15話 譲れない願い
「私康ちゃんのように頭良くないやろ。本当は普通科に行って康ちゃんと一緒のクラスになってみたいんやけど、それは夢だと思うから、せめて家政科には合格して三年間ずっと康ちゃんと一緒に居たいんだ」
俺は美代子の心から康太を想う切ない気持ちにジーンときた。そのままドラマになってしまうシチュエーションだ。ほんと康太は幸せ者だ。姉は天下の美少女・真知子、親父はあの破天荒・達己、周りを見回せば井本に成沢、それに佐和子に里絵子、至れり尽くせりの布陣だ。これなら足が一本無いぐらい屁でもない。羨ましい。もし俺が康太の立場だったらもう一本足が無くとも平然としていられそうだ。
康太が口を挟む。
「三浦、勉強すれば家政科くらい受かろうもん」
「家政科ぐらいって軽く言わんで!」
「康ちゃんは頭が良いけん他人事みたいに言えるん」と美代子が声を荒げる。その勢いに康太もたじたじだ。
「私は絶対、絶対、康ちゃんと同じ鳥巣高に行かなくちゃなんないの。やないと私だめになっちゃう」と何度も首を振る。
堪らず美穂ちゃんが、「美代ちゃん何もそこまで思い込まなくてもいいんやない」と慰める。
「ねぇおじさん、来年私が康ちゃんと同じ鳥巣高の制服着てるか教えて」と美代子は縋るような眼差しで俺を見る。美穂ちゃんも同じ目で俺を見た。それくらい創造主としてはお安い御用だが、少しは演技を入れないとありがたみがないなと思った俺は腕を組んだまま瞑目する。
「おじさんどうお?」
待ち遠しい美代子がせっかちに俺の顔を覗き込む。
俺は顔を上げると破顔一笑、「美代ちゃん安心せぇや。来年の入学式は二人一緒じゃ。そいで同じクラスになっとる」
美代子は、「やった〜!」と万歳して、跳び上がって、喜ぶ。
「おじさんありがとう」と美代子は胸で手を合わせて俺に頭を下げる。
「そこまで喜んで貰ったら俺の予言が戯言じゃねぇ証拠、美代ちゃんに見せたらないかんな」
美代子は小首を傾げて、「証拠…?」
「美代ちゃん何か書くもの貰って来て」
戻ってきた美代子に、「確か甲子園は二日前から始まっとったな。代表校の勝敗のスコア、全部言い当てるんも可能やが、手っ取り早う明日の対戦カードのスコア、完璧に言い当てちゃるわ。今から俺の言うスコアばメモしとき。そしてそいがぴったし当たったら美代ちゃんは晴れて鳥巣高生や」
「第一試合の盛岡第三高校対八代東高校は延長11回1対0、第二試合の広島商業対双葉高校は12対0、第三試合の日田林工対糸魚川商工は1対0、第四試合の丸子実業対簑島高校は9対4じゃ。どうや、完璧やろ。明日になれば俺の予言が真実かどうか直ぐ分かるぞ」と俺は胸を張る。
「美代ちゃんちゃんと間違いなく書いたや?」
美代子は大きな瞳をくりくりさせて、「うん。明日になったら本当に分かるんやね」
「あぁ、俺は嘘とミョウガは大っ嫌いやけんな」
美穂ちゃんが、「おじさんさっきのまたお寒いオヤジギャグ」と俺を流し目で見る。
康太が目を丸くして、「おじさん何でそげん細かく分かると?」
「あぁ、美代ちゃんに俺の予言が嘘じゃねぇこつば信じて貰うんじゃ。こんくらい細かく分からなおかしかろうもん」
「明日の甲子園が終わったら私、康ちゃんと同じ念願の鳥巣高生だぁ」
「美代ちゃんそれはまだ早いかも」と美穂ちゃんがくすっと笑う。
俺は壁時計に目を遣った。
「おっと美穂ちゃんちょっと長居し過ぎたぜ」
「ほんとおじさんもうこんな時間」
俺と美穂ちゃんは立ち上がる。
…そうや、携帯写真撮っとこう。爺さんも何の意味ものぅ俺に携帯持たせんめぇや。写真だけはA界に持って帰れるんやろうや…
「みんな春くらいにまた来るわ。記念に写真撮らせぇや」
美代子がにっこりと俺に微笑んで、「うんいいよ」
みんなを見回して、「いいやろ?」
…ほんと美代ちゃんかわいいわ。俺の中学高校時代にこんなかわいい彼女が居たら俺の人生180度変わっとるわ。くっそ悔しいぜ…
「美穂ちゃんも入り」
俺はジーパンのポケットから携帯を取り出す。美穂ちゃんを除いたみんなの視線が一斉に携帯に集まった。
「おじさんそれカメラなん?変わった形」と美代子。
「あぁ、外国製の新型カメラや」
『嘘やけど…』
写真を数枚撮った後、「みんな今日は俺のようなオヤジの相手してくれてありがとうよ。みんな手出せや」
…俺の太っ腹なところ見せて印象強うさせとくか…
俺は財布から万札を四枚取り出した。
まさか、みんなの目が点になる。俺は気前良く一人ずつ1万円札を渡していった。40年前の1万円札だ。貨幣価値としては今の数倍はあるだろう。何しろ、ハイライトが80円の時代だから。
ここで捨て台詞、「お前ら、無駄づかいせぇよ」
坪口がけらけら笑う。
「おいさん面白ぇ。俺また会いてぇよ」
「あぁ、また会うてやるよ。お前も希望の工業に受かるためにゃちょっとは勉強せぇ。ほんで兄貴超えて一年で締めちまえや」
坪口はどうして兄貴のことを知ってるの、という顔をしたが、「俺ぁ先公の言うこたぁ意地でも聞きとうねぇばって、おいさんの言うこたぁ聞いてもいいかち思うぜ」
「そりゃありがとうよ」




