33話 舞い降りた天使
「まだ男尊女卑っていう言葉が残っとったあん時代、達己のごたる男は貴重やったんやねぇんか」
「男尊女卑…女性の私たちから見たら聞くのも汚らわしい嫌な言葉やね。富国強兵の産めや増やせやも女性に向けてのことやろ。女は大人しく家に居て当然の、子供を作るマシンかなんかと勘違いしてるよね。私たちは鶏じゃないっちゅうの。どお、真知子ちゃん?」と美穂ちゃんが憤る。
真知子も、「この時代は輿入れして三年子供ができなかったら石女って言われて勝手に離縁されてたんやろ。今とは価値観が違うって言っても惨い話だよ。私たち無機物じゃないっていうの」と美穂ちゃんに呼応する。
「産めや増やせやか…」
実際俺はA界に於いて子供は一人しか作らなかった。中国の一人っ子政策じゃないが、子供は一人で十分だと思っている。俺が小さい頃、両親は一人っ子を、親が死んで誰も頼る者が居らんごとなったらどうやって生きて行くんね、と片輪みたいな言い方をしており、俺もそれを鵜呑みにしていた。確かに当時は一人っ子が珍しかったが、今では子供三人の方が珍しい。好き者夫婦と蔑まれる。俺は三人兄弟だ。親父の死を切っ掛けに確執を取り払おうと努めたが、無駄だった。今、俺はしみじみ思う。この世に弟と言う名の縁者が居るというだけで虫唾が走る。できることなら一生会いたくない。存在自体を忘れたい。兄弟は血が繋がっているだけに他人より始末が悪い。死人に鞭打つようで悪いが、兄弟の仲に責任が持てないなら二人も三人も子供を作るなと親父と恍惚お袋に言いたい。
「おじさんどうかしたん?」
「おっとすまん。考え事しよったわ」
「おじさん悩みがあるんなら帰り車の中で聞いてあげるよ」と俺に微笑む美穂ちゃん。
「ありがたい。頼むわ」
真知子が、「美穂ちゃんじゃないと相談に乗れないことなん?」
「そうなんじゃ。すまん真知子」
…A界のことは美穂ちゃんにしか話してないから仕方ねぇ…
「なら続けるわ。あんだけの喧嘩狂や。当然警察にも目ぇ付けられるわ。佐世保に出て来た当時は何度か豚箱に放り込まれて臭い飯も食ったばって、まだ警察機構はしっかりと機能しとらんでアメ公のMPと共同で治安維持に当たっとった状態や。利権抗争は激しかったけな。そいば達己グループは半年で抑え込んでしもうたんや。そうなると裏社会に於ける達己の力量・影響力ば認めざるをえんやったけ暫くは警察も静観ば決め込んだんや」
真知子が、「おじさんの話の中に何回も半島人って出て来るよね。何となくは分かるけど…、何処の人なん?」
「今は蔑語になるけんあんまり使いとうねぇんやけど朝鮮人や。韓国北朝鮮の人やね」
「韓国北朝鮮の人?」と今度は佐和子。
「みんな1910年の日韓併合からの日本と朝鮮の関わりはある程度知っとるよな」と俺。
「戦時増産体制の中、多くの半島人が劣悪な環境の下、炭鉱で働いとった。北松半島の炭鉱でも同様や。日韓併合って教科書には載っとるが合邦や。植民地支配やない。やけんインフラ投資も日本本土よりも多かった。当時は半島人も日本人やったが、本土の日本人のごと赤紙で召集されて戦場に送られて死ぬよりましやったち俺は思うが」
「日本人に牛や馬のごつこき使われたち言いよるばってん本当のところは俺には分からん。そいが日本の敗戦と共に第三国人に変わったんや。朝鮮は日本の同邦やけん戦勝国でも敗戦国でもねぇ。やから第三国人や」
「成沢君が半島人やったらこの状況でどうする?」
「日本人に報復します」
「そうやな。半島人は豹変したでぇ。片っ端から日本人ば狩り出した。盗み・火付け・土地の不法占拠・強盗・強姦。もうやりたい放題。武装解除された日本人に抗う術はねぇ。闇市もほとんど半島人に仕切られとった。戦後の日本はアメリカ進駐軍の他に朝鮮進駐軍って呼ばれた半島人の勢力が治外法権並みに幅効かせとったんや」
「達己がメインに抗争したんが半島人や」
「さて」と、俺は正面の真知子の顔上に視点を据える。
「いよいよ美千子の登場じゃ」
真知子は背筋をぴんと伸ばして幾分緊張した面持ちになる。
「私の知らないお母さん、おじさん宜しくお願いします」
俺は苦笑いで、「宜しくお願いしますち言われても俺が在りし日の美千子ばどうこう出来る訳じゃねぇけ」
『俺は創造主!本当はどうにでも出来るんだが』
