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夢界の創造主  作者: クスクリ
43/95

43話 暇乞い

 奈津子はスイカの表面の固い皮を剥き終わってボールに入れていた。テレビに向けていた視線を俺に向けると、「二人とも密談は終わったん?」

 俺は口の端を歪めて、「もう奈津、密談言うんは止めれっちゃ」

 奈津子はテーブルの上のボールを俺に渡すと、「お兄ちゃん好みの塩味でいいよ」

「分かった」とつい答えてしまった俺は、塩の入ったプラスチック製の器から大匙三杯掬ってスイカの皮に塗し、一つ摘まんで味見する。

「もうちょっとやな」

 もう一個摘まみ食いして、「よっしゃぁこれで俺好みや」

「伯父さん…」と美穂ちゃんが俺に目配せする。

「そやった。美穂ちゃん頼むわ」

「お母さん」

美穂ちゃんが奈津子に呼び掛ける。

「どうしたん?美穂ちゃん真剣な顔して」

 奈津子はきょとんとした顔をしている。

「実を言うとね…」

「伯父さん今日小倉に帰らないといけんの」 

 奈津子は哀しげに俺を見て、「もう9時過ぎとるよ。それに小倉って何?どうして帰るん?」

「お兄ちゃん五年ぶりに帰って来てくれて、暫くここに居て小説書くもんやと思ってたんに、私の気持ちなんてどうでもいいんだ」と言葉の終わりの方は怒気を孕んでいた。美穂ちゃんも覚悟はしていたものの、奈津子の豹変に気遅れ気味だ。

「お母さん私が伯父さんと一緒に帰って来たん不思議に思わんかったん?」

 奈津子は口を突き出して、「お兄ちゃんが帰って来てくれたことしか興味ない」と言い切る。


『何か今日のお母さん子供みたい』とは美穂ちゃん。

「本当はねお母さん、伯父さん今日ここに帰って来るつもりじゃなかったん。伯父さん五年前に放浪の旅に出て一年前くらいにどうしてか小倉に落ち着いたようなん。私青春の思い出にヒッチハイクで帰ろうと思って車止めたら偶然伯父さんでびっくりしたよぉ。ここで会ったが百年目、大事な用事があって今日は久留米までは行けないって言う伯父さんを私が無理やり引っ張ってきたん。伯父さんはお金持ちやろ。小倉の家は掘り出し物の物件があって衝動買いしちゃったみたいなん」

 俯き加減に黙って聞いていた奈津子だったが、「お兄ちゃん小倉に居たんなら連絡くらいくれてもいいんじゃないん?」

「冷たい!」とぷいっとそっぽを向いてしまった。

 俺は奈津子を宥めすかすように、「ごめんちゃ。小倉に原稿があって明日の朝一絶対出版社に郵送せないかんのや。小倉に逗留しとるとき夢界の創造主が浮かんだんじゃ。物語の舞台が小倉やったけん暫く居る必要があって拠点にするつもりで掘り出し物の家ば買うた。俺は出版社に原稿送るときは住所ば書かんのじゃ。担当者にゃ用があるときは東京のマンションの留守電に入れとくごつ言うとる。奈津が俺の居所知っとったらいろいろ面倒やろうち思うてよ。近い内に帰ろうち思うとったこつは確かやけん勘弁せぇや」 

 奈津子はぶすっとしながらも、「分かったぁ」

 俺は奈津子を拝んで、「サンキュー奈津」

 奈津子は返す刀で、「でお兄ちゃん今日帰って明日原稿送ったらその足で帰って来てね」

 まさにとほほ気分だ。美穂ちゃんが助け舟を出してくれる。

「お母さんそれはなんでも殺生だよ。お母さん伯父さんの車見てないやろ。明日セールスマンが契約に来る車と一緒なんやけど、おじさんの車改造が施されてて運転が難しいうえに相当体力使うんやから。ましてや足の悪い伯父さんにとんぼ返りしてとはお兄さん思いのお母さんの言葉とは思えんよ」

