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夢界の創造主  作者: クスクリ
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4話 ネズミ捕り

 車は、筑豊地方、嘉麻市の馬見山に源を発する北部九州の大河、遠賀川を越えて北九州市を抜けた。横に若いかわいい女の子を乗せて調子こいてぶっ飛ばした俺は、強烈なしっぺ返しを食らう。遠賀川橋を渡ると見通しの良い直線に入る。橋を渡って信号停車。走行風が止まった途端、噴き出す汗。俺はつばを後ろに被った野球帽を脱いでタオルで顔を拭った。美穂ちゃんもハンカチで額に滲んだ汗を拭く。

「おじさんの車のサウンド気持ちいい。ラジオつけんでも全然退屈せんよ」

「美穂ちゃん嬉しいこと言うてくれるぜよ。女の子にこの感覚が分かるちゃ思わんやったで」

「市街地も抜けたしこっから直線や。よっしゃ~、最高のBGM響かしちゃるぜ」

 俺はシグナルグランプリ気分でスロットルを開けた。ぐんぐん速度が上がっていって、速度計の針が換装したフルスケール300キロメーターの200キロを振り切った。

 強烈な加速Gに美穂ちゃんが、「おじさん凄い凄い」と手を叩く。

 あれっ!と俺。

 赤旗が見える。あまりのスピードに、警官が及び腰で停止の旗を出していた。


 この昭和40年代、交通戦争という言葉がメディアに現れ出す。特に昭和46年は最悪の交通事故死亡者数で、日清戦争の戦死者を上回った。取り締まりの重点は単車から車に移り、道交法も現状に合わせて改正されていった。まだレーダーによる速度取締が行われだして間もない頃で、性能もそう良くなかった。俺の速度超過は前代未聞だったようで、150キロ以上のスピード違反だったにも関わらず、あまりの加速力とハイスピードのため、計器が狂って130数キロしか指さなかったようだ。

「あちゃ~、このクソ暑ぃのにネズミ取りしよったんか。ご苦労なこった」

「忙しいな。いっそのことこのまま振り切ったるか」

 このB界は小説『凶悪志願』の世界だが、今の俺はA界にいる俺そのままだ。達己ほどのドライブテクニックはない。白バイを撒くのは不可能だ。それに、警察と事を構えたら後が煩わしい。無線で通報されて集団で来られたら、時間を取られてしまって、本来の目的の真知子との対面に支障を来してしまう。素直に従おう。

 美穂ちゃんは不安な面持ちで、「おじさん…」

 俺は至って冷静だ。

「美穂ちゃんが心配するこたぁねぇぜ」


 何も慌ててスピードを落とす必要はない。俺を標的に今にも飛び出そうと臨戦態勢に入った白バイが三台固まった辺りで、わざとカウンターを当てながら白煙をあげて止まってやった。取り締まりの警官たちは驚いていったん後ろに引いたが、俺が車を降りた途端、一斉に取り囲んだ。

 俺はわざとホールドアップの姿勢で、「おいおい穏やかやねぇな。お前ら俺を逮捕でもするつもりかちゃ。俺は指名手配の人殺しじゃねぇぞ。単なるスピード違反や」

 責任者と思しき四十年配の警部補が声を荒げた。

「あんた分別のある大人がなんキチガイみてぇなスピード出しとんな。ものには限度があるんや。逮捕もできるんやで」

 俺はわざと偉そうに、「お前誰や?名前言えや」

「俺より年下やろうが。目上の者にそげな口の利き方してええんか。俺は前科者でもねぇし素直に止まったろうが。謝れや。お前ら纏めてこの世から消したるぞ」

 俺のあまりの威勢の良さにその警官はたじろいだ。ちょっと間を置いて、「ちょっと言い過ぎました。すいません」と嫌々ながらも謝る。大方、こいつのスピード違反は尋常じゃないからタダでは済まないと溜飲が下がったのか。

「そうや、分かればいいんや」と俺はあくまで強気だ。


 俺は爺さんにB界に於ける能力の全てを教わった訳ではないが、『B界での御主人様に不可能はございません』と言っていた。滞在時間が増すにつれて、あれもこれも何でも出来るような気がして来る。ただし、自分の能力に箍は嵌めておかないと、漫画の世界に成り果てて、たとえリアリティーはあったにしてもハチャメチャな夢と何も変わらなくなってしまうということだけは漠然と分かっていた。しかし、B界は痛快だ。A界で日頃取れない行動が何でも出来てしまう。怖いものなしだ。矢でも鉄砲でも持って来いだ。A界での懊悩など吹っ飛んでしまう。爺さんに感謝感激雨霰だ。


