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夢界の創造主  作者: クスクリ
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46話 俎板の鯉

 高橋は、着替えのため、席を立って寝室に向かった。

「あなた朝ご飯は?」

「食う時間なんかねぇよ。署に行ってくる」

 生来、物事に無頓着な清子は、高橋の慌てぶりを大して気にすることもなく、「ほんとに変なお父さんやねぇ」


 スピード違反覚悟で自家用車を飛ばして署に着いた高橋は、まっしぐらに久美ちゃんの事務机に取り付く。彼は目を疑う。貼り付けられた違反切符は白紙になっていた。出勤してきた久美ちゃんが、只ならぬ高橋の様相に、「係長どうしたんですか?」

 聞いても無駄だとは思いながらも、「久美ちゃん、この違反切符覚えとる?」

 久美ちゃんは目をぱちくりさせながら、「誰ですかぁ?私の机にこんな悪戯したんは。白紙の違反切符貼り付けるなんて何かの嫌がらせ?」

「係長!」

 昨日現場に居た交通指導係の六人が血相を変えて飛び込んできた。

 高橋は机上を指差して、「これ見てん」

「白紙やないですか」

「僕もお袋に例のセールスマンの話をしてたんですが全く覚えてませんでした」

「俺もや」と白バイ隊の一人。

 高橋は投げやりな言い方で、「市警に送った違反切符も当然白紙やろうよ」

 久美ちゃんは真っ青な顔の六人を見回しながら、「もうみんなどうしたんですか?」

 今更久美ちゃんに説明したところで詮ないことだ。

「いや大したことない。こっちの話や。久美ちゃんには関わりのないことやから」


 高橋は、「ここじゃ何やからロッカー室に行こうや」

「もう私にも教えて下さいよ」と久美ちゃんが頬を膨らます。

 高橋を除いた六人はぶるぶると震えている。

「みんなどうした、怖いんか?」

 口々に、「俺たちはいつこの世から消えてしまうんでしょうか?」と高橋に訴える。

 生きた心地もしないほど顔色を真っ青にした巡査の一人が、「係長、怖くて堪らんです。俺は法を守る警察官ですから凶悪犯に逆恨みされたとしても厳として立ち向かう勇気は持っているつもりです。でも相手は得体の知れない力を持った存在ですよ。俺一人この世から消してしまうくらい簡単なことなんでしょ?」

 ぶるぶる震えながら白バイ隊の一人が、「実をいうと俺は霊感があって霊が見えるんです。やから霊が寄ってきます。寝ているときに霊に首を絞められたこともありますが、命まで奪ってしまえる強い霊なんて存在しません。所詮死人ですから。この世の者でない者を見てももう慣れてしまって恐ろしくも何ともないんですが…あの人は正直、怖くて堪らんです」

 畏れに震えが止まらない巡査のもう一人は、「あん人はあのとき俺たちに言いました。お前らの記憶は消さないでやるよって。できることなら何も知らないまま消して欲しかったです」

 白バイ隊のもう一人は、「俺たちはついてないです。何であの時間あの場所で取締なんかやったんでしょうか」と頭を抱えて蹲る。

 みんな半狂乱になりそうなくらい怯えている。


 高橋に畏れがないといったら嘘になる。言いようのない不安に押し潰されそうな自分に何とか鞭を入れる。

 …こいつらを安心させるためにゃ俺が犠牲になるしかあんめぇ…

 高橋は腹を括って、「あん人が恨むとしたら俺だけや。年下のくせに国家権力笠に着て偉そうに説教したんは俺や。そいにあん人の言葉ば鵜呑みにした俺は会社に電話して上司に全部バラした。俺は益々立場ば悪うしたでぇ」

 白バイ隊員の一人が、「係長そんなことまでしたんですか」

「ああ、やけん安心しろや。消えるんは俺一人や」

「たかが三菱のセールスマンで、しょぼくれた50年配のオヤジのくせに偉そうにしとるあん人が生理的に嫌やったけんな」

 …今俺が話しよることはあの人には筒抜けやろう。そいでいい。恨みは全部俺に向け!…

 強がってはいるものの、暑さで蒸せるロッカールームのせいで吹き出る汗とは異質の冷や汗が、額から滝のように流れ落ちる。高橋は自分のロッカーの前面に掛けていたタオルで顔を拭った。恐怖で震えそうになる身体を気力で抑え付ける。

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