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夢界の創造主  作者: クスクリ
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27話 念願成就

 美穂ちゃんとの掛け合いが楽しくて歩みが遅くなり時間を食ってしまった。また真知子たちを待たせてしまった。この時代、教室にエアコンは設置されてない。校長室くらいはエアコンが効いているだろう。真知子たちに会う前に涼ませて貰うとするか。

 第一校舎東側の正面玄関から入ると、右手の事務室から30前後の事務服姿の女性が慌てて飛び出して来た。眼鏡を掛けたこの子、結構かわいい。その様子、かなりそそっかしいようだ。仕事中、サンダルの皮紐を外していたのか、出て来る拍子に片方のサンダルが脱げたらしい。片手にサンダルを持ったまま、「出迎えが遅れてすいません。堺校長にくれぐれも失礼がないようにとキツく言い付けられていたのに」と何度も何度も頭を下げる。その仕草がも微笑ましい。

 俺は笑いながら、「そげん恐縮せんでいいけ。俺はしょうもない流浪人や」

「流浪人?」

 彼女は小首を傾げる。

「一所にじっとしとけんで全国彷徨いよる」 

 彼女は羨ましそうに、「自由でいいなぁ。私も彷徨ってみたいなぁ」と視点が宙に浮く。

「事務員さんお名前は?」

 彼女は快活に、「赤坂裕恵と申します」

 俺はニッと笑って、「赤坂さん独身?」

「もうおじさん、初対面のレディーに失礼だよ」と美穂ちゃんが俺の頬を抓る。

「い、痛ぇ」

「はい、今独身で彼氏募集中です」

 俺も美穂ちゃんもぷっと吹き出した。

「裕恵ちゃん、何と率直なお答えありがとう」と俺は西欧風エスコートの素振り。

 美穂ちゃんの耳元に口を近付けて、「裕恵ちゃんば川口に紹介したろう思うんやけどどげんやろか?」

「川口さんって?」

「あっすまん、川口は美穂ちゃんには初耳やったな」

「川口は江口の同輩で松浦線からの達己の後輩や。『とらや』には来れんやったごたるな。仕事やったんやろうよ。榎本の彼女の由起ちゃんに二人とも紹介頼んどるんやけど、どうも、優先権は達己の一の子分の江口にあるらしいけ川口までは難しいかもしれんしな」

「一の子分?優先権?」

 美穂ちゃんは首を傾げる。

「あっごめん裕恵ちゃん、あとで折り入って話があるんや。いい?」

「はい」


 赤坂裕恵が校長室のドアをノックする。

「校長、木村様がお見えになりました」と声を掛けた途端、堺校長が飛び出してきた。

「大悟さん会いたかったです」と堺校長は俺の右手を両の手で強く握って目に涙を溜めている。

「さっき成沢君から大悟さん、校内一周してから来られるって報告受けたもんで玄関前で待ってたんですが、急用で校長室に戻らねばならずお出迎えできませんでした。すいません」

『俺を大悟さんっち呼ぶんならここは親しみ込めてファーストネームで呼んでやらずばなるまいや』

「正美ええっちゃ。俺は流浪人なんやから」

「大悟さんに正美って呼び捨てにされると昔が蘇って若返ります」と堺校長の顔が綻ぶ。

 俺と美穂ちゃんは質の良い応接台に堺校長と向かい合って座った。さすがは校長室、空調がよく効いている。俺は帽子を脱いでタオルで額の汗を拭き取る。


 応接台の上にはガラス製の大きな灰皿とライター。室内をくるっと見回す。左手には五段の本棚、教育関係の蔵書がずらっと並んでおり、右手のショーケースには部活のトロフィーと盾。

 コンコンとノックの後、赤坂裕恵がよく冷えた麦茶を置いて下る。

「裕恵ちゃん後でね」

 彼女はにこっと微笑んで、「はい分かりました」 

 堺校長が訝しんで、「大悟さん、赤坂さんに何かご用があったんですか?」

「正美気にすんなや。こっちのことや」

 …でもおじさん何て良い性格してんの。赤坂さんって呼んだんは最初の一回だけ。後は全部裕恵ちゃんなんて。ほんとに向こうの世界では口下手で奥手なん?信じらんないよ…

「正美、天龍寿司の特上握り頼んでくれたか?」

 堺校長は不可解な面持ちで、「鳥巣初めてですよね。天竜寿司ご存じなんですか?」

「まぁ気にすんなちゃ。お前も食えや」

「はいご馳走になります」

 俺が鳥巣の寿司屋で覚えているのはいつも目にしていた看板から槍田町の天龍寿司だけだ。食ったことはない。鳥巣に住んでいた頃の家の家計では一般の寿司屋に入るなど恐れ多い良いから天龍寿司を食ってみたかった。


