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夢界の創造主  作者: クスクリ
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18話 無意識の力

 まだ、六畳の真知子の部屋と康太の四畳半の部屋を見ていない。真知子が以前住んでいた猪町の町営住宅は六畳二間だった。A界の40数年前、鳥巣の鉄道宿舎を見て来た親父が家族に間取りを教えてくれた。八畳・六畳・四畳半の三間もあるとの話に、これでやっと俺専用の部屋が持てると小躍りして喜んだものだ。

 六畳の真知子の部屋に行くには一旦玄関を通らねばならない。変わった間取りだ。現役女子高生の部屋、ちょっと緊張する。俺の心を見透かしたように、「おじさん、かわいい女の子の部屋なんやからあれこれ触っちゃダメだよ。入ったんが真知子ちゃんに分かったら嫌われちゃうからね」

「ふん、そんくらい俺も分かっとるぅ」

 硝子戸の前に直角に勉強机、その横に仏壇、その上に亡くなった美千子のモノクロの遺影が掲げられている。真知子は毎朝、この遺影に手を合わせている筈だ。

 …私たち家族が今日も幸せでありますようにお母さんどうぞ見守って下さい、と。

 美穂ちゃんは遺影を見上げて、「もしかして康ちゃんのお母さん?」

「あぁ、康太ば生んで直ぐ23歳で亡くなった。3つ上の達己の最愛の女や」

「たった23年で亡くならんといけんってこの世は不公平」

 美穂ちゃんは仏壇の前に正座して手を合わせた。俺も美穂ちゃんに続く。

 美穂ちゃんはまた立ち上がって写真の美千子に見惚れる。

「綺麗な(ひと)。同じ女性の私から見ても惚れ惚れするよ」

「真知子は美千子に瓜二つや」

「でも康ちゃんかわいそう。あんな綺麗なお母さんなんに一度も会えんかったやなんて」


 美穂ちゃんはキッと表情を引き締めて、「ねぇおじさんきついこと聞いていい?」

 俺は左手を後頭部に、「ああいいでぇ」

「おじさんは万能の創造主やろ。何で康ちゃんのお母さん死なせてしまったん?」

 美穂ちゃんが責めるように俺を見る。

「かぁ確かにきちぃな」

 俺はばつが悪そうに美穂ちゃんから目を逸らす。

「美穂ちゃんの言うこと分からんでもねぇ。俺は仙人以上の存在やから人間一人の命ぐらい助けてもどうってことねぇわな」

「車の中でA界のこと、B界のこと、色々美穂ちゃんにバラしたばって、短ぇ時間やけまだ言うてねぇこつがいっぱいあるわ」

「俺は美穂ちゃんの住むこのB界ば俺の夢の世界っち言うたばって、この世界は俺の小説の世界でんあり、その小説はA界からB界への入り口なんや。小説は俺の生い立ちや身の回りのことば題材にしとる。登場人物は俺の創作や。胸先三寸でどうにでんなる。俺の卓越した才能がB界ば生んだし、バーチャル仙人の爺さんも俺に会うこつができた。美千子が生きとったら状況・環境は大幅に変わるし変えざるを得ん。そしたら康太も真知子も姿形は一緒でもアイデンティティーが全く違う別人になってしまうんや」

 美穂ちゃんは小首を傾げて、「何かおじさんに言い包められてる気がする」

「まぁ俺は創造主やから、俺が住んでいるA界の神なる者のごつ、このB界ば造った俺の義務としてこのB界に生きるすべての人間の人生物語ば書き続けねばならん。ほいでも俺は一人やし全てに関わるのは不可能やから俺の無意識の力が働くことになる。人間の臓器ば動かす自律神経のごつね。人間は自分の身体やってもいつ病気になるか分からんやろ。ばって俺はどげな不治の病でも治せる。たまたま俺が関わっていればね。美穂ちゃんのごとね。そしてその創造主の俺を補佐し俺の造った世界ば管理するんが爺さんや」


 美穂ちゃんと呼び掛けた俺の今までにない真剣な創造主としての顔に、びくっと彼女の表情が強張る。

「美千子ば生き返らせるんは俺にとっちゃ造作もねぇこつや」

「そんかわり…」

 俺は事の重大さを強調するために言葉を切った。案の定、美穂ちゃんが食付いてくる。

「お、おじさん…」

「すまん。美穂ちゃんば巻き込んでしまう」

 美穂ちゃんは恐る恐る、「どういうこと…?」

「美千子が生きとったらありきたりの湯村家の物語や。わざわざ俺が注目することもねぇし関わることもねぇけ俺の無意識の力が働く。ばって問題は美穂ちゃんや。申し訳ねぇが美穂ちゃんと知り合う機会がなかったら美穂ちゃんにも無意識の力が働く」

