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夢界の創造主  作者: クスクリ
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19話 鉄心入りヌンチャク

 ふと視線が足許に落ちた。B界の湯村家が猪町から引っ越してきて1年ちょっとなら、この宿舎の畳は張り替えてまだ間もない筈だ。畳表が真新しい。さすがに天然イグサの発する香りは消えてはいるが。

 A界の俺の築40年の茅屋はもう購入して十数年も経つが、張り替えたばかりだった畳表は経年劣化して毛羽立って破れ、寝転がったとき肌を刺してちくちくする。だからと言って、畳表の張り替えなど俺の財力ではとても無理だし、大仕事になる。せいぜい数年に一回ほど、2・3千円のイグサのゴザを敷き替えるぐらいだ。 

 死んだ親父が言っていた。

 …国家公務員はええ。何ちゅうてもちゃんと官舎があって家賃な5千円やけんな…

 その親父の言葉に付け足すなら、官費で三年に一回、畳ば張り替えてくれるけんな、と。

 俺はニッと笑って、「美穂ちゃん、若いかわいい男の子の部屋やけんあれこれ触らんようにね」

「おじさんもしかしてさっきの意趣返し?」と、美穂ちゃんが やや媚びた上向きの視線を送る。


「うわ〜凄い!歴史上の出来事・人物が部屋いっぱいに貼ってあるよ」

「あぁ、俺もやったわ。いつも目に曝すこつで記憶に焼き付けるんじゃ。康太は真知子と違って自分が凡才っちゅうこと自覚しとうけんな」

「世界史の項目が多いみたい」

「康太は世界史派で真知子は日本史派じゃ。真知子は秀才やけ一度記憶したことは忘れん。正之の血ば引き継いどる。この前の県下一斉模試で佐賀県トップじゃ」

「佐賀県トップ!」

 美穂ちゃんが唖然とする。

「京大東大も合格圏やない」

 俺はにやっと意味有り気に笑うと、「本人は九大が第一志望ばって、さて周りが許すかいな。鳥巣高はまだ東大合格者1人しか居らん筈やで」

 俺は開けた襖の左手に置かれた、上段が取り払われた二段ベッドに寝転んでみた。目を閉じると、猪町の町営住宅が浮かんでくる。二段ベッドは昭和40年代初頭、所得が少なく兎小屋住宅に我慢せざるを得ない貧乏人の必需品となっていたが、俺と弟は、佐世保の近藤虎家具店で大枚叩いて購入してきた親父の思惑通り、西洋式の生活スタイルにはしゃいで上段を取り合った。兄貴の威厳で最初は上段に収まっていた俺だが、足を失って下段に替わらざるを得なくなった。

