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06,王子様はインフルエンサー


 ――今日も無事、学校へ通う事ができる。


 一般人なら当たり前の事かも知れないが、退魔士である千夜鈴に取っては違う。

 通学路にてしみじみ噛み締めてしまう程度には、体感価値に差がある。


 制服である厚手のセーラー服の上からカーディガンを着て、学校指定の手提げ鞄を持ち、意味不明なくらいに長いポニーテールを揺らしながら、少々肌寒い通学路を行く。

 千夜鈴を知らない者ならば、その姿を見て「おお、妙にイケメンな女子高生だ」以上の感想は抱かないだろう。


 今の千夜鈴はどこからどう見ても普通の女子高生……に、見えるだろう。

 しかし、よく、よーく見ていただきたい。おわかりいただけるだろうか?


 少しだけ、千夜鈴が持っている手提げ鞄にクローズアップしてみよう。

 妙に膨らんでいる上に……何か、はみ出しているのが見えるだろう。薄金色の、少し曲がったステンレス製の細い筒……その部分だけでも、わかる人はピンとくる。


 薬缶ヤカン、だ!


「……………………」


 千夜鈴は、鞄からちょぴっとだけはみ出したヤカンの口に視線を下ろし、少しだけ眉間にシワを寄せた。

 その程度で台無しになるほどヤワな王子様プリンスフェイスではないが、余り似合う表情ではない。


 何故、そんな目でヤカンを見ているかと言えば……。


「おう、そんな面で見るなよ。昨日の晩にも言ったろ? 面が良い奴はとにかく笑え。クァパパパパ!」


 ヤカンの中から響く、豪快にして爽快な声。――翠戦だ。

 ヤカンの中に……翠戦が入っている!


「で、何でそんな面なんだ? 悩み事か? 相談してくれてもいいぞ」

「……今からでも、君を家へ置きに帰ると言う選択肢はないかと考えているよ」

「おいおい、そしたらオレはヤカンから出て、自分の足を使ってお前さんの後をついて行くしかなくなるぜ?」


 酷い脅迫だ、と千夜鈴は思う。

 何せ、翠戦は河童。つまり、本来の姿は成人男性の二倍の身長があり、肉の厚みはそれどころではない巨大な怪物。

 そんなの引き連れて、学校に行けるか。パニック必至にもほどがある。


 ……何故、翠戦がヤカンなんぞに収まっているかと言えば……「以前、大海を知ろうと思って海に行った事があるんだがな。その時、ヤドカリとやらを見つけて、こりゃあ良いと思い付いた。持ち運べる寝床。便利だ。発想の勝利だよなぁ。すげーわヤドカリ」……との事。

 あの巨体をどうやってこんなヤカンに捻じ込んでいるのやら……まぁ、河童にその辺を突っ込むのも野暮と言うか無駄か。


「……どうして、学校にまで付き纏うんだ」

「付き纏うとは言い草が悪いな。見守るだけだよ。お前さんが幸せになれるように。言っただろ? 四六時中、四六しろく二四にじゅうしで二四時間――つまりは、おはようから、おやすみまで。獲物を見据える肉食獣が如く。なんなら陽気にさいころも振ろうか? なにがでるかな、ってよ。クァパパパ!」

「……………………」


 ――僕が、幸せになれるように、か。


 翠戦はそう言って、昨日から千夜鈴に付き纏ってくる。

 昨晩は退魔業にまで付いて来た。相手はただの亡霊だったので千夜鈴の自力で難なく片付いたが、ずーっと傍らで「へいへい、オレがここにいるよ? 頼る? 頼っちゃう? 今なら実質無料で頼れちまうんだぜ!?」とただひたすらに尋常ではなく鬱陶しかった。


「……学校では、一言も発さず、ひたすらおとなしくしていてくれ。誰かに聞かれたら、騒ぎになりそうだ」

「そいつはお願いか?」

「……ああ、うん。そうだよ」


 魔物にお願いをする、と言うのはやはり抵抗がある。

 しかし、ここで妙な意地を張って混乱の種を学校に放り込むような真似はしたくない。

 幸い、退魔士の性か、仕方ないと割り切って諦める事には慣れている。ここはその精神でいこう。


『んじゃあ承知の助。こっちに切り替えよう』

「…………!?」


 ――何だ、頭の中に……じゃない。これは……体中の筋肉の内に、声が響いて……!?


