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夢界の創造主  作者: クスクリ
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13話 零戦パイロット

 康太は興味深そうに、「おじさんはどげんして義足になったん?」

「戦争や。俺と達己の兄貴の正之は海軍航空隊の同期や」

「康太は歴史が好きやち達己から聞いたばってん、山本五十六連合艦隊指令長官知っとるか?」

「あげな有名人知らん訳ないやん」

「そしたら山本長官が亡くなったときのこつも知っとるか?」

「い号作戦遂行の前線指揮のためにトラック泊地からラバウルに来とった山本長官がまたバラレ基地の前線慰労に行こうち、1943年4月18日ラバウルば飛び立ったとばって、そん無線ばアメ公に傍受解読されとったんやね。長官の乗った一式陸攻二番機はブーゲンビル島上空でヘンダーソン基地から攻撃に飛び立ったジョン・ミッチェル少佐指揮下のP-38に撃墜されたんやろう」

 美代子がぱちぱちと手を叩いて、「凄い凄い!さすが私の康ちゃん」

 美穂ちゃんは万歳気味に肱をくの字に曲げ、「参った」の発声と同時に苦笑して、「そんな細かいことまで中学生が答えられるものなの」と舌を巻く。

 俺は、「康太、そげなこと参考書にゃ書いてねぇぞ」

「図書館で調べて覚えた」

「なんちゅう記憶力しとんじゃ。ばってこんだけ理路整然と答えられるんやけん康太の頭ん中、第二次世界大戦の世界情勢なんか全部入っとるんやないんか」

「うん」と康太が頷く。

「俺軍歌が好きやけんよう聞くん。そいで興味湧いて戦争のこと調べ捲った」

 美穂ちゃんが唖然とする。

「中学生が軍歌!どうして?」


 美代子の方を向いて、「美代ちゃんも聞くん?」

「私はひろみのファンなんやけど、康ちゃん軍歌のレコードしか持ってないけん、康ちゃんの部屋に居るときは仕方なく軍歌」と諦め顔だ。

「かわいい男の子と女の子が二人っきりで軍歌、何か寒過ぎる絵やね」

 美穂ちゃんがわざとぶるぶるっと震えて見せる。

「でも美穂姉さんいいん。私康ちゃんと居るだけで楽しいけん」

「ごちそうさまでした」と美穂ちゃんが美代ちゃんに頭を下げる。

 ふと思い出した。そう言えば俺も中学時代の一時期軍歌に凝ってレコードを買って擦り切れるぐらい聞いた。六畳の間に一人寝転がって…淋し過ぎる。

「父よあなたは強かった」「加藤隼戦闘隊」「ダンチョネ節」

 と同時に、戦争の写真が見たくて図書館に通った。

 康太は美代ちゃんと図書館デートか。何と羨ましい。

「美代ちゃん康太と図書館行ったん?」

「うん行ったよ。私勉強得意じゃないから康ちゃんと行ったんが初めてなん」

「涼しいから夏は最高」

「そうか羨ましいなぁ。俺も一回図書館で女の子とデートしてみたかったでぇ」

「じゃぁ私が今からおじさんと図書館行ったげようか?」と二ッと笑う美穂ちゃん。

「けっ、もうええわ。こん歳で行ったっちゃ面白うもくそもねぇ」

「あれっ、おじさん拗ねて癇癪子供みたい」と美穂ちゃんがくすっと笑う。


 俺は続ける。

「長官ば護衛したんは零戦6機でそん中にエースとして俺と正之が居ったんや。ラバウル航空隊じゃ自他共に認める撃墜王競争のライバルやった」

 康太目眼を丸くして食い付いてくる。

「戦争で亡くなった俺の伯父さん零戦乗りよったん?」

「俺、父ちゃんからも鹿町の叔父さんからもそんなこと聞いてないよ。そいに伯父さんの名前も知らんとやけん」

「そうか、達己康太に何も喋ってなかったんか。奴の気持ち分からんでもねぇな」

「おじさん父ちゃんの気持ち分かるん?」

 康太が俺の方に身を乗り出す。

「今俺は達己の兄貴代わりや。正之のこたぁ、奴の胸だけに大事に仕舞っておきたかったんやろうや。あいつはそういう奴や。喋らんち決めたら意地でも漏らさんけんな。そんだけ正之は奴の大切な記憶になったんやろうな」