「おじさん眠らんでよ」と美穂ちゃん。

 締め切った四畳半の蒸し暑さに、美穂ちゃんが庭側の窓を開けてくれた。

「暑ぃで眠れる訳ねぇで。ち〜と昔の余韻に浸ってみよるっちゃ」

 美穂ちゃんが机上に立てられた世界史の参考書を手に取って捲ってみる。

「何度も何度も目を通してその度に赤鉛筆でなぞったんだね。どのページも真っ赤になってる」


 美穂ちゃんはふっと机の横のフックに掛けられた女の子用の手提げ袋に気付く。

「あれっ、もしかしたら美代ちゃんの手提げ袋やないん。またこの部屋に戻って来るんかな?」

 俺はんっと起き上がった。

「美穂ちゃん、そん中に面白いもんが入っとるぞ。中見てみてん」

「だめだよ。女の子の手提げ袋の中勝手に見るやなんて」と躊躇う美穂ちゃんに、「美穂ちゃん俺が責任取るけ大丈夫って」

「おじさんまたその言葉…」

 気乗りしない様子で手提げ袋に手を掛けた美穂ちゃんは、「お、重い…いったい何が入ってんの?」と中を見た。

「何これ?警棒のようなのが四本入ってる…美代ちゃんの持ち物?」

 俺はベッドから立ち上がって中の物を取り出した。二対入っている。ずしりとした重さだ。

 …こいが鋼の鉄心入りヌンチャクか…


「美穂ちゃん、康太のヌンチャクや」

「ヌンチャクって何なん?」

「ブルース・リーの燃えよドラゴンっちゅう映画知っとお?」

「うん、去年流行った空手の映画やろ。私見とらんけどブルース・リーって凄い人気だよね」

「正式に言うたら空手じゃのうて少林拳なんやけど、ブルース・リーが映画の中で大人数の敵をバッタバッタ倒していったときに使うた、沖縄空手の武具がヌンチャクなんや」

 美穂ちゃんはヌンチャクに目を留めたまま、「それどうやって使うん?」

 俺は両の棍を掴んだ腕を伸ばして、「俺、大学のとき空手部やったん言うたかいな。毎日毎日練習練習できつかったでぇ。練習終わって部室に戻るとき、足が痛うて階段の手摺持って上がったわ。遠征合宿が一番辛かったかいな。一般の大学生活楽しむ暇なんて全くなかったちゃ。文化部の者が羨ましかったでぇ。ほいでも義足やっち健常者と同じごつ、いやそれ以上に練習して強くなればレギュラーになれて試合に出れるっち信じとったんや」

「ばってん世の中そう甘くねぇわ。はっきり言うて障害者は除け者や。まぁしょうがねぇよな。練習の組手んときはみんな仲間やけん左足ば攻撃してこんやったばって、試合となれば容赦ねぇ筈や。一度そう強うない同期と試合したとき、ほんとぽんと軽~く蹴られただけやったんに左足の膝関節が折れたんやねぇかち思うくらいの激痛で悶絶したもんな。対外試合やったら靴下履く訳いかんけ義足っちすぐ分かるわ。俺の身ば心配して試合に出せる訳ねぇ。そいが辛うて堪らんやったけ四年のときは休部して部活は一切せんやったちゃ」

「おじさん空手好きだったんやね。かわいそう」

「じゃぁ四年生のときは普通の学生のように西南のキャンパスライフ謳歌したんだ」

「美穂ちゃんの言うこつ当たってはおるけど…」

 美穂ちゃんはきょとんとして、「けど…」

「ひたすらヌンチャクの練習しよったわ」

「物は試しや。ちょっとやって見せたるわ。ここは狭ぇし庭に出てみゅうや」


 居間の縁側から外に出た。サンダルがちょうど二人分ある。持ってみて分かる。この鋼の鉄心入りヌンチャクは半端じゃない。模造刀じゃない本身の日本刀は重くて真面に振り回せないと聞く。片手で切り捲る映画・ドラマは戯言だ。このヌンチャクもまさに本身の日本刀の重厚感、膂力のない者が振ると只じゃ済まない。

 …ばって本当に康太は中坊か?こげなもんよう振り回し切るなぁ。巨人の星のアームストロング・オズマの見えないスイング宜しく、見えないヌンチャクたぁまさにこの世のもんじゃねぇぜ…

 …ダメや。下手に振ったら頭蓋骨陥没や…

 俺は泣き言を言うが如く、「美穂ちゃん、こりゃ鋭い刃物以上の凶器や」

 美穂ちゃんはしゃがんで、両手を頬に俺を見ている。

「そんなに危険な物なん?私には棒を鎖で繋いだだけに見えるけど」

「康太の手に握られたヌンチャクは動き出したら見えんって言よったわ。その威力は重ねたブロック二個は軽く粉砕して、小技では飛んどるハエ叩き落とすげなぜ」

「うっそ〜!ブロックはできんこともないような気もするけど、飛んでるハエってハエ叩きで追い捲っても簡単には落とせんよぉ」と、美穂ちゃんは開いた口が塞がらないようだ。

「俺も下手に扱ったら怪我するごたるけ使い方が分かるくらいに回してみるわ」

 俺はヌンチャクを脇に挟んだオーソドックスな構えで慎重に回した。

「こげんやって回しながらどこからでも攻撃できるんや」

 ちょっと振っただけで腕が張るような感覚に陥る。調子に乗って美穂ちゃんの前で良いとこ見せようと気張る前にヌンチャクを収めた。

「へぇそんなふうに使うん」

 美穂ちゃんが目を細める。

「おじさん、私もいつか康ちゃんのヌンチャク見てみたい」

「正直俺も神業ヌンチャク見てみてぇ。いつか康太に頼んでみるわ」

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