42話 口実
美穂ちゃんと二人、ベットの縁に腰かけた。俺は頭を抱える。急造の兄妹だったとしても女を泣かすのは不本意だ。
「美穂ちゃん参った。奈津子俺が長逗留するもんと決め付けてやがるわ」
「居たらいいじゃん。伯父さんは創造主やろ。やったら今居るこっちの世界の、例えば1年を伯父さんが本来住んでる向こうの世界の1日にするくらい簡単なことじゃないん?」
「確かに俺の造った世界じゃあるけどそれでも不可侵の法則だけはどうにもならん」
「俺がB界に来とるときB界の時間の流れとA界の時間の流れは一緒や。A界には俺の本体がある。眠っとるっちいうより息はしとるけど寝返りひとつせん謂わば植物状態じゃ。飲まず食わずやけん体力も落ちる。A界で眠りに落ちたんが20時間前、家族の8畳の寝室に横たわっとる。A界では俺が休みんときは昼飯ば外食したり買い物に行ったりしよる。目ば覚まさん俺ば嫁と息子は相当心配しよる筈や。もし俺ば2キロ以上離れた病院にでも担ぎ込んだりしたら大事や。戻れんごとなる。今度B界に来るときは嫁、康子っちいうんやけど心配すんなって釘刺しとかないかん」
美穂ちゃんは納得したように何度も頷くと、「創造主の伯父さんにも抗いようのないことがあるんだね」
彼女はうふっと微笑んで、「ドラキュラ伯爵が太陽の光を浴びて消えてしまうような伯父さんの弱点ね」
「美穂ちゃん酷ぇな。俺は化け物やないでぇ」と俺はむすっとする。
俺は話題を変える。
「鳥巣高で俺が考え込んどったら車ん中で悩み聞いてくれるっち言うたやん」
「うん言ったよ」
「奈津子見とったらまたぶり返したわ」
「どういうこと」と美穂ちゃん。
「俺はA界で三人兄弟なんじゃ。親父は2年前肺癌で死んだ。前にも言うたごつ俺が義足になったんは小学校五年生の時の事故で10トントラックに轢かれて左足が壊疽で腐れて切り落とした。そいから長男の威厳が保てんようになって兄弟に確執が生まれた。俺自身もひねくれたんかもしれんばってん親父も兄貴ば立てろとか弟達には全く言い聞かせんで弟に聞こえるごつ口癖のようにこう言うんや、『お前は足が悪いけんいつかは人ば頼りにせんといかんようになる。そいけん日頃から弟たちば大事に仲良くしとかんといかんぞ』ってよ」
「亡くなった伯父さんのお父さんには悪いけどその言い方は酷いよ。長男としての人格を否定するものだよ」と美穂ちゃんが声を荒げる。
「反対やろ。私は一人っ子で分からんかもしれんけど弟さんたちにはこう言うべきだよ。兄さんは不幸な事故で足を失くしたけどこれは三人兄弟の誰かが犠牲にならないといけなかったことかもしれない。兄さんはこれから頑張って世間の荒波に立ち向かっていかんといけん。お前たちは弟なんやから兄さんを盛り立てて必要なときは力になってあげなさいってね」
俺は瞼の奥が熱くなった。美穂ちゃんが初めて俺の欲するところを代弁してくれた。
「やっぱり美穂ちゃんや!無意識の力め、良い娘と知り合わせてくれたぜ」
感動で俺の声が上擦る。
「嫌だ伯父さん私思うが儘言っただけなのにぃ」と照れて頬を両手で覆う。
「就職してから俺は小倉、次男は北松浦郡佐々町、三男は佐世保と顔ば合わせるこつなく年月が流れた。結婚は長男なのに俺が一番遅かった。そいもあった俺は益々天邪鬼化していったわ。次男三男と結婚して俺は弟たちに比べて顔も悪いしもう一生結婚出来んもんと諦めとった。次男の結婚式は親父の説得に負けて出席したばってん三男の結婚式には意地でも出んやった。三男の嫁には俺の結婚式に風邪ば理由に仕返しされたがよ」
今度は、「伯父さん、お父さんが存命のときに弟さんの結婚式を欠席するなんてちょっとやり過ぎたかも。でもおじさん相当心を病んどったみたいやね」と美穂ちゃん。
「そいは俺も反省しとる」と頭を掻いた。
「こげなどうしようもねぇ俺ば救ってくれたんが嫁の康子や。難聴で中学しか出れんやったばってん俺よりずっと良識があって俺ば導いてくれたわ」
