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夢界の創造主  作者: クスクリ
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38話 久留米へ

 昭和48年の鳥巣大正町商店街、助手席にかわいい美穂ちゃんを乗せて爆音を撒き散らしながら抜ける。通りを歩く市民が俺のMRに顰蹙の眼差しを向ける。知ったことじゃない。今、俺はあの頃のガキじゃない。懐かしくもあるが、快感の方が勝る。A界の当時の俺はこの市街地を親父に買って貰ったブリジストンの自転車を漕いで彷徨いた。もちろん康太と同じ中学3年生、猪町中学校の校則の丸刈り頭のままで引っ込み思案。女の子とのコミュニケーションの取り方も知らなかった。よく康太は美代ちゃんとまるで男友達との如く気軽に付き合えるものだ。そこは真知子の影響力か。

 大正町から本通筋商店街を右折してAコープ正面入口を通り越し佐賀銀行鳥巣支店を左折、鹿児島本線・長崎本線を潜る地下道を突っ切る。この地下道の右側面に機関区に至る脇道が伸びる。思い出した。機関区には散髪屋があって親父によく連れて来て貰った。ここには綺麗な姉ちゃんが居て、散髪に行くのが楽しみだった。

 …居るかな?…

 地下道を上がってちょっと走ると鳥巣の郊外に出る。畑地の中を貫いて車一台分の直線が宝満川手前の国道3号線と県道17号線(鳥巣筑紫野有料道路)に挟まれた県道336号線まで伸び、ラブホテルに突き当たる。俺のMRはチューンナップしたエンジン特有の猛々しいエクゾーストノートを響かせながら獲物を狙う猛獣の如く一本道の手前で雌伏する。


「美穂ちゃん見事な直線やろう。ち〜と道幅が狭ぇけど」

「うん、鳥巣の人しか知らない道やね」

「と思うぜ」

「美穂ちゃん、真知子の印象どげんやったや?」

 俺の問い掛けに美穂ちゃん笑顔になって、「美代ちゃんもかわいかったけど真知子ちゃんのかわいらしさ飛び抜けてたよ。声があどけないけんかその実像とのギャップにみんなびっくりするんやろうね。そして友達思い」

「ギャップか。確かにね」

「ばって実は真知子にゃそのかわいらしさの裏に隠された別の顔があるんやで」と俺は美穂ちゃんを煽る。

「嘘やろ?真知子ちゃん見てたら分かるよ。素のままだよ。別の顔なんてある訳ないよ」

 美穂ちゃんが躍起になって否定する。

「聞きたくないならええよ」とクラッチを踏んで走り出そうとする俺に、「待っておじさん。う~ん…真知子ちゃんには悪いけどやっぱり聞かずにはいられない」

 美穂ちゃんがぺろっと舌を出す。

「分かった。実を言うと…」

「実を言うと」と、俺の言葉をオウム返しに繰り返す美穂ちゃんに、「真知子にはスピード感がないんや」

「スピード感がないってどういうことなん?」

「今日真知子と井本君な正式に付き合うごつなったごたるばって、7月の梅雨明けに井本君な真知子ばデートに誘っとるんよ」

「今年の梅雨は短かったよ。7月の第一週には明けてたけん」

「井本君な去年真知子が転校してきたときから気になっとって、自分の単車・DT400のリヤシートに真知子ば乗せてぇっち梅雨明けば一日千秋の思いで待っとったんやな」

「美穂ちゃんは250やったよね」

「DT400は2ストでパワーがあり過ぎてじゃじゃ馬やから私には無理」

「まぁ男の子やけ好きな女の子にゃええとこ見せてぇやろうし、特にDT400に乗っとるならスピード出してきゃ〜とか言わせてぇやん。井本も佐和子や達己からスピード感麻痺しとるって聞いとったばってん信じてなかったんよ。ばって蓋開けてみたらどげんスリルんある運転したっちゃ、真知子はまるでスピードば感じねぇみてぇにきゃ〜どころか顔色一つ変えんやったんや」

「高良山走行会んとき真知子自身の口から真相ば聞いて井本君な唖然としたごたる。達己ん野郎高良山とか九千部の林道攻めるんに初中真知子ば連れ出しよったげな。達己の本気度6分でお佐和は泣いて暫く動けんやったけんな」

「あの気の強い佐和子ちゃんが泣くやなんて…達己おじさんの運転っていったいどれほど凄いん?」

「スピードに関してはほんと気違いや。WRCの一流選手以上やと俺は評価しとる。ただ無名なだけや。その達己が本気度100%で操るランサーの横で平然としとるんぜ。度胸ちゅうよりやっぱり麻痺しとるんよ」