「でも大悟さん、本当に心配してたんですよ。戦友会でお会いして以来20年以上音信不通でいったい何をしてらっしゃたんですか?」

 俺はにやっと笑って、「流浪人やけ全国放浪して回っとったんじゃ。正美心配掛けてすまんやったな」

「大悟さん足は傷みませんか?」

「まぁ俺も50過ぎて体力が落ちたせいか足が痛ぇときゃ杖ば使うこともあるがよ」

 堺校長は暫く言葉を失う。

「正美何気にしよんか。お前のせいじゃねぇ。俺の未熟さが原因なんじゃ」

「お前はいつも湿っぽいんじゃ。足一本てろどうってことねぇやろ。お前が気にするほど俺は何とも思ってねぇよ」

「忘れろ。笑えちゃ」

 俺は堺校長の頬を両手で抓んだ。卑屈な笑いにはなったが、「そうじゃそれでいいんじゃ。いつまでもくよくよと過ぎたこつ気にすんなら俺は二度とお前に会いに来んけな」

「すいません大悟さん、心しときます」

 堺校長は顔を上げて、「ところでそちらの方は?」

「紹介が遅れちまったな。俺の姪の野中美穂ちゃん。今北九大の四年で高校教師目指しとる」

「教員採用試験受けたの?」と堺校長。

「私佐賀県を受けて7月の一次試験通ったんです。後は今月19日の二次試験頑張るだけです」

 俺は膝を叩いて、「何美穂ちゃん佐賀県受けたんか。ほんなら鳥巣高来たらええやん」

「でも試験は受かっても採用があるかどうかが問題やから」と美穂ちゃんは弱気だ。

「正美、教育委員会に顔利くか?」

 俺は創造主だからこのくらい何とでもなるのだが、せっかく会った正美の顔を立てて一応頼む振りくらいはしておくかくらいの感覚だった。

 若干の間を置いて、「任せて下さい」と堺校長は胸を張る。

 間が気になった俺は、「正美無理せんでええで」

「大悟さんに受けた返しきれない大きな恩に少しでも報いることができるなら、職を賭しても美穂さんをこの鳥巣高に迎えてみせます」

 俺は変な使命感に燃える堺校長に、「そうか」と応えるしかなかった。 


「校長先生湯村です。入ります」と一度聞いたら耳に残って離れない女の子の甘いかわいい声がした。

 えっ真知子!

 ドアが開いて現れた真知子はまるで妖精のような超美少女だった。A界で生きる辛さに押し潰されそうな俺が眠りに就く度に、もし奇跡というものがあるのなら一生を終える前に夢で一度会ってみたいと恋い焦がれた真知子。その彼女が今俺の眼前に居る。俺は条件反射的に頬を抓った。痛い、現実だ。 

