35話 ラドン
「モノクロ写真か。物足らんな」と呟いた俺は閃いてパンと手を叩く。
美穂ちゃんが、「おじさん急にどうしたん?」
「真知子すまん。重要な事失念しとったごたる」
「真知子のアルバムん中の美千子の写真は当然モノクロよな?」
「うん」と頷く真知子。
「びっくりするなよ。実を言うと美千子のカラーの動画が残されとるんや」
「動画?!」
きょとんとする真知子。
『この時代にゃ動画って言うてもピンと来んやろうな。まだビデオデッキも発売されてなかった時代やけんな』
「美千子が21歳のとき達己と二人で怪獣映画にエキストラとして出たんや」
「えっ!」と真知子が頓狂な声を上げる。
「おじさん何ていう映画ですか?」と井本。
「昭和31年公開の空の大怪獣ラドンや」
「ガメラ・モスラ・ゴジラ・ラドン、4大怪獣です。知ってます」と井本。
真知子は顔を怒らせて、「そんな重大なこと、お父さん私に何にも教えてくれなかったよ。幾ら物臭お父さんでも酷い!」
『そりゃそうや。今俺が映画の内容変えたんやけんな』
「真知子怒るな。達己の奴、撮られたんは覚えとろうけど興味のねぇことにゃ全く無頓着な男やけんな」
「でも酷い!知ってたらリバイバルでやってる映画館がないか虱潰しに捜して生きてるお母さんに会えたかもしんないのにぃ」
真知子はふすっとしてそっぽを向く。
「でも真知がここまで怒るってよほど腹に据え兼ねたんやね」と佐和子が同情する。
気を取り直した真知子が、「おじさん、お母さんどんなふうに出演してんの?」
俺は得意気に、「ああ教えてやるよ」
「ラドンの映画上の舞台は阿蘇なんやけど実際の撮影場所は猪町炭鉱なんや」
真知子が、「えっ猪町なん!」
「貴重なカラーフィルムで炭鉱全盛時の猪町の様子がよう分かるぞ。問題のシーンはラドンが昭和30年に竣工したばかりの西海橋ば吹き飛ばすところや。撮影のときちょうど美千子と達己が西海橋見物に行っとったごたるな。生まれたばかりの真知子ば婆さんに預けてよぉ」
「私を預けて…」
「美千子は身体が弱かったけん真知子ば産んで暫く寝込んどったわ。ようやく身体が恢復したんば機に、組織がアメリカ軍から払下げて貰うたジープで達己が美千子ば西海橋にドライブに連れ出してラドンの撮影に遭遇したんや。ジープのウインドシールドば倒して、長い亜麻色の髪を靡かせながら近付いてくる真知子の美貌に監督が一発で心奪われて惚れ込んじまいやがった。俺が責任持って銀幕のスターにしたるけん上京せんかち口説いたんやが美千子はびしっと断った。ならせめて俺の映画にちょっとでもええけ出てくれっちいう監督の懇願ば受け入れてやったんじゃ」
「セリフもあって5分くらい映るぞ。ありゃエキストラじゃねぇ。監督よほど美千子にぞっこんやったんやな」と俺は笑った。
「確かシーンはこうや」
「美千子と達己が佐世保方面から颯爽とジープに乗ってやって来るんや。達己はスポーツ刈りにアーミールック。マッカーサーばりのレイバンのサングラス。美千子はベルト付きの純白のワンピースに鍔の大きい、これもまた純白のストローハット。ジープはカメラに大写しになったところで停止する。このカットは二人の仲睦ましい様子ば余すことのう俺らに訴えかけるぜよ。何しろ当時には珍しいカラー映画やけんな。美千子の透き通るごたる白い肌、自然な仕草はもう一端の銀幕のスターの貫録十分やったでぇ」
「美千子のセリフは確か…達、あれ何?恐竜?こっちに迫ってくるよ…やったかいな」
佐和子が羨ましそうに、「真知のお母さん達己おじさんを達って呼んでたんや。良いなぁ、強い絆を感じるよ」
真知子も、「私もお母さんがお父さんを達って呼んでたこと初めて知ったよ。お父さん何にも教えてくれないんやから」と口を尖らせる。
「余談やが、全国の劇場であの子誰やって美千子が話題になってな。それほど美千子は目立っとったんや。映画の配給元に問い合わせが殺到したんやけど監督自身美千子っちゅう名前だけしか知らんやったけんどうしようもねぇわな」
真知子は俺をキッと睨め付けた。
「おじさん観たい!絶対観たい!」
「でも…上映してる映画館なんてないよね」と真知子は項垂れる。
俺はニッと笑うと、「真知子、交換条件や。東大受けるか?」
「う、うん…仕方ない」と真知子。
「仕方ないか。さすが秀才真知子や」
俺はほくそ笑む。
「分かった。俺に不可能はねぇ。手に入れちゃる。ほいで上映会やっちゃる」
「上映会?!」
「実を言うと、大塚さんが『明美』で俺の歓迎会しちゃるって言うんじゃ。高良山に登った者は全員呼ぶ。まだ会ってねぇ者が居るけな。日時は8月25日や。お前ら身体空けとけよ。『明美』で飲む前に鳥巣の銀映貸し切って上映会したる」
「おじさん太っ腹ぁ」と成沢。
井本が、「俺らも酒かっくらっていいんですか?」
「俺は関知しねぇ」
里絵子が、「おじさんどんな料理が出るん?」
「さすが食い気の里絵子ぉ」と佐和子が揶揄する。
「お前ら楽しみにしとけよ。特上寿司ぐらいじゃねぇぜ。明美ちゃんに指示して山海のあらゆる贅沢な食物ば用意するごと言うたけな。およそこの日本でこれ以上は手に入らねぇっちゅうくらいのアラブの大富豪並みの豪華料理じゃ。金が有り余っとる俺が全部出すけん心配ご無用じゃ」と俺は豪快に笑った。
「真知子、美千子のスクリーンデビューのこと達己と康太にも伝えとけや。びっくりするぞ」
「うん!」と真知子が快活に答える。
『この笑顔、かわいい!A界に戻ったら地獄の北展が待っとるばって、この笑顔で乗り越えられそうや』
また閃いた。俺は創造主、何でもできる。真知子の喜んだ顔がまだ見たい。
俺は美穂ちゃんを廊下に連れ出す。真夏の太陽に焼かれていた視聴覚室前の懐かしい三本の棕櫚の木も、傾いた陽にやっと一息ついているようだ。開け放たれた廊下側の窓から視線を落すと、部活を終えて制服に着替えた下級生と思しき数人が中庭を歩く。俺と目が合った生徒が見知らぬオヤジの俺に怪訝な顔を向けて通り過ぎる。
美穂ちゃんは何でも分かってるよという顔で、「実際はそんなシーンないんやろ?」
「A界のラドンの映画にゃもちろんねぇよ。俺が咄嗟に思い付いて付け加えたんや」
「おじさんの力、ほんとに良い使われ方したよね」と美穂ちゃんがにこっと俺に微笑む。




