48話 松田
両開きの厚ガラスの重い扉を開けた途端、北展の殷賑が俺の耳目に飛び込んできた。右の壁際に下げられた成約の札は70枚を超えていた。俺が会場を抜け出していた間に5台受注が上がったようだ。それにしても惨めだ。その中に俺のお客さんの名前は無い。俺は左隅に佇んで携帯を取り出すと、B界の女の子たちの画像を眺めて哀れな自分を慰める。
…このA界は俺の仮の世界なんや。俺はバカのくせに車売るしか能のないお前らとは違うんや。くそったれ!売りたかったら売ればええやねぇか…
こんな僻み根性丸出しの俺でも、一昔前までは北展と言っても全く苦にならなかった。今でこそ俺は勤続28年で万年課長の一兵卒だが、二つ下の中途入社で53歳、逸早く部長に昇格して門司の店長をしている優秀セールスマンの重松でさえ売れなくなった、あのリコール隠しの嵐が吹き荒れた年でも3~5台は軽く売っていた。
あの頃の俺には車は売れて当たり前だった。俺も歳を取って上客が少なくなり、北展の追及が年々厳しくなるにつれ売れなくなってしまった。目立っているときにマネージャーに上げて貰ってないと、優秀な若い奴らの上には立てない。
今は来店客と受注予定客のリストを10件以上出させられ、このお客は何日の何時に来るのかまで報告させられる。売れているときは買いたい客は勝手に来るさ、くらいの感覚だった。
携帯のブックマークから俺のブログを呼び出して凶悪志願を書き込み出した。毎日やっておかないとB界が衰弱してしまう。携帯では千文字しか打ち込めない。下書きブログの「チビミケ」に投稿し終わって顔を上げると、顔を顰めて寄って来る松田が目に入った。はっきり言ってこいつは俺の天敵だ。俺の体たらくにさすがに我慢できなくなったご様子だ。
俺と奴は同じ昭和33年の生まれだ。兎に角細かい奴だ。まさかこんなことまでと呆れること頻りだった。1月埋まれで一応学年は一つ上だからと俺の生殺与奪権を握る上司として従っていたが、数ヶ月前、俺はついに堪忍袋の緒が切れてしまった。
知らぬ内に後ろからずっと見ていたのか、パソコンで見積りを打っていた俺に、「ナビは定価で打って値引きを入れろって言ってるでしょ」と注文を付けてきた。
…もう頭にきたぜ。どげなふうに打とうと俺の勝手やろが。こいつ、いったいどこまで俺をコケにして呪縛すりゃ気が済むんじゃ…
俺は怒りを露に振り返ると、「何勝手に後ろに立ってチェック入れよんじゃ。四六時中監視されたらせんでもええ失敗までしちまうやろが。いい加減にせぇよ」
「なにおう!」と松田が切れて顔色を変える。
この松田、チビのくせに気が荒い。社内ヤンキーでも気取ってるんだろう。
「お前ちょっと来い!」
「ああ、行ってやるよ!」
終わったな。サラリーマンの世界は肩書き万能の世界だ。このままこの会社ともおさらばか。
一つだけ言わせて貰うとしたら、確かに車売りの世界ではこいつらに負けはしたが、人間の格としては俺の方が断然上だ。何も恥じ入る必要はない。この会社は車が売れさえすればいい。馬鹿が集まってもっている会社だから。この会社には受験勉強を経験した奴は一人もいない。社長も役員も部長連中も。だが、この自称ホワイトカラーたちは社会の中のエリート集団だと勘違いしている。未だに世間では車売りと一括りに蔑視されているのに。エリートでいたかったら最低限の教養ぐらい身に付けろと言いたい。
こいつ、凡例を『ぼんれい』、該当を『かくとう』カ、相殺を『そうさつ』と読む。幾ら車さえ売れればいいとは言っても、この教養の無さは問題外だろう。中学生に笑われる。
松田が頻りに「ボンレイ」「ボンレイ」と連発していた。何のことだろうと頭を傾げていたら「凡例」のことだった。まぁ、中卒程度の教養で肩書きは部長なんだから、この会社の人事のレベルは察して余りある。こんな会社でも、九州では名が通った大学出身者も一応居たが、出世できないから辞めて行った。何故かって、車を売れないから。それ以外の能力での評価は全くない。運がよければ、他部門に回して貰って出世できる。定年した前総務部長・東田など良い例だ。