 美穂ちゃんは言い終ったあと、我ながら言い反駁だったなと内心ほくそ笑む。効果は覿面だった。


「お兄ちゃんごめんなさい。自分のことばっかり考えてお兄ちゃんの身体のこと全く気遣ってなかった。直ぐにとは言わんけん今度いつ帰って来てくれるん?」

「奈津安心せぇや。鳥巣に古い友達が居って25日の土曜日店貸し切って俺の歓迎会やってくれるんや。お前も浩二も行くか?」

「えっ僕たち夫婦も参加していいんですか?」

「ええに決まっとるやねぇか。俺たち家族は一心同体や。そいにここだけの話金出すんは俺やから遠慮は無用や」

 奈津子は破顔一笑、「行っくう!」

「やったー!二年ぶりの家族総出のお出掛けやぁ。楽しみぃ」

 奈津子は美穂ちゃんを横目でじろりと見て、「勿論美穂ちゃんも行くんよね」

「行くに決まってんじゃん。野暮な質問だよ」

 …ここで行かないとでも言おうもんなら想像するだけでも総毛立つよ。伯父さんにはもう一回会いたいけど卒論も早く仕上げないといけんしサークルのみんなにもまずいんだよねぇ…


 久留米を出たのは11時近かった。

「お兄ちゃん小倉に帰ってお腹空いたら食べて」と奈津子がおにぎりと卵焼きの弁当を持たせてくれた。

 浩二は、「兄さん25日楽しみにしてます」

 美穂ちゃんは、「伯父さん夜で道が空いてるからって飛ばし過ぎちゃだめだよ」

「ああ分かっとるって」

「奈津サンキューな。お前の作ったおにぎりは俺ん大好物やけんな」

 奈津子がにこっと微笑む。

「浩二、小倉出張のときは遠慮なく寄れや。行きつけの飲み屋で接待したるわ。ばって一週間前には必ず手紙書いとけよ」

「手紙?」

 怪訝な顔をする浩二に、「深く考えるなちゃ」

「分かりました」

「小倉で飲むん初めてです。楽しみにしときます」


 3号線を快調にぶっ飛ばして12時前には小倉に着いた。街灯も民家の明かりも無い。唯一の光は月だけ。日豊線も最終が出てしまったか。勝手口の前に立つと不思議な感覚に囚われる。普通ならこの新築の家に嫁と息子が居る筈なのだが。早く眠りに就かないとA界での二人の心配そうな顔が浮かぶ。

 ふと、助手席に置いたままの奈津子の手作り弁当を思い出して、一度降りた車の助手席側のドアを開ける。A界なら病気のせいで絶対に食えない夜食、B界ならいくら食おうが関係ない。B界の駐車場は勿論、未舗装だ。

 …何か座るものはないかいな?…

 洗車用のブリキのバケツが目についた。月明かりに照らされた視界の向こうにある貫山まで、遮るものはほとんど無い。ぽつんぽつんと民家が数件あるだけだ。汗ばんだ額を首に掛けたタオルで拭って、おかかのおにぎりを一口齧った俺は、ほーっと呟くとともに中の具を見た。昔よく食っていた幅広に削った鰹節に醤油が塗してあった。

 この味無性に懐かしい。思い出した。A界の従妹のまち子が握ってくれたおにぎりの味だ。俺にはA界の母方の本家に四人姉妹のいとこが居た。その三女がまち子だ。歳は俺の一つ下、幼馴染でよく一緒に遊んだ。有田美春のいとこ同士という歌が流行っていて、俺も乗っかろうとしたがあっけなくフラれた。あれは俺が鳥巣高生、まち子が北松南高生のときだったか、断わっておくが真知子のモデルは決してまち子ではない。


 小倉に居住する伯父が本家に泊まりに来た。猪町町船ノ村には町内の小学校の遠足のメッカ、笠山があって、天気も良いし、そこにハイキングに行こうということになった。そのとき、まち子が弁当に握ってくれたおにぎりの味にそっくりだ。

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