21話 三好自動車
再び車を発進させた俺は、左手の堺輪業を過ぎ、右手に歯科衛生士専門学校を見て、まだ元気に営業している俺ら鳥巣高生がよく利用した国松商店を直進すれば鳥巣高だが、ここを右折した。左方の八坂神社を過ぎ、佐賀銀行の四つ角を右折、左に祐徳観光、その対面に喫茶・アムール、このちょっと先に道幅車一台分の脇道が右に鋭角に伸びている。電電公社の裏、西鉄鳥巣営業所に出る道だ。この道沿いの右手に目指す幻のラーメン店、『とらや』がある。でも、この道沿いにはもう一つ、俺に関係するこのB界での名所が…
俺は右手に眼を配りながら車をゆっくり進める。
「おじさんどうしたん?また道草?」と美穂ちゃん。
「申し訳ねぇ。何しろ40年前の古き良き時代の愛すべき鳥巣にゃ、素通りできねぇところが有り過ぎる」
美穂ちゃんは、「いいよ。私おじさんにとことん付き合うけん」と笑ってくれる。
側面にテントを張って廃品と見紛う錆び捲ったパーツを堆く積み上げた、車一台しか入らない、薄汚いバラックのような狭い修理工場から聞こえてくる調整中と思われる甲高いエンジン音。草茫々の敷地に停まっているのはモスグリーンのTE27レビンとオレンジのGTO・MR、ボンネットが開けられたイエローのセリカGTV。
「今度はここ?」
「あぁ、達己の行きつけ三好自動車や。もしかしたらここに達己が居る」
強い日差しに焼かれた凹凸の地面はかちかちに固くなっていて、乗り入れるだけで車が前後左右に激しく揺れる。薄暗い工場の中に馬ジャッキでリヤを支えたモスグリーンのランサー。ランサーの下に人が居る。もしかして達己か。
車から降りて、にやにやしながら腕組みしてこの光景を楽しむように眺める俺に、訝しんだ美穂ちゃんが、「おじさん中に入らんの?」
「いや、俺に気づいた達己のリアクションに興味があってよ」
「おじさん趣味悪いぃ。でもそれは刷り込まれた記憶でしょ」
「ほんでもそいがどんくらい深く俺と達己の絆になっとるか美穂ちゃんにも興味あるやろ?」
「それは…うん」と美穂ちゃんが頷く。
その内、車体下から徐に這い出てきた達己が俺に気付いた。達己は幻でも見るかのように目をぱちくりさせながら何度も汚れたツナギの袖で顔を拭う。
やっと信じられたのか、一声発した。
「あ、兄貴!」
その声に応じて俺が右手を挙げてやると、「まさか…兄貴…兄貴やないですか」
俺の手を取って今にも小躍りせんばかりの歓喜の表情、これには美穂ちゃんも嬉しそうに顔を綻ばせる。
「達己、『とらや』にラーメン食いに行こうや」
へっ!という顔の達己。
「もう性急過ぎるよ。会って直ぐやなんて」
「達己さんだってまずはおじさんと話したいこといっぱいある筈なのにぃ」とは美穂ちゃん。
「兄貴、『とらや』のラーメン何で知ってあるんすか。確か鳥巣は初めてっすよね?」
「お前だいぶ前に鳥巣にゃ美味いラーメンがあるっち手紙に書いとったやねぇか。俺は美味いラーメンには目が無ぇけよ、わざわざ鳥巣くんだりまで来てやったんじゃ」
…また始まった。おじさんの口から出任せ…
美穂ちゃんは呆れ顔だ。
達己は怪訝な顔で、「兄貴に久しぶりに会えて無茶嬉しいんですが、俺が門鉄行きん帰りに寄ってもほとんど留守の兄貴がラーメンが目的で鳥巣に来られたんですか?」
俺はさも当然の如く、「そうや。おかしいや?」
「まぁえぇやねぇか俺んこつはよ。俺は自由人やけ行きてぇち思うたときにぶらっと旅に出るんが好きなんじゃ。腹減ったぜ。兎に角早ぅ行こうや」と俺は達己の返事も待たず踵を返して歩き出したが、ふと足を止めた。
「おっと達己、確か中にゃ、榎本・大塚・江口・もしかして明美ちゃんも居るんやねぇか。三好さんも呼んで来いや。まとめておごっちゃるわ」
「ほな先に行っとるぞ」と言い残すと俺はさっさと歩き出した。
美穂ちゃんが、「ちょっとおじさん待ってなくていいの?」
「ここん目と鼻の先が『とらや』や。どうせこの工場はあって扇風機だけやろうしよ、ラーメン屋言って涼んどった方が賢ぇや」
「そういう訳ね分かった」と美穂ちゃんも納得顔。