朝のミーティングで松田が調子に乗って喋り捲る。
「部下は上司を選べないですが、上司は部下を選ぶことができますよ。気に食わない者は飛ばせばいいんですから」と、こいつ、ミーティングのときや問い掛けるときは、何故か、わざとらしい丁寧語だ。
こいつ糞か!お前に飛ばされる前に辞めて、後ろから金属バットで打ちくらし(殴っ)たるわ。
この会社はまともな感覚を持っていたら続かない。この10年、多くの大卒を採用したが、9割は辞めてしまった。そりゃそうだろう、馬鹿の下に付くほど哀しいことはない。
来る者は拒まず去る者は追わず引き止めず。まさに時代錯誤の社是だ。店長やマネージャーは辞めさせた人間の数を競う。その大御所は重松だ。私学の工業高校卒だが、この会社ではホワイトカラーのエリート、将来を嘱望された人材だ。だから、車を売って売って売り捲くった自分ほど偉い人間はいないと盲信している。辞めさせた人間は両手でも足らない。会社も見て見ぬ振りだ。優秀な奴だから、部下が付いていけずに辞めても仕方ないと擁護する。違うだろう、職人の世界じゃあるまいし、普通の会社なら、部下を成長させて導いて生活を守ってやるのが上に立つ者の務めだ。その信念で職務を全うし、それでも辞めざるを得なくなったら致し方ないが。
松田はサービス工場側の出入り口右にある部品庫に背中で俺を引っ張って行った。今度は慇懃無礼な丁寧語だ。その喋り方はもう定年した北九州最初の取締役・徳王に影響されている。70歳を前にして癌で死んだが。
こいつは俺にこう言った。
「お前は障害者でよかったな。足引き摺ってお客さん回れば同情して買うてくれるぞ」
この言葉、俺は一生忘れない。
「僕に嘗めた口の利き方するやないですか?いつからそんなに偉くなったんですか?覚悟してるんですか?」と、地位からくる自信で俺を恫喝する。
俺もいつもの丁寧語で返す。
「ご存知とは思いますが、私は店長と同じ昭和33年の生まれです。肩書きは下でも逐一指導を受けないといけないような仕事はしてきてません」
松田はせせら笑って、「どう足掻いても僕はあなたの上司です。煮て食おうと焼いて食おうとどうにでもできますよ」
俺は両手を広げて、「もう覚悟はできてます。どうにでもして下さい。でも、課員全員で一致協力してやっていかんといけんこの厳しいときにこげな不協和音立てとってもいいんですか?」と投げ掛けると、松田は責任者の顔に戻って、「僕もそう考えてやっているやないですか」
「ならもう少し課員を信用してやってもいいんじゃないでしょうか。店長のやり方を押し付け過ぎたらみんな萎縮してしまいます」
「分かりました。ではあなた次席としてみんなの手本になるような仕事をして下さいよ。見てますから」
喉元過ぎたら熱さ忘れる。松田は全く変わらなかった。俺は諦め切った。所詮低脳だ。自分を冷静に第三者の視点で見るなんて土台無理だ。あと7年、とにかく馬鹿に盲従し、時が来るのを息を殺して待つしかないのか。このところの俺は鬱一歩手前だ。いつ、会社に向ける足が突然止まるか分からない。休み明けなど、特に会社に行くのが億劫で、怠い身体に鞭打って起き上がって階下に下りて顔を洗い歯を磨いたまではいいが、無性に、そのまま二階に上がって寝込みたくなる。全て松田という存在が元凶だ。
「お客さんの方に向いてメール打たないで下さい」
俺は心の中でせせら笑う。
…お前にゃ俺がメール打ちよるとしか見えめぇや。電話とメールしか携帯の使い道知らねぇお前にはな…
「受注予定はどうなってますか?このまま0では終われませんよ。若い者の物笑いですよ」
…そげなこと俺自身がよう分かっとるわ。売りたくねぇセールスマンなんかいる訳ねぇ…