『筋肉会話って奴だ。当世の人間は、ぼでぃらんげぇじ? つぅんだか? オレの筋肉の声をお前さんの筋肉に向けて発信してるのさ。つまり、お前さんにしか聞こえんので、騒ぎになる心配は無し。ついでに、微細とは言え振動のやり取りだから、ちょいとした按摩効果もあって癒されるだろ?』


 確かに……最少出力の電動マッサージ機をあてがっているような甘い痺れがじわじわと広がり、妙に心地良いのが逆に不気味だ。


 ――……まぁ、これなら、問題は無い……のだろうか。


 鬱陶しい、と言う最大の問題が解決できていない気もするが……。

 だが、こんな会話術を持ち出されては、この饒舌家おしゃべりさんを黙らせる方法が思いつかない。

 これもまた、仕方ないと割り切って諦めるべき所なのだろう。



   ◆



 聖ウティナ女学院。聖教せいきょう系の女子校であり、小中高一貫。

 千夜鈴も小学生の頃から通っている。


 他の学校についてはテレビドラマや漫画でしか知らないが、おそらくは「普通の学校」だと千夜鈴は判断している。


「……………………」


 だが、今日は異変が起きていた。

 それに千夜鈴が気付いたのは、昼休みになった頃。


 トイレへ向かうべく、廊下を歩いていた時だった。


「……なんだか、今日は……ヤカンを持った子とよくすれ違うな……?」

『お前さんも他人の事は言えんがな』


 ――誰のせいだと?


 翠戦の言う通り、千夜鈴は王子様フェイスにお似合いな綺麗なウォーキングを自然に披露しながらも、その手にはヤカン。「肌身離さず持ち歩かないと、ついて来るぜ」と脅されたので、仕方なく、持ち歩く事にしたのだ。一々鞄ごとと言うのもなんだから、ヤカンだけ。


 千夜鈴はそう言った致し方ない経緯がある訳だが……他の子は一体何故?

 何やら「ひーん、購買のヤカン売り切れだし、お昼に入荷無かったんですけどー」「昼休み中に校外に出て百均に行きましょう」なんて会話まで聞こえてきた。

 放課後まで待てない緊急性のあるヤカン案件が、女学院の高等部でそう巻き起こるものだろうか……?

 これは、何をどう考えても異常事態では?


 ――まさか、魔物が……?


『魔物のせいなのね、そうなのねって? いやー、オレは当然ながら博識だが、こんな現象を引き起こす異能持ちにゃあ心当たりがないぜ?』


 ――そうだ、それに大体、魔物が起こす怪奇現象は「命の収集」に帰結するはずだ。


 魔物の目的は命を食らう事だ。

 その能力は命を集める、つまりは生命体を抹殺する事に特化して、怪異を引き起こす。


 女子高生にヤカンブームを引き起こして、それをどう殺戮に繋げていく?

