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夢界の創造主  作者: クスクリ
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26話 校内散策

 康太の話に夢中になって背後から人が近付いてくることに気付かなかった。「すいません」という掛け声とともに俺と美穂ちゃんが同時に振り向く。そこには細身で長身の生徒が立っていた。夏服のカッターシャツをマンボズボンの上にだらっと垂らし、上の釦2つを無造作に外してTシャツの胸を開けたヤンキー風着こなし。

 …この風体、もしかして里絵子の彼氏の成沢か?…

「俺成沢って言います」

 …やっぱりか…

「もしかして湯村のおじさんの大悟さんじゃありませんか?」

「あぁ確かに俺は木村大悟や」

 成沢ははにかんだ笑顔で、「よかったぁ」

「やっぱり大悟さんでしたか。校長が俺ら五人組に、大悟さんは自由なお人やから時間に縛られるのが嫌でふらっと来られるかもしれないからもし校内でそれらしき人を見かけたらすぐ知らせてくれって言われてました」

 俺は、「五人組っちゃ?」

「俺と井本、湯村、北村、藤田のことです。7月くらいからみんなにそう呼ばれるようになりました」

「へぇならいつもつるんどるんやな」

 成沢は頭を掻きながら、「井本と湯村は学校の有名人で後の3人はおまけです」

 俺はにやっと笑って、「何言よるん?成沢君なインターハイで全国5本の指に入る俊足ランナーやないか」

 成沢は、「ありがとうございます」と頭を下げて美穂ちゃんに目を遣った。

「おっとこっちは俺の姪の美穂ちゃんや」

「成沢さん宜しくね」と美穂ちゃんが握手を求め、成沢も気軽に応じる。

「そんなら俺、校長と湯村に知らせてきます」と踵を返した成沢に、「正美は校長室やろうけど真知子は?」

「湯村はみんなと教室に居ます」

「みんなちゃ?」

「5人組です」

 …ラッキー。みんな居るんか。今日会えるんは真知子だけかと思うとったが嬉しい誤算じゃ…

「成沢君みんな昼飯まだ食ってないやろ?」

「はい」

「なら校長に、天竜寿司に特上寿司15人前注文するごと言うてくれ。そいと、成沢君と井本君は単車か?」

 成沢はきょとんとして、「そうです」

 俺は財布から1万円札を6枚抜き取ると、「俺と美穂ちゃんは校内ば一周して来るけ、これでお菓子でも何でも好きな物買うてきぃや。釣りは受け取らんけん残りはみんなで分けてくれ」と成沢の手に握らせた。

 成沢は困惑した顔で、「大悟さんいくらなんでもこれはちょっと多過ぎます」

「成沢君俺は金持ちなんじゃ。幾らでも金が湧いてきて困っとるんじゃ」

「まさか冗談でしょ」と成沢。

「成沢君もう遅いよ。おじさん一度出した物は絶対引っ込めないから諦めた方がいいよ」と美穂ちゃんが達己のお株を奪う。

「成沢君要らんならその辺の恵まれない子供にでも施してやってくれや」 

「ならな」と遠のいて行く俺らを成沢は唖然として見送る。


 …懐かしい。本当に懐かしいぜ…

 美穂ちゃんが感慨深くきょろきょろする俺の表情を下から覗いて、「おじさん生きててよかったぁ?」と笑う。

「何?俺が残り少ねぇ命んごたるやん」

 俺は美穂ちゃんの額を軽く小突く。美穂ちゃんが舌を出す。左手の購買部のカップ販売式の自販機が目に入った。この時代の自販機はコカコーラの独断場だ。引き寄せられるように寄って行った俺は製品を確かめる。

 …あった!ゴールデングレープ…

「美穂ちゃん美穂ちゃ、喉乾いたやろ何か飲もうや」

「おじさん声が踊ってるよ」

「そうなんや。ここにゴールデングレープってあるやろ。数年で無くなってもう飲めんって思うとったんや」

「私も初めて見た。ファンタにこんな種類があるなんて知らんかった」

 一口飲んだ美穂ちゃんは、「美味しい」と溢れん笑顔。

「そやろそやろ」と俺も満足だ。


 第二・第三校舎とプールに挟まれた未舗装の通路を歩く。第三校舎の右端は生物室だ。第一グランドに近付くと野球部の元気な掛け声が聞こえてくる。視界の右手にバックネット、左手にゴール。サッカー部は野球部の練習中はひたすらシュート練習のようだ。ある大会ある大会いつも注目される野球部は部活の華だ。それに比べてサッカー部の地味な存在は否めない。やっぱりプロがあるかないかの差か。

「美穂ちゃん、女の子にモテるんは野球部とサッカー部どっち?」

「う〜ん、やっぱり野球部かな。甲子園があるし。実は私、ピッチャーの子に憧れたことがあったん。三年のとき、万年1回戦敗退の野球部が福岡大会のベスト4まで行ったん。ピッチャーの森尾君の活躍で。あの頃の彼格好良かったぁ」と美穂ちゃんはうっとり顔。

 俺はにやにやしながら、「へぇ森尾君か。好きやったん?」

「えへへ」と照れる美穂ちゃん。

「どしたん?」

「私おじさんに高校時代付き合ったことがあるって言ったやろ。実は森尾君なん。彼、女の子の憧れの的やったからみんなに羨ましがられたよ」

「確か遠距離になって自然消滅したって言うとったよね」

「うん、彼明治に行った」

 美穂ちゃんは俺を見て、「おじさん遠距離って上手く行かんね。最初は電話とか手紙とかで上手く繋がってられたんやけど、その内東京の大学に行った友達から彼の噂を耳にするにつけて気持ちの擦れ違いが多くなって。彼からの連絡も途絶えて私も連絡せんようになっちゃった」 