「すいません店長、サンミ(下関に転居した俺の顧客で設計をやっている自営業者。その事務所・家屋は自己所有。わざわざ北九州の俺から買ってくれている。辞めた後輩の松尾から引き継いだ)さんは来るって思ったんですが」
「営業は結果です。言い訳は必要ありません。もう一回、ワークリスト(この糞会社が作った顧客のリストリ。当月を基準にして優先順位でリスト化してある)で片っ端から呼び込みやって下さい」
「わかりました」と俺は申し訳なさそうに頭を下げた。今更呼び込みっといっても、時刻は15時を回っている。無駄だと分かっていても長としては言わざるを得ない。
受注するとマイクでお客と担当セールスマンの名前が読み上げられる。今の俺はその度に耳を塞ぎたい気分だ。十数列の商談テーブルに目を遣ると、半分ほど埋まっている。勿論、俺は蚊帳の外だ。
この気持ち味わったことがある。二十数年前のオフロードレースのときだ。あの頃、俺はレース用パジェロのパワーアップに躍起だった。その年の北九州のシリーズ戦四戦のほとんどが悔しくもリタイヤだった。最後まで競う仲間をぼんやりと見遣りながら、蚊帳の外を実感した。
結局、俺はこの決算時の北展を0で終わってしまった。準備にはセールスマン以外の管理部門で一日がかりだったものが、全員で掛かれば一時間で終了する。俺は痛い重い足を引き摺りながら、最後の力を振り絞って片付けに参加する。
業務部長の兼子が三々五々に散らばる参加者を集める。
「終礼を行います。みんな集まって下さい」
兼子が、「では、栗本統括部長より今日の実績の発表をして貰います」
兼子は統括部長の栗本よりも三つ年上になる。肩書は勿論、統括部長の方が上だ。
栗本統括部長が、「では」と進み出た。恥ずかしながら、この栗本、歳は俺と同じだ。だが役職は参与部長。万年課長の一兵卒の俺とは月とすっぽんほどの開きがある。
「この会場では150台目標に対して85台の56%、かろうじて50%を超えたという情けない結果で終わってしまいました。あと、会場に参加してない拠点実績で行橋が10台の、合わせて95台です。エコカー補助金も続いているのにこの実績は前代未聞です。何としても3桁の100台は超えないと黒字転換は望めません。まだ火曜日の朝までは実績入力できます。お疲れとは思いますが、今日返事を貰えなかったお客様には今日の夜、夜駄目だったら店休日ではありますが明日までには必ず返事を貰って下さい」
栗本統括部長は、「では社長」とバトンを渡す。
憮然とした表情でへの字に唇を結んでいた伊古野は、「若い者には5台6台売った者も居るって。課長で0ちゃどういうことやって。いったいやる気があるんかって」
課長で0は若松店の浅井と俺だけだ。伊古野の視線をまともに受けられず、下を向くしかない。
「まぁ終わったことはくどくど言うまいよ。ただ、北展が終わった翌週はいつも惨憺たる実績で終わってしまうんや。今回情けない実績で終わった者は次の東地区展示会では死ぬ気で汚名返上するように」
「お疲れ様!」
地獄の二日間が一応終了した。休み明けの水曜日、偉方にあわせる顔はないが、とにかく終わった。月火は連休だ。B界に行って骨休めできる。店に戻れば松田の叱責が待っているが、耐え難きを耐え、忍び難きを忍ぶしかない。
車を売った者はパソコン端末で発注だ。プリンターが独特の印刷音を奏でる。目を瞑っていても売れたんだなと分かる。俺はこれにも耳を塞ぎたくなる。
一段落して、松田が課員を呼び集めた。
「二日間お疲れ様でした。我が八幡東店は目標11台に対して7台に終わりました。丸小野君が個人目標4台に対して4台、斎藤さんが2台に対して3台と頑張ってくれました。まぁ目論見違いはありましたが、3月で取り戻せます。北展での0は恥以外の何ものでもありません。0の人もこのままでは終われないでしょうから、来週は意地を見せてくれるものと期待しています」




