっとその子が浮かんでくるんです。振られるん覚悟で告白しとけばよかったなぁとか」

「松田、お前は俺が見たところ女にモテねぇタイプじゃねぇ。女と知り合う機会なかったんか?」

 松田は頭を掻いて、「はい、仕事が仕事ですから」

「その子の電話番号は知っとんか」

「いえ、でも家は知ってます。告白しようと部活が終わって家の前まで行ったんですが、足が竦んでできませんでした」

「覚悟ができたら訪ねろや。ちょっと勇気はいろうが。目が合った瞬間お前を受け入れてくれる筈や。婚約者ば捨ててお前ば取るんやから幸せにしてやらんといかんわな。相当の心構えが必要やろうや。自分にその資質があるかどうかいっぱい悩めや」

「はい」と松田は両手でぱしっと頬を叩いて活を入れた。

 俺は、「おっともう一つ。相手が絶対に自分ば拒絶しねぇって分かっとったらもやもやして気分がよう(良く)ねぇやろう。その記憶だけは消しといてやるわ。自然に好き合えたやうにしとったる」


 俺は煙草を揉み消して、「さてそんならそろそろ俺の秘密ばカミングアウトしたるわ」

「その前に断っておくでぇ。俺の話はもしかしたらこの世から消されるより恐ろしいかもしれんぞ。もし精神的に耐えられそうもねぇち思うたら構わず申し出ろや。月曜日の朝には俺に関わる記憶全部消してやるわ。その代わり俺に乗るなら警察機構での出世は思いのままや。ノンキャリであろうが関係ねぇ。キャリアばぶち抜いて市警本部長・県警本部長はおろか警視総監・警察庁長官まで行かせてやるよ」

「警察のトップまで…」

「高卒の俺らが…」

「ああそうや」

 みな唖然として、視点は宙に浮く。

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