「達己にとって正之は自慢の兄貴やったんや。国民学校初等科の下手な字でよう手紙書いてよこしよったで。そいば正之は嬉しそうに俺に見せてくれよったわ。いつも兄ちゃん兄ちゃんち付いて回って正之もそげな達己ばかわいがっとったごたる。おれの出身は熊本やが正之は北松じゃ神童ち言われて期待されとったようやな。ばって俺と同様、正之も家が極貧やったもんで尋常高等小学校から競争率70倍の予科練・乙飛に入隊したんや。頭良かったでぇ。家が貧乏やなかったら東京帝大くらい軽く受かったんやねぇか。腕っ節も強うてよ、喧嘩じゃ誰も正之にゃ敵わんやったわ。俺も正之も入隊したんは14歳のときや。そいから真珠湾攻撃、マレー沖海戦、珊瑚海海戦、ミットウェー海戦、ソロモン海戦と歴戦ば生き残ってきたんに、山本長官の死の責任ば俺ら護衛零戦6機が負わされた。国が俺らに与えた罰は兎に角死んでくれっちゅう無言の圧力やった。ほいでももしかしたら空中戦で死ねるんは罰っちいうより戦闘機乗りの俺らに対する国の温情やったかもしれんな。まぁしゃぁねぇわな、どんな状況であろうにせよ、俺らは大日本帝国の精神的支柱・山本長官ば守りきれんで、結果的に長官は死んでもうた。長官の死は一山幾らの俺らの命では贖いきれんばって、死んで国民に詫びるのが帝国軍人の潔さや。二ヶ月間で正之を含めた5人が戦死した。俺だけ敵機の機銃で左足吹っ飛ばされて零戦に乗れんごとなって生き残った。運が良かったのか悪かったのか分からん」

「死ぬ前に正之ぁ達己に宛てて遺書書いとった。戦後、長崎に行って直接達己に渡したわ」

 俺の話を聞く康太の目が薄っすら赤くなっているのが見えた。

 康太が嘆息を漏らす。

「初めて知ったばい。俺の伯父さんって凄い人やったんやね」

「康ちゃん、今日おじさんが帰ってきたら聞いてみようよ」

「そうやな。俺無茶伯父さんに興味湧いてきた」

「それから俺が正之の代わりに親身になって達己の面倒見てやったんや。組合で門鉄に来たときは必ず俺んところに寄って帰るぜ」


 美穂ちゃんはぺらぺらと調子に乗って喋り捲る俺を胡散臭そうに見ていたが、とうとう我慢出来なくなったようだ。

「おじさんちょっと」と俺を突く。

 2人でビリヤード室に入った。俺はこれ見よがしにスティックを手にすると眼光鋭く球を突いて見せた。カーンと乾いた音がして球が台の縁を踊り回る。

 俺はにやにやしながら、「どうや美穂ちゃん、俺決まっとるぅ?」

「もうおじさん茶化さんで」

「何怒っとるん?」

「怒ってるよ。康ちゃんと美代ちゃんにあんな口から出任せ言って…お父さんに聞いて嘘だと解ったらがっかりするやろ」

 俺はさも当然のように、「出任せじゃねぇよ」

 美穂ちゃんの目がへっと点になる。

「美穂ちゃん、ちょっと前まで俺にビビっとったばってん俺はだぁれ?」

「お、おじさんはこの世の創造主様…」

「そう、俺は創造主。俺に不可能はねぇ。俺が喋ったことはそのまま史実に変わる。大局の歴史ば変えると後がしゃぁしい。事実は小説よりも奇なりっち言うしな。小せぇ事実ならいくら変えても差し支えねぇ。達己の記憶にはもう俺の言うた通りのことが擦り込まれとるし、太平洋戦争関係書籍にゃ木村大悟っちゅう名前が刻まれとるやろうや」

 美穂ちゃんはしゅんとなって、「ごめんなさい。喉元過ぎたら熱さ忘れるかな。私こそ調子に乗り過ぎてた」

 俺は美穂ちゃんの肩をぽんと叩いて、「ええっちゃ。俺と美穂ちゃんの仲やけ罰は当てんっちゃ」

「もうその言葉好かん」

 美穂ちゃんがふぐのように膨れる。


 俺は右手を上げて、「待たしたなすまん」

 康太が神妙な顔で、「俺戦争に行った人に訊いてみたいことがあったんや」

「何や言うてみぃや」

「戦争って死ば一番身近に感じるところやろ。ばって戦争写真集見とったらみんな悲壮感がないごたる気がするんや。みんな死ぬことが怖くないんやろうかって思うて。帝国軍人は武士道精神やと本に書いてあったばってん、愛国心で天皇陛下万歳って死んでいくけん怖くないん?」

 ちっちっと俺は艶付けて眼前で指を振る。

「康太お前、安もんの映画とかドラマ見過ぎや。たった一つの大事な命、陛下は尊敬しとばってん陛下の為には死ねん。国の為にも死ねん。そいは一部の学識教養のねぇ尋常小学校卒の軍国教育に洗脳された無知蒙昧な下っ端兵だけや。俺とか正之とか頭が切れる奴らは洗脳されんっちゃ。された振りしとっただけや」

