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夢界の創造主  作者: クスクリ
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47話 北九州総合展示場展示会

 土日の北九州総合展示場展示会、通称・北展を翌日に控えた俺は、やはり最後の足掻きに走る。自分の顧客リストに片っ端から電話コールして展示会の来場を促した。

 北九州総合展示場は小倉の臨海部、小倉駅新幹線口の北側にある。駅からは動く歩道が北九州総合展示場新館、エイムまで伸びている。この会社が使用するのは利用料が安い北九州総合展示場旧館の方だ。新館の北側に隣接している。この先に松山-小倉フェリーの発着場がある。

 この大型イベントには各店に在庫している新車三十数台を一挙に展示する。勿論、各店に配置してある十数台の試乗車も集める。乗って行く試乗車の台数は規模の大きい本店が一番多く、八幡東店からも一台乗って行く。俺は家が小倉南区のため、直接北展まで準社用車(試乗にも供する目的のために買い上げた個人所有の営業用の最新モデル。走行距離は三年で七万キロを突破する。査定が落ちるため、月に会社から1万円手当が出る)で出向けるのは助かるが。八幡東店に寄ってから出勤する社員は試乗車を洗車してから北展に赴く。到着して、嫌な思いで見上げる北九州総合展示場の建物、跡形もなく爆破してやりたいと何度思ったことか。


 何とか現在のレベルの生活は維持しなければと、新車販売に焦り捲る部下を尻目に高みの見物気分の上の奴らの口癖…

『見込み客がないならとにかく呼び込めや。来て貰うたら賑やかな展示会の雰囲気で買ってくれるお客も居ろうが。車は売れん、査定も試乗もないなら何も仕事しとらんのと一緒や。そんなセールスマンはうちの会社の不要人員や。はよ(早く)辞表書いて辞めれや』


 俺の北展初日土曜日の来場は1組、受注0。初日終った段階で、北九州全セールスマン四十人の内、0は十人。恐れていた二日目日曜日の朝礼、社長の伊古野が肥え太った身体を揺さぶりながら前に進み出て、偉そうにふん反り返って、0のセールスマンに説教垂れる。

 伊古野は俺より五つ年上、53歳にもなって未だに一兵卒の俺と違って、奴はエリート街道まっしぐら。30代半ばで門司営業所所長になった。ただし、出身大学はFランク大学の、箸にも棒にも掛からないと新入社員当時、「ようこんな大学に行く奴が居るな」と完璧に馬鹿にしていたN工業大学だ。

 この会社はどんな売り方をしようが、兎に角、車さえ目立つように売って上に媚びておけば出世は思いの儘だ。指導者になってからの能力など考慮しない。野球の、ヤクルトでの現役時代は華々しい活躍はできなかったが、今は日本ハムの名監督と謳われる栗山監督方式は通用しない。

 中卒であろうが、高卒であろうが、三流私大出であろうが関係ない。車を売った奴だけが絶対だ。奴らにとってはほんとに夢のような会社だ。俺には地獄のような会社だが。まぁこんなことを考える俺は負け犬の遠吠えだ。


「こんだけ金ば掛けた展示会で初日0って考えられんって。目標は150台やって。絶対落すことのできん3月決算の大事な展示会って分かっとんのにこの一週間何しよったって話たい。統括に名指しされた十人はやる気があんのかって。その中に課長が三人も入っとるわ。情けねぇ。なん課長が下のもんに食わせて貰いよるんかって。目標が一人四台やからって課長クラスも一人四台でええって勘違いしとるんやないか。そいはあくまでも平均やって。課長は六台は売らないかんとって。お前らほんとに馬鹿やないと」

 この「~って」というのは伊古野のいつもの人をなめくさった話し方だ。聞くたびにムカつく。

 この会社が一挙両得の大型展示会に走るようになったのは二十年くらい前か。この頃はまだ国内市場は活発で齷齪しなくても車は売れた。嚆矢は新門司発着の阪急フェリーの船内を使った展示会だった。誰が話を持って来たかは忘れた。それまでは北九州のセールスマンが一堂に会しての展示会など例がなかった。朝8時半に集合して、10時に船倉に車を運び入れ、出航前の16時に運び出す。展示会終了まではターミナル前の広場に並べて展示会を続ける。

 そう言えば、あの展示会を仕切っていたのは、当時門司の所長をやっていた、まだ30代の伊古野だった。今の30代と言ったらまだペーペーの部類だ。その頃から態度が異常にデカかった。だから社長にまで登り詰めることができたのか。


 足が痛い。俺はこの二日間ほとんど一本足で立っているのも同然だ。俺の左足は壊疽で腐った外側を抉り取って縫合した。だから、通常の切断をした者より体力がない。まだ何とか立っていられるが、あと何年足が持つだろう。間違いなく俺は定年まで一兵卒のセールスマンだ。平湯社長のお供で八幡東店に臨店に来た折、まだ営業部長だった伊古野が、俺を突き放すが如く、冷たく宣言してくれた。

「まぁお前の今までの実績やったらこれからいくら頑張ったところで定年までセールスやな」

 体力がなくなったときがおさらばか。


 まずい!車を買ってくれる可能性のあるお客が来ない。世間話で終わってしまう。焦る気持ちがお客との会話をとんちんかんなものにしてしまう。

 0は俺を含めて三人、このまま0で終わってしまったら、月曜日の休み明けにどの面下げて会社に行く。車を腐るほど売った若いセールスマンの、俺を見る目に哀れみを感じる。立つ瀬がない。穴があったら入りたい。頼むから誰か俺から車を買ってくれ。