『凶悪志願』の中で佐和子が言っていたことが頭に浮かぶ。

 …真知は自分の凄さが解ってない。私たちはもう一年以上一緒に居るから慣れたけど、初めて真知を目にした者はこの世にこんな美少女が存在するんと愕然としてしまう…

 まさにその通り、俺は夢遊病者のように立ち上がって呆然としてしまった。

 純白の夏服、直視したら目が潰れてしまいそうだ。

 そんな俺を尻目に美穂ちゃん、「うわ〜もしかして真知子ちゃん?かわいい!お人形さんみたい」

 持ち上げられて面食らっている真知子に寄って行って握手を求める美穂ちゃん。

「私、おじさんの姪で野中美穂といいます。宜しくね」

 応じて、真知子も満面の笑顔で、「湯村真知子です。こちらこそ宜しくお願いします」


 後から、佐和子と里絵子もやって来た。

「もう校長先生、おじさん独占し過ぎ。待ち草臥れたんやからぁ」

 佐和子が不服そうに口を尖らせる。

 堺校長は頭を掻きながら、「ごめんごめん、私も20年ぶりに会った大悟さんと積もる話があったもんでね」

 真知子が美穂ちゃんを佐和子と里絵子に紹介した。

 俺は三人に、「だいぶ待たせてしもうたな。ごめんな」

 …俺が真知子に刷り込んだ記憶ばっちりかいな?…

「真知子、俺のことちゃんと覚えとるか?」

「うん、顔ははっきり覚えてなかったけど記憶はしっかり残ってるよ」

「でも、おじさんと校長先生が知り合いやなんて知らんかった。朝突然おじさんが私に会いに来るって聞いて本当にびっくりしたんやから」

 真知子が不思議そうに、「でもどうして学校なん?」

『来た、当然の質問。おじさんどんな口から出任せ言うんやろ?楽しみ』とは美穂ちゃん。

「いや〜、俺と達己の兄貴正之は14歳で予科練に行ったんやが、男女共学の普通の高校の空気ば吸うてみたかったんや。そいにあの正美がこの鳥巣高で校長しよるっちいうしな」

 佐和子が神妙な顔で、「あのね私ね、おじさんが未来が分かる不思議な力を持ってるって真知から聞いてどうしても会いたくて無理言って学校に残ったん。おじさん迷惑じゃなぁい?」

 俺はにやっと笑うと、「俺も会いたかったでぇ。達己にいろいろ聞いとったしよ」

 佐和子は訝しんで、「いろいろって?」

「達己がお佐和って呼んどることも…特に…」

「特に?」と佐和子が繰り返す。

「お佐和のおっぱいが大きいこともな」

 途端、佐和子は胸を腕で覆って、「もうおじさんのエッチ!」とかわいく頬を膨らます。

『おじさんのトーク凄い。何気なくお佐和か。初対面の女子高生ともう打ち解けてる』とは美穂ちゃん。

「さぁて」

 俺は里絵子を見て、「成沢君とは上手く行っとるみてぇやな」

「はい」と里絵子はにこにこ微笑みながら、「今日一番おじさんに会いたかったのは私なん」

 里絵子はもじもじしながら、「おじさんは未来が分かるって真知に聞いたんやけど…希望を叶えることはできるの?」と上目使いに俺に訊いてくる。

 俺は、「さぁどうかな?里絵ちゃんの心掛け次第かな」と言葉を濁す。

『あれっおじさん何か魂胆があるんかな』とは美穂ちゃん。


「ちわっす」

「特上握り15人前お待ちぃ」

 気風の良い掛け声ともの出前が運ばれて来た。

「おっご苦労さん。幾らかいな?」

「22500円になります」

「あいよ」と俺は気軽に財布から万札を3枚取り出して渡す。

「へい、お釣りが7500円と」

「2万円…!」

 真知子の目が点になる。

「待たせた詫びじゃ」

 右手の人差し指を唇に、「おじさん、私たちには贅沢のような気がするんやけど…」

「ちっちっ」と俺は眼前で右手の人差し指を振って、「真知子の主婦感覚は貧乏臭ぇ。国鉄の安月給と一緒にせんでくれよ。達己に聞けや。俺は遊んで暮らせる大金持ちなんや。俺と居るときゃ金銭感覚麻痺させぇや真知子」

 美穂ちゃんが笑いながら、「真知子ちゃん、おじさんは一度出したものは天地がひっくり返っても引っ込めないよ。なんてったって太っ腹やから」

「美穂ちゃん俺の腹は出てないぜ」と俺はわざとらしく腹を摩る。

 佐和子が白い目で、「おじさんもしかしてそれオヤジギャグ?」

 俺は頭を掻いて、「お佐和ご免、寒かったかいな?」

「でもおじさんのギャグのお蔭で少しは涼しくなったんやない?」の里絵子のぼけにみんなぷっと吹き出した。

 里絵子が、応接台の上に五人前45貫づつ三重に積まれた特上握り用の重厚な丸桶を、喉をごくっと鳴らして覗き込む。

「こんな豪勢な握り寿司見たことないよぉ。鯛にイクラにウニ、これは…?」

「里絵ちゃん、大トロじゃ」

「これが大トロ、初めて実物見たよ」

「正美、丸桶一つ置いて行くけ事務室の裕恵ちゃんにも食わしてやってくれや」

「大吾さんありがたく頂きます」と堺校長。

 真知子がきょとんとして、「おじさん赤坂さんと知り合いなん?」

「さっき知り合いになった」としれっと応える俺に佐和子が、「おじさん顔に似合わず手が早いんやぁ」とにたっと笑う。

「若い子と友達になるくらいの権利、オヤジにもあるくさ」と唇を尖らせてヤケになった言い方をした俺に、女の子四人が爆笑する。

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