 警察の取り締まりバスに乗り込んだ俺は開口一番、「いったい何キロオーバーなんじゃ?」

 外に居た警官は全員、中に乗り込んできた。俺によほど興味があるらしい。ネズミ捕りは一旦中断だ。偶々、捕まっていたのは俺一人だった。

 レーダー係の若い巡査が申し訳なさそうに警部補にシートを渡す。警部補は目を疑った。

「何やこら!たったこんだけか?」

 俺は、「何か早教えろや」

 警部補は言い難そうに、「制限速度50キロのところを133キロ走行で83キロ速度超過です」

 周りの警官達がどよめく。俺はせせら笑った。

「お前らどこの機械使うとるんじゃ。大捕り物した割には成果なしやねぇか。俺のあのスピードが133キロちゃお笑いやで。まぁ法律の番人のお前らの前で言うんは憚られるもんやが、俺のGTO、メーター誤差差っ引いてもはっきり言うて200キロ以上は出とったでぇ」

 俺は平然と言ってのけた。

 警部補は悔しそうに、「それでもこの速度超過は罰金ではすみません。立派な犯罪です」

「ああ知っとるわ。12点減点免停90日の略式裁判では済まんちことやろ。公判請求されて裁判受けた俺は懲役刑で前科持ちか。なら会社も首やな」と俺は頸筋に手刀を当てて他人事のように笑った。

 警部補は訳が分からず面食らってしまう。告知して俺の心胆を寒からしめたかったことを先に言われてしまったのだから。いったいこの自信は何処から来るのだろうと彼は不審に思ったことだろう。


 警部補は諦めきって、「事務手続きを取らして下さい。免許証見せて貰っても良いでしょうか」

「ああええで」

 免許証代わりになるであろう赤切符の会社名のところにMB自動車と堂々と書き入れた俺に、「すいませんが一言だけ言わせて下さい」

「車会社の方がこんな運転をされてもいいんでしょうか?」

「ええんやろうな。俺の場合は」

「車会社におるうえにこんだけのスピード違反食らったっちなったら、検察の野郎俺に情状酌量はしてくれんやろうな。執行猶予は付くやろうか。ほいでも前科持ちになったら懲戒解雇やな。まだ定年まで六年あるちゅうんに。さぁてこいからどげんやって飯食っていこうかのう」

 警部補は返す言葉がない。俺は全て認めてサインして指印を捺した。警官たちの俺に対する言葉使いは敬語に変わっていた。

 

「お前ら全員俺に関わったけ教えてやるよ」

「信じる信じねぇはお前らの勝手や」

「俺はこの世界では神通力の持ち主や。明日になったら俺の存在した事実は全て消えとるやろ。ばってお前らの記憶だけは消さないようにしたる。まず直ぐ俺の会社に在籍確認せぇや。今日は間違いなく俺は所属しとる筈や。そいでお前らの上司・同僚・友人・知り合い・家族、すべての者に片っ端から俺のことを喋り捲れや」

「朝になったらお前らの記憶にだけ残ってみんなの記憶から俺のことが完璧に消えとるっちゅうミステリーや。面白いでぇ。お前らも纏めてこの世から消したるけ、心残りのねぇようにしとけや」

 …こいつ頭おかしいんか?適当にあしらっとくか…


 レーダー係の若い純朴そうな巡査が、言動はしっかりしているが気が触れているとしか思えない俺がかわいそうとでも思ったのか、「不可抗力で病気か事故で死ぬっていうなら分かるんですが、この世から自分らを消すって殺すってことですか?」