「信じらんない」と美穂ちゃん。

 真知子の話は美穂ちゃんの対抗心を煽るための伏線だ。

「ほいでよ」と意味有り気ににやっと笑う俺に、「何?おじさん感じ悪いぃ」

「気持ち悪いちゃ酷ぇな美穂ちゃん」

 俺は口を尖らせる。

「この対向車が来そうもない素晴らしい直線で俺のワンオフMRの性能試してぇな」

「いいよおじさんやってみたら」

「ほんとええん?」

「いいよ。私も伊達に250に乗ってないんやから」

「よっしゃ〜ありがとう。走る前に言うとくけど、道が狭いけ体感速度は実測ば超えて無茶怖ぇち思うばって途中で止めてちは言わんよね」と俺は美穂ちゃんにわざとらしく念押しする。

「言わないよぉ」

 美穂ちゃんが心外とでも言うようにぷ〜っと膨れる。


 窓を閉め切った。夕方でも蒸すが、閉めておかないと車体が浮き上がるし抵抗になる。

「なら行くぜ美穂ちゃん」

 ここまでの道路は空いてはいたが、ある程度アクセルを踏むとすぐ前の車で塞がってしまう。やっとフルスロットルにできると期待した遠賀町の直線ではネズミ取りに邪魔されてしまった。だが、今度こそ大丈夫だろう。ラブホテルまで遥か先、前方に車の姿は無い。

 俺は草食獣に襲い掛かるチーターの如く飛び出した。感覚では0~100キロ加速約5秒。若干暴れ気味のテールをストレートカウンターで抑え込む。フルスケール300キロスピードメーターを一気に駆け上がっていく針。あっという間に200キロを振り切ってまだ加速する。この細い道、この高速域ではもう側方の景色は肉眼では捉えきれない。スポット溶接・当て板など強度を上げたボディーだが、そこは40年前の設計、ビビり音・軋み音は致し方ない。

「美穂ちゃん怖くねぇか?」

 俺は声を張り上げた。

「何とか大丈夫みたい」 

 速度計が250キロを差したところでラブホテル前に達した。俺はステアリングを右に切って止まる。すぐに窓を全開にして首に掛けたタオルで汗を拭き取る。美穂ちゃんもハンカチで額の汗を拭った。

「暑ぃ!」

 美穂ちゃんが手を叩く。

「この車の加速凄過ぎる。ただ直線を走るだけなのにほんと怖かったよ。ワインディングロードだったら私とても耐えられんかった」

 俺は頭を掻いて、「美穂ちゃんも知っての通り、今日A界からやって来たばかりの俺はこの車の特性掴めてねぇ。直線はまだしもワインディングでこのパワーに相応しい腕があるかどうかは疑問やでぇ」

「自信の塊のようなおじさんにしては謙虚やね」と美穂ちゃんが意外という顔。


 県道17号線に出て、久留米高専を右に見、宝満川・筑後川を渡って久留米医大を過ぎ、明治通りから国道209号線に入る。

 美穂ちゃんの家は国鉄荒木駅の近くだという。俺は車をゆっくり走らせながら、「美穂ちゃん俺は今から美穂ちゃんの伯父や」とニッと笑う。

「大悟おじさんよろしくね」と美穂ちゃんがにっこり微笑み返す。

「ほいでもって美穂ちゃんの両親に刷り込んだ記憶の整理しとかないかんな」

「美穂ちゃんのお母さんの旧姓と生まれは?」

「松本で八女郡広川町だよ」

「なら今から旧姓は木村で熊本生まれや」

「あれっ、お母さんの記憶は変わるのに私の記憶は前のままだよ」

「当然やん。美穂ちゃんは俺の秘密知っとる唯一の人間なんやで」

「そっかぁ。例えば私が誰かの記憶を変えてっておじさんにお願いすることもできるもんね」

「記憶だけやねぇで事実も変わってしまうんや」

「美穂ちゃんごめんな。俺と知り合ったばっかりに今美穂ちゃんにはお母さんの実家が広川町やったっちゅう事実がないっていう真実があるんや」

「耐えられるや?」と俺は美穂ちゃんを見る。

 美穂ちゃんは微笑んで、「耐えられなかったらおじさんに記憶消して貰うから大丈夫だよ」

「そうか、ありがとう」

「まぁその他の細かいことは口から出任せ言うときゃ俺の無意識の力が何とかするやろ」

「おじさんの無意識の力ってほんと便利だよね」

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