41話 高度情報化社会
「それは俺の無意識の力が気ば利かせたんやろうや」
「どういうことなん?」と美穂ちゃん。
「また未来の話しばせんといかんのやけど俺のA界の自宅にはパソコンが三台あるちゃ。世の中は大型コンピューターからノートサイズのパーソナルコンピューターに進化した。略してパソコンや」
「そのパソコンが三台って伯父さん、向こうの世界でもお金持ちなん?」と目を丸くする。
「ご冗談を美穂殿」
「なに?伯父さん」
美穂ちゃんがくすっと笑う。
「小倉で知り合ったときに言うた通り俺は毎日車が売れんで苦しむしがないセールスマンや。中流階級や。今この家にある三菱電機の20インチ・ダイヤトロンやったら18万円くらいやな。俺の居るA界の貨幣価値に直したら72万円くらいやな。そいに比べたら10万円のパソコンなんかへみてぇなもんやろ。そいとこの時代やっとクレジットカードが発行され始めたごたるばってまだほとんど普及しとらんわ。高いもの買うときゃ銀行の月賦やろ。未来は完全信用社会や。社会人は例外なくクレジットカードば持っとるぜ。どんな店でもカードば機械に通すだけで簡単に10万円くらいの物なら買える」
「美穂ちゃんに金利の質問や。車買うんに100万円借りて1年で返したら幾ら利子が付くち思う?」
美穂ちゃんは口を尖らせて、「お金借りたことないけん分からんよ」
「学生にゃ金利てろ縁がねぇけ分からんで当然やろうな。こん時代やったら実質年率25%くらいやろう。大体12万円ほど付くな。40年後は4%くらいまで落ちて2万円くらいしか付かん。
「えっそんなものなん。やったら私にも買えちゃうよぉ」
俺は右手の人差し指を眼前で振って、「ちっちっ、元金の100万はどげんするん?」
美穂ちゃんは舌を出して、「ごめんなさい。わざとらしかったぁ?」
「クレジットカードで買う商品は車ほど高くねぇけ10万円で5千円くらいかいな」
「話が逸れたばってん俺が無性に小説ば書きとうなっんたは大学四年のときやった。今でもはっきり覚えとるぜ。講義中、とにかく書きとうなって出だしの文章ば1ページ、どうにかノートに書き上げた。そん頃は大学生っちゅうんに文章が稚拙で、何より小説ば構成するんに知識が乏しゅうて、社会っていうもんがどういうもんか全く分かってねぇで、とても人に見せられる代物じゃなかったわ。それでも大学ノート1冊分くらいは意地で書いた」
「へぇ見てみたい」
「恥ずかしいけだ〜め!」と俺は美穂ちゃんに向かってベーっと舌を出す。
「伯父さんのケチ!」
「ところで美穂ちゃんはどうしても知りたいもん調べたいもんがあったらどげんするや?」
「そうやなぁ…、まず人に聞くけどよほど運が良くないと知らないやろうからやっぱり図書館かな」
「そうやろうね。ばって知りたいことが書いてある本ばまず探してそいからまた本ば捲らないかんやろ。相当時間ばロスするぜ。そいに図書館が閉まっとる時間はお手上げや。そいけん著名な作家先生の書斎は蔵書で溢れとるんやないか」
「やったら伯父さんはどうするん?」
「知りてぇことは全部パソコンの中に入っとる。ウィキペディアっちゅうフリーの百科事典がパソコンの中に入っとって、こいは知識ば持っとる者が自由にパソコンに打ち込んどって誰でも自由に取り出せるんや。もし間違っとったらまた誰かが正す。内容の一部ば一冊の百科事典に纏めてみたら総ページ数が五千ページにも及んだげなぜ。その膨大な情報が百科事典何冊分に相当するか考えただけでも恐ろしいぜ。俺はこの折り畳み式の携帯やが、今A界はスマートフォン、略してスマホって言うて掌ぐらいの大きさの画面だけの携帯が主流になりつつあってそいやったら機能はパソコンと全く同じや。何時でも何処でも知りたい情報が取り出せる。俺のこの携帯でもできるけど機能が制限される」
