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夢界の創造主  作者: クスクリ
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17話 家宅侵入

 勝手口は昭和という時代の古いタイプの鍵だ。擦りガラスを嵌め込んだ木枠の引き戸と柱に金具を取り付け、突き出た頭に南京錠が下げられている。昔の鍵は大概このタイプだった。家主が自分で買って来て木工用のビスを捩じ込み取り付ける。

「確か…鍵の隠し場所は…牛乳箱の下か?」

「あった」

 美穂ちゃんがにこっと微笑んで、「さすがおじさん、勝手知ったる他人の家」

「美穂ちゃんさぁどうぞ」

「おじさんの家じゃないやろ」と美穂ちゃんが頬を膨らます。

「まぁそんな固いことは仰らずに美穂姫」

「もうおじさんったら」

 美穂ちゃんがぷっと吹き出す。

 俺としては懐かしい懐かしいの連発だ。台所はコンクリートの流し台、居間より低くなった床面には木製の簀子、二段になった木製の棚には整然と配置された台所用品。真知子の几帳面さが台所を見ただけでよく分かる。美穂ちゃんが油汚れの一番付き易いガスコンロ辺りを粗探ししているが、指で擦っても全く油っ気を感じない。

「私のお母さんも綺麗好きだけどさすがにここまでは無理だよ」と感心する。

 俺も顎を摩りながら、「さすが真知子の真知子たる所以やな」と感じ入りつつも、「チッ、康太と達己の野郎が羨ましいぜ。真知子の作ったもんやったら例えインスタントラーメンでも無茶美味いんやろうな」

 美穂ちゃんはちょっと俯き加減に、「おじさんの言うこと分かる。女の子はやっぱり料理が上手やないとね」

 俺はにたっと意地悪く笑うと、「美穂ちゃんも料理上手いんやろうもん?」

「私は料理はだめ。真知子ちゃんと比べんで」と眼前で手を振って、「ここを出たら真知子ちゃんに会いに行くんやろ」と話題を料理から逸らす。

「あぁ勿論。今日の第一の目的は真知子に会うことやから。そんために遠い遠いA界から遥々やって来たんや」

「おじさん強調し過ぎ。じゃぁ私と知り合えたことはあまり嬉しくないん?」

 俺を横目で見る。

「いや、真知子と会う以上の収穫やったで」と俺は美穂ちゃんを持ち上げる。

「ありがとうおじさん」

 美穂ちゃんはにっこりと俺に微笑んでくれる。

「ほいでも、俺がボーリング場で康太に言うたこつはそのまま真知子の頭にも刷り込まれとろうけん、真知子ん方でも俺に会いてぇでうずうずしとんやねぇか?」

「私も早く真知子ちゃんに会ってみたい」

 美穂ちゃんは視点を宙に浮かせて、「どんな素敵な女の子やろ」と想像が膨らむようだ。

 そんな美穂ちゃんに俺は首を傾げて、「さて真知子には美穂ちゃんばどげなふうに紹介しようかいな?」 


 居間に上がる。居間の物の配置は40年前と全く一緒だ。台所から居間への出入り口の左手に水屋、右手に冷蔵庫・押入れ、右斜め前の角に20インチのブラウン管カラーテレビ、中央に長方形のテーブルがでんと置かれている。

 締め切られた部屋はさすがに蒸し暑い。俺は首に掛けたタオルで額の汗を拭う。美穂ちゃんもポシェットからハンカチを取り出す。

「喉乾いたでぇ。何か飲みてぇな」

 俺は冷蔵庫を開けて中を物色する。

「おっ、俺の大好きなカルピスが作って冷やしてあるぜ。さすが真知子、気が利くぅ」

「もう、気が利くぅじゃないの。人んちの冷蔵庫勝手に開けちゃだめやろ」

 美穂ちゃんに咎められても俺は聞く耳持たない。冷蔵庫の下段にボールに入れられたいい物があった。昨日のおかずの残りだろう。これも俺の大好物、湯村家特製の小鯵の南蛮だ。お袋が恍惚状態になった今、まさかこれにありつけるとは思わなかった。感激だ。

 俺は一匹摘まんで口に放り込む。冷たくても美味い。お袋の味はまだほんのり覚えているが、真知子の作った南蛮の方が数段美味い。

「美穂ちゃんも食ってみるか。凄ぇ美味いぞ」

「もうおじさんだめよぉ」

 美穂ちゃんはそんな俺を冷ややかに見る。

 俺は変な自信でもって、「ちょっと飲み食いしたところで笑い飛ばされることはあっても文句言われるこたぁまずねぇよ」と構わずカルピスを冷蔵庫から抜くと、水屋からコップを二個取り出して注いだ。

「はい、美穂ちゃんも飲みぃ」

「もうおじさんったら全くお構いなしなんやから」と美穂ちゃんが口を尖らせる。

「責任は全部俺にあるけ。美穂ちゃんは心配せんで良いでよ」


「暑ぃ」

「風通さな堪らんぜ」

 立て付けの悪そうな硝子戸を開け放ちに縁側に出た俺に、障子の陰に隠れた年代物の扇風機が眼に入った。

 オー!

「どうしたのおじさん?」

 美穂ちゃんも縁側に出て来た。

「この扇風機、A界でまだ使っとるんじゃ」

「うっそー!」 

 美穂ちゃんが頓狂な声を上げる。

「おじさんの世界って今から40年後やろ。家電ってそんなに長く使えるものなん?」

「俺にも不思議やし分からん」

「この扇風機、俺が就職して小倉に行くとき親父が持たせてくれた。結婚して二回引っ越したばってん何でか捨てんで持って行った。まぁ扇風機ちゃ他の家電と違うて夏場しか使わんし、ただ羽が回るだけやけんな」


 話し込む二人の耳にずっと鳥の囀りが聞こえていたが…十姉妹だ。俺も十姉妹は猪町時代から飼っていた。小鳥に凝ってキンカチョウも一時期飼っていたが、死んだ。縁側の左隅に二段に重ねてあり、下段は木製、上段は金製鳥籠だ。上段の籠には二羽の十姉妹。おそらく最初のつがいだろうし、その子供たちを下段の籠に入れているんだろう。

 美穂ちゃんは膝立ちで熱心に鳥籠を覗き込んでいる。縁側から見渡す庭の様相は40年前そのままだった。康太の部屋の前には使い古した木製の机(おそらく達己のだろう)を利用して作った鳩小屋。中に飼われているのは転校時、新原から餞別に貰った茶鳩のつがいだろう。あとで小屋に入ってみよう。

 目を正面に戻すと、畑には成長したトウモロコシが美味しそうな実を付けて康太が千切ってくれるのを待っている。広場と家の敷地を区切る垣根代わりに植えられている正木に混じって背の高い二本の樹木。俺は未だに名前を知らない。油蝉の合唱に加えて熊蝉も鳴き出した。

 隣の家と境を接する正木に沿って死んだ親父がプレハブを建てるのは6年後だが、康太は俺と家族構成が違うので出現することはないだろう。

 美穂ちゃんの朗らかな声が感傷に浸る俺を現実に引き戻す。

「ねぇおじさんも見てみて。小鳥かわいい。ちっちゃな巣に何匹も入って窮屈そう。暑くないんかな」

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