「伯父さん良い人に巡り合えて良かったね」
美穂ちゃんが優しく微笑んでくれる。
「俺も考え直して両親の手前弟たちと協調してやっていくつもりやったんやが2年前の親父の死で決意が崩れてしもうた。家族は別にして肉親で俺のことば心配してくれるんは親父だけやったけんな。お袋は恍惚状態やしよ」
「どうしようもなく弟たちに我慢出来んごとなったんは親父の葬式のときや。俺の存在ば完全に無視してどんどん仕切っていきやがる。爆発しそうな気持ば俺はかろうじて抑え込んどった。親戚連中の手前、長男が恥曝す訳にゃいかんけの」
美穂ちゃんがしみじみと、「私一人っ子やからいつも兄弟姉妹が欲しいって思ってたけどそんな葛藤もあるんやね」
「兄弟は他人の始まりって誰が言うたか知らんばってん俺ら兄弟はまさにその通りや。やけんこのB界で俺のことば自分の血肉のごと心配してくれるたった一人の肉親のごたる奈津子ば泣かせたくねぇ」
「伯父さんにとってはたった今妹になった存在のお母さんにそこまで感情移入してくれて私感激だよ」と美穂ちゃん。
俺はほとほと困り果てた顔で、「美穂ちゃん何か良い知恵ねぇかいな?」
美穂ちゃんは小首を傾げて、「う~んそうやねぇ…」
ぱんと手を叩いて、「思い付いた!」
「よく考えてみたらお母さん、伯父さんが帰ってきたことに感激して私が一緒に戻ったことを全然不思議に思ってなかったよね。当然伯父さんはこの家に帰るのが目的だったと思ってる」
「だったら私がこう説明したげるよ」
「私が偶然小倉で伯父さんに会って伯父さんは大事な用事があったんやけど私が無理言って引っ張って来たんやって。やから伯父さんはどうしても明日小倉に帰らなくちゃいけないんやって。きっとお母さん分かってくれるよ」
「確かに良い考えなんやけど俺はなして小倉に居るんやろう?」
虚を突かれた美穂ちゃんは他人事に様に、「分かんない」
「他人の記憶ば色々弄るんは俺にとっちゃ簡単なことなんやけど…奈津子に帰らないかんって言うても俺が小倉に居るもっともな理由ば言わんと奈津子の記憶がパラドックス起こしちまう」
「うん確かに考えないといけんね」と美穂ちゃんは頭を抱える。
「奈津子と俺が兄妹っちいうことになっても木村大悟っていう名前ば変えんやったお陰で真知子達に喋った俺の身上と辻褄が合うてきたわ。今度真知子に会うたら海軍航空隊上がりの人気作家・木村大悟っちゅう訳やな」
「もう真知子ちゃん達の記憶に刷り込まれたの?」
「ああ、20日集まったらみんなびっくりするやろうや。ベストセラー作家でその作品が何度も映画化された滅多に人前に姿ば見せん俺が眼の前に居るんやけんな」
俺はにやっと不敵に笑った。
「うぅん…東京にもマンションを持つ放浪癖の人気作家が小倉に居る理由かぁ」
美穂ちゃんは悟りでも開いたかのように固い表情を解くと、「伯父さんあまり深く考えないで単純でいいんやない」
「何か考え付いたん?」と俺。
「小倉に住んでる理由としては、例えば伯父さんが全国放浪中行く先々の旅館に長逗留して小説を書いてるとするなら、偶々小倉に掘り出し物の売り家があってここを拠点にするのもいいかなって思ってつい買っちゃったとかでもいいでしょ」
「おっそれいただき」と俺。
「伯父さん調子良過ぎ。私が頭を絞って考えてんのに何か他人事みたい」
美穂ちゃんが頬を膨らます。
「ごめんちゃ美穂ちゃん。それで?」
「もう」と言いながらも美穂ちゃんが続ける。
「で伯父さん今連載中の小説あるぅ?」
「あるって言うことにしとくか」
「無責任。でも伯父さんは何とでもなるもんね」
「今日どうしても小倉に帰らなければならない理由は…久留米に寄るつもりが無かったけん締切の原稿を小倉に置いて来とって朝一番郵送せんといけんからとかぁ」
「おっ益々いいねぇ。そいでいこうや。美穂ちゃん頼むぜよう」
美穂ちゃんは再度、「もう」と頬を膨らます。