 俺は弁が熱くなる前に一息入れて喉にコーラを流し込む。

「康太、ここから俺の持論展開するぞ。話長くなる。ええか?中坊に理解できるか?」

「ところでおじさんは撃墜王やったんやろ?」

「何機落としたん?」

「53機や」

「凄ぇ!そいで生き残った戦闘機パイロットの話なんて滅多に聞く機会ないばい。俺はもう伯父さんが予科練に入隊した15歳や。おじさんが言うことちゃんと理解できるばい」

「ほうか、康太お前賢いぜ。さすが正之の甥や」

 俺は美穂ちゃんと美代ちゃんを見て、「二人はいいん?」

 美代子は現金だ。

「おじさんの話真面目に聞いたら私の頭良くなって康ちゃんと同じ鳥巣高入れる?」

  …美代ちゃんらしいキュートな質問や。願い事何でも叶えてやりたくなるわ…

「ああ入れる。俺が保障する」

「おじさんまた適当なこと言って」と美穂ちゃんが目で俺を叱る。

「美穂ちゃん俺は創造主。お安い御用」

「ごめんなさい。つい…」

 美穂ちゃんが怪訝な顔で、「創造主ってなぁに?」

 美穂ちゃんは慌てて打ち消す。

「こっちの話、美代ちゃんは気にしなくていいん」

 俺は中学生相手に大人げなくも口火を切った。


「満州事変から国は軍国一色や。今更少数の国を憂う良識者が逆らったところでどうにもならん。非国民の烙印押されて居場所失うて野垂れ死ぬだけや。もう全世界を覆う暗雲を払い退ける力があるもんなんか居らん。なら考え方ば変えるだけやが、死に方には拘ったんじゃ。俺らインテリは陸戦で泥に塗れて格好悪く死にとうねぇし、やからと言うて将校でお高くとまっててめぇは戦わんで安全圏に居るのも虫が好かねぇ。どうせ死ぬなら憧れの戦闘機乗り、そいも当時世界最高水準の戦闘機、零戦ファイターや。戦闘機乗りは崇高なる格闘家や。勝負に負けたら潔く死ぬ。そいだけや。 国の為でも陛下の為でもねぇ男の美学やな。そいに相手はアメ公じゃ。イエローがホワイトを撃ち落とす。相手にとって不足なし」

「康太、今世界で一番強い国はどこじゃ?」

「アメリカかソ連じゃないと?」

「あぁそうや。二国とも白人の国じゃ。特にアメリカなんかペリー来航依頼ずっと日本人ば愚弄し続けてきたんや。世界を黄色人種がリードしとったんは14世紀までやな。大航海時代になって白人が伸し上がってきやがった。20世紀の初頭、黄色人種で白人に対抗する気概ば持っとったんは日本だけじゃ。俺も正之も、どうせ運命に逆らえんのなら技術の粋ば集めたアメリカの最新鋭戦闘機ば一機でも多くスクラップにしちゃるっち決意したんじゃ」

「康太、漠然としとるばってアメリカっち何じゃ?」

「う〜ん…主にアングロサクソン民族が移民して建てたアメリカ合衆国って言う国のことで…」

「違うね。あれは国じゃね。全世界じゃ」

「全世界?」

「そう。移民で地球上のあらゆる頭脳ば集めて…特にユダヤ人の富と優秀な頭脳が大きかったばってん…今や世界征服者として君臨しとる。俺に言わせて貰えばありゃ国じゃねぇ。反則や」

「近代オリンピックの理念知っとるか?」

 康太が口籠る間に美穂ちゃんが答えてきた。

「もしかして、参加することに意義がある?」

 俺は美穂ちゃんを指さしてオーバーアクションに、「ご名答」

 美穂ちゃんが周りを気にして、「しー、おじさん声が大きい」

「だいたいあげな化け物相手に単一民族の日本が敵う訳がねぇ。ほいでも俺らは半島人や中国人のごつ白人に尻尾巻いて逃げる訳にゃいかんのじゃ。叩き潰されるんが分かっとってもアメリカと4年も戦い抜いたんや。要するに喧嘩することに意義を見出したっちゅうことや。一度根性見せとかんと未来永劫イエローはホワイトに馬鹿にされ続けるけんな。窮鼠猫を噛むの譬えかいな」

「ところで康太、さっきアメ公っち言よったな。達己の影響か?」

「うん。父ちゃんがアメ公って言うとき無茶憎しみが籠っとるよ」

「そうか!」

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