 想像ができない……でも、退魔士の心得。魔物との戦場に有り得ないは有り得ない。

 可能性としては低いかも知れないが……ここは一応、万が一を考えて事態に探りを入れるべきか。


『でもよー。退魔の刀は家だろ? もし仮に魔物事案だったとして、どう対処するつもりだ? 今度こそオレを頼っちゃうか?』


 翠戦の言う通り。

 千夜鈴は事故防止の観点から、あんな物騒な代物は仕事以外では持ち歩かないようにしているので、今は手元に無い。


 ――事前調査をして協会に報告する。それも退魔士の仕事だよ。


 魔物の性質や手法を観測し、緊急で被害を受けそうな人間の避難誘導を行う。

 非番状態の退魔士でも、それくらいはできる。


 ――まぁ、まずないとは思うけれどね。


 気配の欠片も無いし……でも、それでも、一応。


『オレを頼れば良いのにー』


 翠戦のブーたれを無視して、千夜鈴が調査に向けて動き出そうとした、その時。


「あ、チャーリー王子。おっはー」

「!」


 千夜鈴に声をかけてきたのは、セーラー服の上から兄か姉のお下がりらしいダボダボのジャージを着た、メガネの女子。

 あちこちお転婆に跳ねた明るい色の癖っ毛とは対照的、常に気怠そうな半目。

 それらの特徴に、千夜鈴はよく見覚えがあった。

 隣のクラスの女生徒、念麻ねま姫星キララ


 中等部からの編入組で、千夜鈴とはもう三年ほどの付き合いのある子だ。要するに、友人。親しい間柄だ。


「やぁ、キララちゃん。こんにちわ」


 友人との挨拶をないがしろにする訳にはいかない。

 と言う訳で、千夜鈴は評判の微笑を浮かべて挨拶。


「わはー。相変わらず良い笑顔だねー。王子様呼ばわりされるだけはある~」


 まるで水入りのペットボトルと遭遇した猫のように、「にゃー」と間の抜けた悲鳴をあげて、キララはジャージの袖に隠れた手で眩しそうに目を覆った。


「ははは、お褒めに与かり光栄だね。ありがとう。君にそう言ってもらえるのなら、僕も嬉しいよ」


 千夜鈴の言葉に、社交辞令のニュアンスはない。

 確かに正味な所、正面切って「美顔男子イケメン野郎」と言うニュアンスで「王子」呼ばわりされるのは、現役女子高生として複雑な心境ではあるのだが……。

 キララも、他の生徒にも悪気は一切ない。むしろ前向きな感情を以てそう呼んでくれている事は理解している。

 このアダ名は、好意の結晶。

 故に千夜鈴は、心底からその賞賛の称号を光栄に思うのだ。


 だから、純粋な微笑みに感謝の言葉を乗せて渡す。


「わー、ほんともう。そう言う対応ところだよー?」

「? あ、ところで、さっき、おっはーと言っていたけれど……もしかして、今、来たのかい?」

「今って言うか、さっきかなー? 四限目のクライマックスくらいから~。やー、二度寝願望で武装した睡魔さんは強いよー。勝てない」


 やや間の抜けた調子なのがキララの喋りの特徴なのだが、最後の一言だけは妙に力強い断言だった。


「相変わらずのお寝坊さんなんだね」


 幸せそうに眠るミィの姿が脳裏を過ぎる。


「仕方ないよー。特に、今朝は太陽さんがフワフワだったから~。あっちにも責任あるよ」


 ダボダボのジャージ袖に完全に隠れた手をのんびりパタパタさせて、キララはフフフと静かに笑う。

 ……昼前まで寝ていたと言うが、もう既に寝落ちしそうなホワホワ感が滲み出ているのは気のせいだろうか。

 伊達に「眠り姫」などとアダ名されてはいない、と言う事だろう。


『ところで、チャーリー王子ってお前さんの事なのか?』


 ――ん? ああ、チヤリとも読める僕の名前と、苗字に「おうじ」って音が入っているから、そこから来たアダ名らしい。


 千夜鈴もこのアダ名を通りすがりに聞いた時、最初は自身の事を指す単語だとは思っていなかったが、キララに教えてもらったのだ。


『成程な。ついでにお前さんのその面も相まってる訳だ』


 ――そう言う事、らしいよ。


『ま、女所帯の寺子屋ガッコーじゃあそう言う需要は狂気の域だろうしな。青春だねぇ。ちなみにお前さん、ソッチはいけんの?』


 翠戦が下世話にクスクスしながら言う「ソッチ」に見当が付かないほど、千夜鈴は子供でもない。


 ――否定しないけれど、僕には関係の無い話だよ。美桜慈は退魔士家系なんだから。可能な限り子孫を残す義務があるんだ。


 一六歳の誕生日を迎えれば、きっと退魔協会の方から縁談の話も持ち上がってくるだろう。

 同じく退魔士家系の男性と結婚して、両親がそうしたように、純正の退魔士を育成していく。

 それも退魔士の宿命だ。


『あーはいはい。出た。それか。っともう、このお嬢さんはどこまで……』


 ――……?


 妙に呆れ果てたような翠戦の声に疑問を抱いた千夜鈴だったが、それを訊く前にある事に気が付いた。


 キララがしゃがみ込んで、千夜鈴の持っているヤカン(翠戦ホーム)を興味深げに観察していたのだ。


「……キララちゃん?」

「ほっほーん。で、これが件の『王子ヤカン』かー。この時勢にヤカン。これはファッション業界も激震せざるを得ないよね。目の付け所が流石だねー」

「へ?」


 何やら、妙に物知り風な口ぶりだ。


「お、王子ヤカン?」

「うん。さっきねー、通学路でさー。授業を抜け出してどっか行こうとしてる子達に会ってさー。なんとなーく事情を訊いたらねー」



   ◆



 ――それは、朝のHR終了直後の、ある女子グループの会話。


「ねぇ、みんな聞いて! 速報よ! チャーリー王子がヤカンを持っているわ!」

「ヤカン!? ヤカンなんで!?」

「えぇ……って言うかマジ?」

「マジに決まってんでしょ!? はいこれ証拠の盗撮写真!」

「これは……疑いようもなくヤカンだ……なんで? 御家柄の都合?」

「わからない……でも……」

「ええ……何を持っていても、チャーリー王子はかっこいい……!」

「もしかして、最新のファッションなのかしら?」

「そうよ、きっとそうよ! そうでもなければ意味も無くヤカンを持ち歩くなんてただの変人じゃない!」

「チャーリー王子が変人だったらこの世に生存価値のある人間なんていないわ!」

「つまりアレは最先端のファッションなのね!? それ以外の事実は有り得てはいけないのね!?」

「どのファッション誌にもそんな記述は無い……うそ、私らの王子、最先端いきすぎ……!?」

「……そう言えば、ウチの購買って……用途不明な雑貨品類も売ってたよね……ヤカンも確か……」

「「「「「 !!!!!!! 」」」」」



   ◆



「……って感じで、チャーリー王子教団(ファンクラブ)を中心に、空前のヤカンファッションブームが今朝から大爆発、だって。私も真似した方がいいかなー?」

「………………………………」


 つまり、ヤカンの怪異は魔物の怪異とかまったく関係無く……。


『……お前さん、多分、女専門の詐欺師とかでもやっていけるぞ』


 ――やらないよッ!


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