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夢界の創造主  作者: クスクリ
14/95

14話 大塚と坪口

「康太!」

 入口の方からドスの利いた声で誰かが呼んだ。康太と美代子が声のした方へ視線を向ける。近眼の俺は直ぐには判別出来ない。70年代のつっぱりルック、見覚えがある。中学生とは思えない強面の痘痕面、坪口だ。もう一人は優男風のにやけ顔、大塚浩紀だ。2人は40年前のA界の坪口と大塚そのままだった。ラッキーだ。まさか、あの二人に会えるとは。


 A界での40年前がありありと蘇る。痛い左足を引き摺って木造二階建ての校舎を出た俺に向けられた白い目、突き刺さる視線、その先にあったのは仲間と俺の噂をしているらしい大塚の生臭い顔だった。親父の転勤で全校生徒170人の長崎県の猪町中学校から1300人の佐賀県の鳥巣中学校に転校してきたばかりの俺は借りてきた猫のように大人しかった。鳥巣中の生徒の中で特に目立った存在が坪口だった。中学二年にしてあの厳つい顔・体格、とても同じ中学生には見えず、奴の姿が視界に現れる度に俺は目を背けた。


 やってきた二人は隣の長椅子に落ち着く。あれから40年も経ち、ここはB界だと分かっていても染み付いた病癖を払拭出来ず、つい目を背けてしまって、『ボケか俺は!こいつらはただの中坊なんによ』

 二人は胡散臭そうに俺を見て、「康太、何やこのおっさん?」

 康太はにやっと笑うと、「お前ら聞いて驚くなよ。俺の死んだ伯父さんの戦友で零戦の撃墜王や。アメ公のグラマン戦闘機53機ぶち落としちゃるんぜ。敬意払えや。嘗めた口の利き方したらぶっ殺されるぞ」

「ゼロ戦の撃墜王!?」

 2人があんぐりと口を開ける。

『さすが康太。無意識に俺の気持ち察してくれとるぜ。そいに俺があんだけビビっとった坪口と大塚完全に飲んで掛かっとるやねぇか。何ちゅう奴や。尊敬するわ。俺の分身が康太ならもう溜飲下がってしもうとるぜ』


