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夢界の創造主  作者: クスクリ
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16話 鉄道宿舎

「美穂ちゃんごめんな。色々と連れ回してしもうて。このまま送って行くわ。荒木駅の近くやったよな」

 俺は真知子に会いに行く前に、A界では消滅してしまった土井町の鉄道宿舎を目に焼き付けたかった。土井町はボーリング場のある鎗田町のすぐ横だ。

 ボーリング場を左に出て直ぐの34号線と川久保線との交差点、土井町郵便局前を左折する筈だったが、美穂ちゃんを送るために直進した俺に、「もうちょっとおじさんと一緒に居ていい?」と美穂ちゃん。

「今日帰ること家に連絡しとるんやろ。待ってあるんやないん?」

「おじさん言ってたやん。今晩眠ったら元の世界に戻るって。そしたらもういつ会えるか分からないんやろ」

「私おじさんに興味津々なの。こんな経験出来るってこの世界で私だけやろ。今日ぎりぎりまでおじさんと居たい。もっともっとおじさんのこと知りたい」

「分かった美穂ちゃん。美穂ちゃんはこの世界で俺のたった一人の大事なパートナーやけんな」

 俺は対向車が来ないのを見計らってステアリングを右に切ると、サイドブレーキを引いてくるっと向きを変える。

 土井町郵便局前を右折して、すぐ視界に現れたのは瓦葺二階建ての菓子屋だ。和菓子屋風の佇まいなのに安いショートケーキをショーケースに並べてある。懐かしい。あの頃は洋菓子など怖れ多くて口に入れる機会はほとんどなかった。でもここのケーキなら中学生の俺でもお袋に強請って時折買えた。

 俺は店先に車を停めて中に入る。丸顔の坊主頭の中学生が店番をしている。確か、鳥巣中で俺と同学年じゃなかったか。

 一個30円の苺のショートケーキの一種類のみだ。

「ボウズ、ショートケーキ二個とラムネ二本くれや」

 この菓子屋をすぐ左に折れると、俺が13歳から23歳まで、今は亡き親父、パーキンソン病で施設暮らしのお袋、そして疎遠になってしまった弟二人と十年間住んだ哀愁の鉄道宿舎だ。


 50メートル程の舗装された通路を抜けて未舗装の敷地に出ると…、

 あったー!

 左方に三棟の長屋、右手にモダンな鉄筋二階建て三棟の新幹線宿舎。俺の家と道を挟んだ対面の新幹線宿舎の空き地に車を停める。

 …そっくりそのままだ。感動だ…

 万感の思いに目が潤む。まさか、生きてるうちにもう一度この鉄道宿舎を目にすることが出来るとは夢想だにしなかった。

 美穂ちゃんが、「おじさん泣いてるの?」と俺の顔を覗き込む。

 俺は右手で溢れた涙を拭う。

「自然と涙が出てもうた」

「この家は康太の家やが、A界では俺の実家なんや。40年後親父は亡くなって、お袋は病気で死んだも同然じゃ。ここに住んどった十年が俺ら家族のもっとも良いときやった。玄関ば開けて中に入ったら一番元気やった40代の親父とお袋が出て来そうな気がしてね」

「おじさん…」

 美穂ちゃんが俺に感情移入してしてくれている。

 …良い子だな。かわいい…

 俺は宿舎の一角に作られた公園に美穂ちゃんを誘う。30円ショートケーキは口に馴染んだA界の物に比べたらお世辞にも上手いと言える代物ではなかったが、懐かしい味がする。

 ラムネを喉に流し込んで、「美穂ちゃん俺、外から見ただけじゃ我慢出来んごとなった。どうしても家ん中に入ってみてぇ」

「向こうの世界ではおじさんの実家でもこの世界では康ちゃんのお家やろ。さすがに黙って上がるんは犯罪行為だよ」

 美穂ちゃんが眉間に皺を寄せて俺を窘める。

「勝手知ったる他人の家や」と俺は口の端を歪める。

「康太も真知子もまだ帰って来めぇや。もし達己が帰ってきたっちゃ歓喜で俺に抱き付きはしても何も変に思うまいや。何しろ俺はあいつにとって兄貴同然やけんな」

「ならここで待っときや」と言う俺に、美穂ちゃんは納得顔になって、「確かにおじさんの言う通りだよね。だったら私も付いて行く」


 A界で俺が住んでいる家も築40年越えと古いが、この宿舎も負けていない。母屋と風呂が別棟になっており、その間の通路に勝手口がある。車庫は風呂棟との間に小さな花壇を挟む。車庫と風呂棟の、向かって右脇を下水用の溝が巡り、宿舎間通路と家の敷地を区切る。

 勝手口には陽が差さない。雨で濡れないように不透明なトタンが天井に打ち付けてある。薄暗い勝手口に立つと冷っとする。俺はここに住んでいるとき、母屋で義足を外して片足で跳んで風呂棟小屋に移動した。宿舎は長屋だから、隣とかち合わないように注意したものだ。恐らく康太もそうしていることだろう。

 何を思ったか、俺は反転して風呂小屋の戸を開けてしまった。釣られて首を回した美穂ちゃんが、「おじさん見ちゃダメ!」

 その声に一旦開けた戸を慌てて締める。中には洗濯物が干してあった。それも真知子の真っ白な下着が。危なかった、もう少しで下着泥棒行為に見られるところだった。美穂ちゃんが気付いてくれて助かった。

 美穂ちゃんが口を尖らせて、「おじさんペナルティーだよ。女の子の下着は盗難に遭い易いから浴室に干すことが多いんやから」

 俺は頭を掻いて、「ごめん美穂ちゃん。懐かしさについ風呂場も見とうなっちまった」

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