「凄い!凄過ぎる!40年後の学生は幸せ過ぎるよ」
俺は美穂ちゃんの眼前で携帯の画面の大きさを示して、「折り畳み式携帯の画面がこの大きさや。今この家にあるテレビの画面が20インチ、13インチくらいの画面の大きさで、タブレット端末っていうもんもあって美穂ちゃんのバックに入る。そしていつでもどこでもパソコンになる」
コンコンとノックされて、「お兄ちゃん入るよ」と奈津子が顔を出す。俺は素早く携帯を隠す。
「お兄ちゃん美穂ちゃん冷たいスイカ切っとるよ。食べんの?」
美穂ちゃんが慌てた素振りで、「あっそうや忘れとった。伯父さん食べよう」
奈津子は俺と美穂ちゃんを交互に見て、「何か怪しい。二人でよからぬ相談でもしとったん?」と訝る。
「奈津勘ぐり過ぎやで。美穂ちゃんの就職の相談に乗っとっただけや」
「そうなんお母さん、教職一本じゃせっかくの私の人生勿体ないような気がしたけん出版・映像関係の仕事のことも聞いてたん。何より伯父さん東京で顔が広いけん」
奈津子は眉を寄せて、「美穂ちゃん東京に行くん?」
「何?お母さん心配せんで。もしもの話やから。あくまでも第一志望は佐賀県の教職なんやけん」
奈津子はほっとした表情で、「よかったぁ。安心した。淋しいのは嫌!」
「たった二人っきりの兄妹のお兄ちゃんは五年間も音信不通やったし美穂ちゃんは小倉から滅多に帰って来んし」
奈津子は目に手を当てて涙ぐむ。俺は慌ててベットから立ち上がると、奈津子の肩を抱いて、「奈津泣くなちゃ。ごめんちゃ」
「う、うん…」
「やっぱり夏はスイカに限るな」
「お兄ちゃん味塩…」と奈津子。
「おっありがとう」
「お兄ちゃんあと一週間早く帰って来てとったら一緒にお祭りに行けてたんに。美穂ちゃんにはずっと早くに言ってたんに帰って来てくれんのやから」と奈津子が口を尖らす。
美穂ちゃんが、「やって仕方ないやろ。外せんサークルの集まりがあったんやから」
「この時期に久留米でお祭りてろあったかいな」と俺。
「去年から新しいお祭りが創設されたん。『久留米水の祭典』って言うんよ」
…そうか水の祭典か。昭和47年に始まったんかいな。A界での大学一年のとき兼行さん(鳥巣高の同級生)ば誘って成沢の車で筑後川に花火ば観に行ったぜ。懐かしいな。あん頃は超奥手やったんによう兼行さんば誘う勇気あったな…
俺はスイカを食い終わって皮の厚みを確かめる。奈津子が笑いながら、「お兄ちゃん相変わらずやね。このスイカの皮厚いやろ。私八百屋さんで皮の厚さをご主人に確かめて買う癖が付いとるから。お兄ちゃんスイカの皮の塩漬け大好きやもんね」
美穂ちゃんがえっ!と言う顔で、「スイカの皮って食べる物なん?」
奈津子はぽかんと口を開けて、「おかしなことを言う娘ね。毎年スイカの季節に食べてた筈なんに」
今度は完全に疑いの眼差しで、「これで二回目よ。本当に美穂ちゃんなん?」
…しまった!またやってしまった…
「お母さん馬鹿なこと言わんで。私は私じゃん」
「じゃぁ本人確認。生年月日言ってみて」
「昭和26年6月8日だよん」
奈津子は頷いて、「うん確かに美穂ちゃんや」と笑う。
「お兄ちゃん明日の朝ごはんは私の美味しいお味噌汁とスイカの皮の塩漬けだよぉ」
…拙い!奈津の奴、俺が長逗留するもんと決め付けてやがる。言い出し難ぃ。また奈津に泣かれちまう。非常に困ったぜ…
「美穂ちゃんちょっといい?」と再び俺の部屋に誘う。
奈津子が怪訝な顔で、「お兄ちゃんどうしたん?さっきも美穂ちゃんと二人っきりで密談しとったし…」
俺は両手を広げて、「奈津ぅ、密談ちゃ穏やかじゃねぇな。大したことやねぇけ心配無用じゃ」