 切羽詰まった俺は、昨日B界で何の悩みもなく、自由気儘に至上の権力者然と振舞っていた自分と本当に同一人物かいなと、上司と目が合うのを避け、目線を落として考える。俺にA界では何の力もないと分かってはいてもあんまりではないか。誰も俺を助けてくれる者は居ないのか。


 携帯が鳴った。すわっ!売り込めるお客か。と、モニターには爺の顔、なぜかほっとした。俺はA界でもB界と繋がっていられる。

「爺ちょっと待て。ここでは怪しまれる」

 俺は裏から展示場の外に出て、北九州総合展示場新館、エイムの階段を上がると、屋内通りのベンチに腰を下ろした。

「ご主人様、仕事の塩梅は如何ですか?車は売れましたか?」

 親父が亡くなった今、こうして俺のことを心配してくれるのは爺だけかもしれない。家族には気苦労を掛けたくないし、親類の中で最も血の繋がりの濃い弟二人に対して、居てくれてよかったと思ったことは一度もない。家族ぐるみで互いの家を訪ねたこともないし、嫁の手料理を振舞って貰ったこともない。互いの情報はシャットアウト状態だ。今の、爺の俺への心遣いには涙さえ出そうだ。

「まだ一台も売れん。四面楚歌状態や。やっぱりA界は厳しいわ。弱肉強食の世界やけんな」

「おいたわしや…ご主人様、申し訳ございません。この爺はA界では何の力も持ち合わせません。せいぜい、このモニターを通してご主人様を元気づけることぐらいでございます」

「いや爺、その気持ちだけで十分や。一息吐けたわ」


「ところで爺に訊きたいことが二つあるんや」

「何でございましょう?」

「今回は今の俺のままでB界に行ったんやけど姿ば変えてい行くこともできるん?」

「勿論でございます。ご主人様は万能でございますから。及ばざるところは無意識の力がフォローいたします」

「そうよな。例えば俺が郷ひろみの姿でB界に行ったとしたら、芸能人の郷ひろみという存在は人々の記憶から消えて記録もなくなって木村大悟になるだけやもんな。やけんもしその姿で美穂ちゃんに会うたとしたら、『あっ郷ひろみ』とは言わんよな。そして俺がA界に戻ればまた当然のごつB界のテレビで郷ひろみが歌い出すっちゅう寸法やな」

「御意」

「でもう一つなんやけど、できることなら辛ぇA界に戻らんで楽しいB界にずっと居りたいち思うんが人情やん。ばって俺の本体はA界にあるけ衰弱する前にA界に戻らないかん。A界には大事な家族も居るしな。俺がもし何らかの要因でA界で本当に死んでしもうたらどうなるん?B界に行けたりするん?」

「A界の死後の世界のことは爺には分かりかねます。ただB界の糧はご主人様の文章でございますから、お亡くなりになられましたら徐々に衰弱いたしましていづれは消えてしまうものかと…」と終わりの方は消え入るように声が小さくなる。

 想定内だ。俺は直ぐ納得した。

「爺申し訳ねぇ。B界が消えるってことは爺も存在できんごとなるってことよな。他人事じゃねぇよな」

「ご主人様、私のことなど気に病まないで下さい。このB界を創造して頂いて命を吹き込んで頂いただけでも幸せでございますから」

「やっぱりそうか。こんことはB界じゃ口が裂けても言えんな」

「ご主人様、方法が一つだけございます」

 俺は目を輝かせて、「爺、聞かせてくれ」

「はい、ご主人様の偉業を引き継いでくれる分身を探されることです」

「分身か!」

 俺は頭を抱える。息子の康太には期待できない。高校は職業科だ。文章書きは何より読書家であること、そして貪欲な知識欲が必要だ。

「今は居ねぇな」

 バーチャル仙人は残念そうに、「そうですか」

 俺は微笑んで、「爺たちが少しでも長くB界に居られるごつ、頭と目と指がいつまでも真面に動くごつ節制するけよ」

 バーチャル仙人は深々と頭を下げて、「ご主人様、お心遣い本当にありがとうございます」


「ところで、遠賀町で主人様を検挙した警官たち、朝になって言われた通りになって、お怒りになったご主人様に消されてしまうんじゃないかと竦み上がっておりますが」

「ああ、俺も朝起きてあいつらどげんしよるか気になっとったわ」

「責任者の…高橋警部補でしたか」

「年下のくせに俺に偉そうに説教した奴やな」

「部下の六人がご主人様を畏怖して震え上がっている中、あの警部補こう言ってました」

「あの人が恨むとしたら俺だけや。やけん消されるとしたら俺や。お前らは関係ない。俺は年下のくせに国家権力笠に着て偉そうに説教したし、あの人の言葉ば鵜呑みにして会社に電話して上司に全部暴露した。俺があの人に持った悪感情は全部見透かされとるやろうと」

「そうか、俺の怒りば全部自分に向けようちか。見上げた根性やな。消されるちゃ無茶怖かろうによ。B界の人間一人消すぐらい簡単なこつやけど、あの男に興味湧いたな。北展終わったらいっちょ(一回)会いに行ったるか」

「なら爺、展示会に戻るわ」

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