「す、すいません」

 二人が素直に俺に頭を下げる。

 坪口が現れて美代子が強気の男言葉に変わる。

「こらっ坪口!何しに来たんか?そげん下品な格好で来られたらこっちまで柄が悪うなってしまうやないか」

 美穂ちゃんが美代子の豹変に唖然とする。

「美代ちゃん…」

 美代子が、「いけない。美穂姉ごめんなさい。ついいつもの癖が出ちゃった」と舌を出す。

 俺は坪口ににやりと意味有り気に笑うと、「坪口ありがとよ。お前のお蔭で聞きたかった美代ちゃんの男言葉が聞けたぜ」

 当の美代子は両手を頬に当てて、「恥ずかしい」と赤くなる。

 坪口はケッと言う顔で、「せっかく康太と仲直りしたんに三浦だけは相変わらずか、面白うねぇ!」と吐き捨てる。

 康太がそんな坪口と浩紀に口の端を歪めて、「ところでお前らここまで自転車で来たんか?」と白々しく訊く。

「康太わざとらしいぜ。GT750に決まっとうやねぇか」

 美代子が、「二人は相変わらず不良やね。あんまり堂々と乗り回すとまたお巡りさんに捕まるよ。それに康ちゃんを悪の道に引っ張り込まんでよ」

 坪口が口を尖らせて美代子の声真似で、「康ちゃんを悪の道に引っ張り込まんでよ」

「もう耳にタコが出来たで。お前は康太のお袋か」

 美代子はにこっと微笑むと、「ぶ~、残念でした」

 坪口はきょとんとして、「何がか?」

「私は真知姉代行でした」

 これには康太もへっという顔になる。

 俺はけらけら笑って、「お前ら男三人よりも美代ちゃんが一枚上手っちゅうこつか」


 康太が坪口と浩紀に目を遣る。

「お前ら俺に何か用があったん?」

 浩紀が、「あぁ、坪がもう一回康太に頼んでくれっちしゃ~し~(煩わしい)でよ」

 美代子がすかさず、「あん話はもう終わり。康ちゃんば悪の道に誘わんでって言いよるやろ」と二人を睨む。

『あの件か。面白うなりそうやな』

 俺はにやっとほくそ笑むと口を挟む。

「俺もお前らの話に加えてくれよ」

 坪口がドスを利かせて、「関係ないおいさんは引っ込んどってもらえんすか」

 さすが坪口、ここぞというときの凄味は中学生にしては迫力満点だ。でも、俺にはもう効果なし。康太が奴の毒気を抜いてくれている。

 俺は哀願気味に、「お前ら俺をみそんこにせんでくれや」

 み・そ・ん・こ?

 康太を除いて皆、聞いたことのない変な言葉にちんぷんかんぷんの表情だ。康太が、「万取の仲間に入れてくれって俺らにせがむ役に立たん小さか子ば仕方のう遊んでやるときに使うた猪町の懐かしか言葉ばい。

「正之が使うて意味ば訊いたこつがあったけんな。万取も知っとるぜよ」

 美代子が、「万取ってなぁに?」と小首を傾げる。

「いつか教えてやるっちゃ」と康太。

 康太が話題を避ける。それはそうだろう。康太の義足は万取は危ないから止めてと頼む真知子を無視して遊び続けた結果だ。

 俺は坪口と浩紀に、「お前ら康太に正式にグループに加わってくれっち頼んだんやろう。鳥巣じゅうの中学締めてしまうつもりやろうが。康太のヌンチャクがあれば簡単やろうけな」

 美代子が驚いて、「うっそ~!何で初めて会ったおじさんがそんなことまで知ってんの?」

「美代ちゃん、俺は地獄耳や。美代ちゃんたちのことなら何でも知っとうの」


 康太は二人と友達にはなったが、一線は引くつもりだ。今の康太の立ち位置は二人より上。だから、周りの生徒がギリシャ神話のメドゥーサ並みに避け捲る大塚と坪口に対等以上の立場を取れる。したくないことはしたくないとはっきり言える。心臓に毛が生えたとしても今まで職員室に立たされたこともない普通の中学生、真知子の目もあり足も悪いことだし、一緒に非行に走る気は毛頭ない。こういった場合、康太の気持ちを代弁する役目は美代子だが、真知子に康太の彼女として認めて貰っているからには責任を感じている筈だ。

 俺は口火を切った。

「坪口大塚、そいに康太に美代ちゃん、人生の先輩としての俺の話ばちゃんと聞くなら物事万事上手く行くかもしれんぞ」

 坪口が頭を掻く。

「俺は頭が悪ぃけんおいさんが何言よるか分からん」

「浩分かるや?」と坪口が浩紀に振る。

「坪に分からんこつが俺に分かるかちゃ」とにべもない。

 俺は、「しゃ~ね~(仕方ない)な。まずは坪口と大塚、お前ら康太ば頭として迎えろや」 

 坪口がムッとして、「康太ば頭に…」

「あぁ、お前は今まで人の下に付いたことがねぇけ抵抗あるやろうけどよ、大塚とつるんどっても自分が上ち思うとったんが諍いの元やったろうが。康太のヌンチャクば見た大塚は納得やろう」

「おいさんの言う通り、康太がOKしてくれるんなら俺はいいぜ」

 納得いかない坪口に、「お前も早う康太のヌンチャク見たらええわ」と浩紀。

「そいからお前ら康太ば表に出すな。影の番長にせぇや。暴れるんは専らお前ら二人や。ここぞっていうときに康太のヌンチャクば相手に見せ付けたれや。兎に角、康太の存在はひた隠しにせぇ。そいで噂ば先行させるんや。康太は足が悪い、そいで神業のヌンチャクや。周りの中学にゃ不気味やでぇ。14世紀ん中央アジアにチンバのチムールって徒名された帝王が居って、周辺国に畏れられたんや。そん鳥巣版じゃ」と俺は笑う。