「ありのままのお母さんを語って下さい」
「分かった」と俺。
「徹底的に叩き潰されて表向きは従順にしとったが半島人は達己ば付け狙うたんや。達己さえ消せば達己組はがたがたじゃ。ほんと達己の野郎、命が幾つあっても足りねぇことばかりしやがる。今あいつが生きとること自体奇跡やで」
井本と成沢がごくっと息を呑む。
「いったい達己おじさん何をしやったんですか?」
「あいつは根っからの喧嘩好きや、ちゅうよりももう病気やな。もし歳が足りて戦闘機乗りになっとったら味わえたやろう空中戦のスリルば陸で実践しよるつもりにでもなっとったんか?」
「人気の無くなった夜、わざと無防備な姿ばそいつらに曝すんよ。組織も要の達己にそげな危ねぇことされたら死活問題や。奴が睨みば効かしとるっちゅうだけで何とか組織が保たれとるんやけんな。組織のNO2は達己命の山崎っちゅう男で奴に心酔しとったけ、バレたら大目玉食うんば承知で女のヤサ抜け出す達己ば隠れて尾行しよったっちゃ。懐に弾き忍ばせてよ。まぁほとんど出る幕はなかったばってんな。達己相手に素手で向かってくる者な居らんでぇ。みんな得物に刃物持っとうわ。達己ば殺ったとなったら箔が付くけみんな必死よ。殺し合いなんに達己ときちゃゲーム感覚でぼこぼこにしちゃりよった。七人くらいなら大丈夫やったんやねぇか」
井本が唸る。
「七人ですか…」
「刃物持った七人相手にどげな戦い方しやるんですか?」
俺はにやっと笑って、「聞きてぇか井本君?」
井本は目を輝かせて、「はいぜひ!」
俺は成沢を見て、「中学時代の成沢君な喧嘩んときある程度戦ったら逃げて逃げて逃げ捲って相手が諦めるんば待つやり方やったな」
「逃げるばそげん強調されたら俺恥ずかしいです」
俺は、「何が恥ずかしいもんか。立派な戦法や。負けんのやからな」
「ヤクザ映画とかで複数の敵に囲まれた主人公がよぉ、視界がまるで360度利くごとく立ち回って勝つてろ漫画や。有り得ねぇ」
「そうやろ井本君」
「はい。ご丁寧に一人づつ向かっていってますから笑えます。遠巻きにして囲んで示し合わせて円ば少しづつ縮めていって掛け声と同時に飛び掛かれば仕留められます。犠牲は出るかもしれませんが」
「達己の喧嘩殺法はまず囲まれねぇことや。後ろにゃ目がねぇけな。やけん兎に角俊敏に動き回って位置ば変える。そいで仲間から離れた奴ば瞬殺する。本当に殺す訳じゃねぇぞ」
俺はちょっと間を開けて、「まじぃな。女の子にゃ刺激が強過ぎる。達己の人格疑われるぞ」
佐和子が、「大丈夫だよ。達己おじさんも人の子やから若気の至りってこともあって当然やから。ねぇ真知」
真知子も頷く。
「分かった」と俺。
「残酷かもしれねぇが相手の抵抗力ば削ぐためにゃ見せしめが一番や。そんためにゃ倒した奴は死なん程度に徹底的に痛め付けるんや。達己は組んで腕ばとったら即行でへし折ったわ。刃物ば持っとったら取り上げて大腿に突き刺したった」
女の子たちがうっと目を瞑る。
「人間関節から折れて逆に曲がった腕とそいに伴う激痛、迸る血ば見たら闘争心なんか喪失してしまうもんや。あいつはタフな上に持久力がある。一人づつ仕留めながら兎に角走り捲って体力ば奪いへとへとにさせて簡単に料理しちまう」
「す、凄い!」
井本が目から鱗が落ちたように感心する。
「そいでその日も…」と俺はわざと言葉を切る。案の定真知子が食い付いてくる。
「その日って…?」
「達己と美千子の運命の出会いや」
真知子がごくっと息を呑む。
「達己はいつも通り散歩気分で人気のねぇ裏通りば流しよったっちゃ。後ろからは気付かれんごと山崎が尾行しよった。そしたら突然若い女の悲鳴が聞こえたんじゃ」
「お母さん?」と真知子。
「ああ美千子やった」
「声のする方に駈け付けた達己は女ば犯そうちする二人の半島人ば見つけたんじゃ。達己が怒鳴り上げたら半島人は直ぐに達己ち分かったごたるで、ビビりあがって恐怖に顔ば引き攣らせながら慌てて逃げて行ったちゃ。月明かりの冴えた日やったけん白い顔の殴られた跡が生々しかったし、激しく抵抗したんやろう、服はびりびりに破れてほとんど裸やったわ」
「山崎が言いよった。敗戦で何もかんも失った日本にこんな可憐な子が居たんやなっち。まるで荒んだ闇市街に舞い降りた天使みてぇやったちよ」