「はっきり言うて、美穂ちゃんの存在が俺に必要なかったら無意識の力がこの世界から美穂ちゃんば消してしまう。俺は美穂ちゃんば意識することがねぇけ、この世に居ねぇことにも気付かんけどうしようもねぇ。美穂ちゃんは生まれてねぇことになる。何でかっていうたらこの世界は俺が書いた小説、“凶悪志願”が元になった世界や。その小説に美穂ちゃんは出てこん。ばって、達己・真知子・康太はちゃんとした登場人物やけ、俺が注目するに値せん糞面白くねぇ人格に変わったとしてもこのB界から消えることはねぇんや」

 途端、美穂ちゃんはへなへなとへたり込んで、一度ぶるっと震えると顔面蒼白になった。

「い…いやぁ!」 

 美穂ちゃんの本能の叫びだった。

 …軽い親切心は得てして自己犠牲ば強いるもんなんじゃ… 

 俺は左足を投げ出した体勢で美穂ちゃんを抱き締め、髪を撫でた。

「美穂ちゃん、人間って不思議なもんや。一卵性双生児で生まれてん、直ぐ引き離されて違う環境で育ったら二人を全く違う性格にしちまう。今までの美穂ちゃんば取り巻く環境が今の美穂ちゃんば形成しとるんやろう。康太も真知子もそうや。母親が居ねぇっちゅう環境が俺が興味ば持つ魅力ある二人ば作ったんや。美千子も今姉弟で協力し合って力強く幸せに生きる二人ば見てあの世で満足しとるやろうや」

「創造主とかに爺さんに祭り上げられて偉そうに講釈垂れとる俺やってそうや」

 美穂ちゃんは俺の胸に埋めていた顔を上げて、「おじさんも?」

「あぁ、俺美穂ちゃんにもう殻ば破ったごと義足っちカミングアウトしたばって、高校まで隠して隠して隠し捲っとった。自分が義足って言うんが無茶嫌で恥ずかしかった。特に異性にはよ。高校んとき好きになった女の子に告るんに中々踏ん切りが付かんやった。義足のせいでよ。結局振られたばってよ」

「おじさんかわいそう」

「そう俺かわいそうなんや」

「それに面も無茶悪いしよぉ」

「そんなことない。私には全く気になんないよ」

「ほうや。ありがとう美穂ちゃん」

「俺つい最近まで、俺に足があったらち自分の運命ば呪いよった。まぁ俺より境遇の悪い者はいっぱい居るばって、少なくとも俺の周りには居っても1人くらいや。五体満足は当たり前や。足があったらこげん悩まんでええんに。あれもこれも全部出来た。俺の人生180度変わったちね。考えて考えて考え捲った。常人の数倍は考えたお蔭で頭が進化して小説書けるごとなった。そして創造主や。今、俺はタイムトリップしてこのB界に来ることが出来たばって、もしA界で過去に戻ることができたら迷わず俺が事故に遭った小学校5年の3月20日に戻って、万取りっちゅう遊びに没頭する俺ば柱に縄で縛り付けようち思うとった。ばって意味ねぇ。今の俺が消えちまう。その境遇がこの俺ば作ったんやけんな。このB界で康太が事故に遭うんば回避させるんは簡単や。今の康太ならそいば望むやろう。けど、美千子ば生き返らせるんと同じで、今の康太が消えてくそ面白うねぇ只の中坊ができ上がっちまうけん絶対せん。そいに美代ちゃんもそげな康太には鼻も引っかんやろうけな」

「おじさんのいうことようく分かったよ」と、美穂ちゃんはすっきりした顔で立ち上がった。

 でもおじさん、と横目で冷ややかに俺を見下ろすと、「どさくさ紛れに私を抱いたやろ」

「あっちゃ~!バレちまったか」と、ばつが悪そうに頭を掻く俺に、美穂ちゃんが屈託なく笑う。

「よっし~!」と俺も立ち上がって、「康太の部屋も覗いてみるかいな」

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