 康太がにやついて、「俺やったらちんばの康太や」

 美代子が、「康ちゃん、自分でちんばなんて言っちゃだめ!」

「康太お前美代ちゃんにチムールの話したろうが。そんときと同じ美代ちゃんのリアクションじゃ。こげな風に女の子に気遣って貰えるちゃ幸せもんやぁ。俺も肖りてぇぜ」

 美穂ちゃんが、「おじさんがこの世界に来たら私がおじさんの心配したげるから安心して」

「そうか美穂ちゃん心強いで」

 康太が訝しんで、「この世界…?」

 美穂ちゃんが慌てて、「こっちの話。何も問題ないよ」と打ち消した。

「そいから美代ちゃん、いつか康太に言うたやろ。康太が単車の免許取ったら、赤いヘルメット被って後ろに乗りたいっちよ。ほいで族作ってレディースの総長になって、康太のリヤシートから号令掛けるんやろ。こげな風に」

「お前ら頭が高い。総長の康ちゃんだぞって」

 美代子はもぞもぞと、「おじさん恥ずかしい」

 美穂ちゃんが、「へぇ美代ちゃんが…」

 坪口と浩紀がやっぱりかという顔で美代子を見る。

「何か、三浦も考えとるこたぁ俺らとおんなじやねぇか」と坪口。

 浩紀も、「昔は俺らとつるんどったんやけん族作るくれぇ抵抗なかろうもん」

 美代子はぶ~っと膨れて、「もう浩君、康ちゃんの前で昔のことは言わんで」

「すまん三浦、つい喋っちまった」

「美代ちゃん、二人とつるむことに抵抗あるんは真知子のことば思ってのことやろうや。康太の日常ば平凡から非凡に変えてやるんも有りかなち俺は賛成や。時ほど残酷なもんはないんやけん、今しか出来んことばやるんも人生ば豊かなもんにする手段じゃ」

「この辺の中学・高校全部締めちまうんもよし。族作って暴れ回るんもよし。10代やったら若気の至りで済まされるしよぉ。ほいでもやんちゃはいつかは卒業せないかん。そしたらちゃんと社会に同化して家庭築いて懸命に働けや」

 言い終るや、坪口が嬉しそうに、「やっぱりゼロ戦の撃墜王はその辺のしょうもねぇ大人と言うことが違うぜ」

「なぁ浩」と大塚の肩を抱く。

「おじさんの言うこと難しい。分からないとこあるぅ」

「あっちゃ~、美代ちゃんにダメ出しされちまったぜ。大人気ねぇな」と、俺は頭を掻く。

「俺は戦争のあの地獄の空中戦でも一人生き残ったし何か神憑り的な力ば持っとるようなんや。地獄耳もそうやしもう一つは千里眼や」


 美穂ちゃんは得意顔だ。

『おじさん上手いこと言うな。地獄耳に千里眼か。康ちゃんは40年前の自分自身やから心配でしょうがないんやろうな。でも私以外には未来から来たこと絶対言えんもんね』

 美代子はきょとんとして、「千里眼ってなぁに…?」

「あぁ、先ば見通す力や。予知能力ちも言うかな」

 美代子は上目使いに、「おじさんは本当に未来が分かるん?」

 俺はにやっと笑って、「美代ちゃん何か聞きたそうやな」

 美代子はもじもじしながら、「私ね…今どうしても叶えたいことがあるん。これは絶対なん」

「康太の志望校・鳥巣高校に行きたいんやろ」と俺。

 美代子はこっくりと頷く。

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