「まぁ悩めや。明日になれば全て分かるわ」と俺は他人事のようにせせら笑う。

 三人の白バイ隊員のうち、一番精悍な顔つきをした隊員を俺は指差して、「お前白バイの仕事好きか?」

「はい。こん仕事は遣り甲斐ありますし誇り持っとります」

「お前らの日々の訓練は凄ぇち聞いとるし、猫科の猛獣のごつ、狙った獲物は絶対逃がさんやろうし逃がしたくねぇやろうな」

 一人の隊員が口を尖らせて、「俺は今までスピード違反者を取り逃がしたことはないです」

「そうやろうな」

「まぁその辺の走り屋じゃお前らから逃げるんは不可能やろうよ」

「お前ら久留米狂走連合ち知っとるや?」

 三人の白バイ隊員の顔色が変わる。

「狂走連合知ってあるんですか?」

「あぁ、隅から隅まで知っとるぜよ。あいつらは俺の息子のような存在や」


 福岡県警筑後地区の最大の悩みの種、県内最大の暴走族。つい先日も、警察組織を嘲笑うかのように久留米市街を我が物顔に暴れ捲って新聞紙上を賑わせたあの狂走連合を息子のようなものとは…、一同唖然とする。警官たちは今までの言いようのないデカい態度、絶対の自信の裏付けが分かったような気がした。

 精悍な顔つきの隊員が目を輝かせて俺に訊く。

「なら速水知ってますか?」

「あぁ、Z2の速水やろ」

 そいつは相好を崩す。

「奴のこと教えて下さい?」

「あいつの速さは半端じゃないって北九州まで聞こえてくるんです。あいつにちぎられた白バイは数え切れんちゅう話です。できることなら俺、久留米に転属願い出そうかって本気で考えてます」

「そうか、お前らも単車乗りや。自分の速さに自信がなけりゃ白バイてろ乗れんよな。速ぇっち噂の者にゃ挑んでみてぇよな。捕まえてぇやろうな」

「はい」と小学生のような快活な返事だ。

「奴は今心酔しとる者がおってな」

「あいつ、自分たちん庭の高良山の下りで達己っちゅうランサー使いにアウトからぶち抜かれたんや」

「下りでアウトから四輪に…あの速水が…」

 隊員が信じられないという顔で俺を見る。

「今久留米地区は色んな面で盛り上がっとるで。転属するんもお前んためになるかもな」

「現総長の山本は近々引退する。誠心会の権藤の下で修業するち言よったな」

 警部補が怪訝な顔で、「今誠心会って言われました?」

 このB界では誠心会は九州最大の暴力団だ。九州進出を目論む日本最大の暴力団山岡組の息の掛かった組と抗争を繰り返す怖いもの知らずの武闘派集団で、上の方まで名が通っていた。九州の一地方都市久留米を根城にしている割には恐ろしく強く、その資金源が何処から来るのかまだ県警は何も掴んでない。最近は福岡都市圏まで侵食しつつあった。

「ああ言うたで」

「どんなご関係で?」

「誠心会も俺の息の掛かった奴らや。俺の胸先三寸でどげんでも動く。お前らと知り合いになったんも何かの縁や。丸暴の連中に言うとけや。組長の安藤にも権藤にも暫く大人しゅうしとくごと言うとってやるちな」

 その場に居た警官たちはみな動揺を隠せない。

「おっと、車に人ば待たしとるんやった。いらんこと話し過ぎたわ」

「お前らの記憶は消さんでやるけ。明日ば楽しみにしとけや。じゃぁな」


「おじさん…」

 俺が警官に見送られてワゴン車を降りると美穂ちゃんが慌てて車を降りて来た。

「おじさん大丈夫だった?」

「美穂ちゃん心配するこたねぇよ。単なる免停や。俺に怖いものなんかねぇ。逆にサツの奴らビビらせてやったわ」と俺は豪快に笑った。

 勢いよくエンジンを始動させた俺は警官たちが注視する中、けたたましいスキール音を残して発進させた。美穂ちゃんの身体が仰け反る。捕まったばかりなのにと彼女は驚きの表情だ。

 スピードは見る見る上がり、キンコンカンのチャイムが鳴り出した。俺はにやっと不敵な笑いで警官たちの様子をバックミラー越しに覗く。

「ねぇおじさん」と美穂ちゃんは躊躇いがちに口を開いた。

「何や美穂ちゃん改まって」

「おじさんって凄い!そして、不思議な人」

「いったいおじさんってどんな人なん?教えて」と縋るような目で俺に訴える。

 俺は前を見据えたまま、「美穂ちゃんがどうしても知りたいって言うなら教えてやってもええが、この世界の者が俺の秘密知ったら世界観がひっくり返って生きる気力失っちまうかもしれんぞ」

「もっとも知ったあと美穂ちゃんが辛いって言うなら俺は美穂ちゃんの記憶消してやることもできるけど」

「この世界…私の記憶を消す?」

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