「まだ彼氏に気持ち残っとん?」

「分かんない」


 俺は指差して、「美穂ちゃんあのプラタナスの木、思い出深いんじゃ」

 俺は木の下に寄ると右手でぼんぽんと幹を叩いた。

「どんな思い出なん?」

「嫌な思い出?」

「高校時代2度目の失恋じゃ。結局俺は女の子と付き合うことができんやったけど美穂ちゃんは良い思い出じゃん」と俺が頬を膨らますと、「確かにおじさんに比べればね」と白い歯を見せる。

「あっ美穂ちゃん笑ったぁ。俺を馬鹿にしたなぁ」 

 俺は冗談っぽく怒って見せる。

「ごめんなさいおじさん。そんなつもりじゃないけん傷つかんでね」

 美穂ちゃんは、「おじさんどんまいどんまい」と俺の背をぽんぽんと叩いて慰めてくれる。

「おじさんどんな失恋やったか私に話してみて」

「俺ら鳥巣高校の体育祭って独特なんや。まさに卒業していく三年生のためにあるようなもんなんよ。支配者は三年で全権ば握っとる。下級生は奴隷、絶対服従で口答えは許されねぇ。体育祭の本番は9月下旬にあるんやけど、準備期間は20日間の長丁場や。ほんと三年には天国、パラダイス、ユートピア、理想郷やで」 

「鳥巣高に入学した一年はひたすらこう祈るんや」

 俺は合掌して瞑目すると、「早く三年になれますように」

 美穂ちゃんは目を丸くして、「凄い体育祭!」

「ニ学期の始業式の日、三年が大挙して一年二年の教室に説教しに押し掛けてくるっちゃ。日頃は優しい感じのいいお姉さんやなち好印象やった三年の女子の豹変ぶりにゃビビったぜ」

「お前は男か!付いとんのか!声が小さい!舐めとんか!ってな調子や」

 美穂ちゃんがきょとんとして、「付いとるんかって何が?」

「決まっとるやん、男のシンボル」

 美穂ちゃんは顔を赤らめて、「女の子が…!」

「それ怖いぃ!」


「明善も確かに三年生に発言力はあったけど説教とかはなかったし普通の体育祭やったよ」

「体育祭は顔が良かろうが悪かろうが、スポーツができようができまいが、頭が良かろうが悪かろうが、三年っていうだけでヒーローにしてくれるんや。俺らにとって体育祭ちゃ何でもできそうになる麻薬や。やから体育祭期間中は上級生が下級生に告り捲る。成功率も高かったでぇ。実際、ダチの告りに付いて行って見事成功したんこの目で見たけね」

「体育祭の出し物は各部…、おっと説明せな分からんよね。鳥巣高は文系が3クラス、理系が2クラス、女生徒だけの家政科が1クラスの計5クラスあるっちゃ。体育祭では家政科はどこかの部に所属して5部組織されるんやけど、各部それぞれテーマを決めて、それに合った大きなパネル画と仮装行列で競うんや」

「面白そう」と美穂ちゃんの瞳が輝く。

「で、俺が三年のときのテーマはルパン3世やった。仮装行列でオリバー君ば登場させようち俺が提案した。オリバー君ちゃぁ、1976年にチンパンジーと人間の中間にあたる未知の生物、ヒューマンジーちゅう触れ込みで来日して話題になるチンパンジーや」


「美穂ちゃん前置きが長うなったばってんここから本題に入るけん」

「ふぅやっと彼女のお出ましかぁ、長かったぁ」と美穂ちゃんが大業に溜息を吐く。

「もう喋らん」と俺が気分を害した振りでぷいとそっぽを向くと、「おじさん冗談やから…お願い、美穂にお話し聞かせて」

 美穂ちゃんが真顔で俺に手を合わせる。俺は得意気に右手の人差し指で鼻を擦って、「分かった。ほんじゃ話したろう」

「第一校舎と第二校舎の間の中庭に3本の棕櫚の木があって、その樹皮ば剥いで男性下着にテープで貼り付けて即席のサルの着ぐるみば造ったっちゃ。そん作業ば手伝ってくれたんが一年の家政科の女の子やった」

「かわいい子やったぁ?」

「かわいい子やったばってまだ好きっていう感情まで行ってねぇよな。高校生活も残り半年、俺は兎に角一度でえぇけん女の子と付き合ってみたかったんよ。そのために何とかOKしてくれそうな子ば体育祭期間中、全身ば目にして物色しよったんや。周りのダチも、三年は今ヒーローやから絶対成功するっち無責任に俺ば後押ししてくれるしよ」

 美穂ちゃんは冷ややかに、「確かに無責任ね。三年生は体育祭の中心で、その指図に下級生は従わざるを得ないようやけど、恋愛感情は支配の外だよ」

 俺はがっくりと首を折って、「美穂ちゃんの言う通りや。俺らは浮かれ過ぎとった」

「俺はその子をこのプラタナスの木の下に呼び出して告って見事に玉砕した」

「でもおじさんかわいそう」と美穂ちゃんが同情してくれる。

 俺が意味なくニッと笑うと、「美穂ちゃ〜ん」

「なぁにおじさん、感じ悪いぃ」

「今日5度目のおじさんかわいそう、やで」

 美穂ちゃんは口を尖らせて、「数えてたのぉ?おじさん人が悪いぃ」

 俺は皮肉をたっぷり込めて、「美穂ちゃんかわいそうな俺に5度も同情してくれてありがとう」と頭を下げた。

「もうおじさんったらぁ」

 美穂ちゃんがぷっと吹き出す。

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