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03,廃屋敷の皿


 美桜慈家に代々伝わる、薄桜色の刃紋を持つ退魔刀【首落はなおとし】。

 魔物に致命打を与える事ができる希少鉱物をたっぷり含む一振り。

 大きさは腰に帯びれる普通の刀だが、見た目だけだ。実際の重量は――まぁ、わかり易く例えると「原付バイク一台分」くらいか。退魔具の中にはトラック数台分の重量がある代物も存在するので、比較的軽い部類ではある。

 と言っても、常人には到底扱えない逸品だ。

 これを振るうために幼い頃から鍛えてきた千夜鈴だからこそ、悠々と取り回せるのだ。


「……ここか……」


 首落を収めた特殊繊維の竹刀袋を片肩に背負い、人や動物と衝突事故を起こさない程度に急ぎ足で、千夜鈴はある屋敷の前に来ていた。

 敷地の規模だけで言えば美桜慈邸にも負けず劣らずの大豪邸のようだ。外壁は見上げ続ければ首が痛くなるほどに高い。しかし……大きいだけで見すぼらしい。長年放置されていたのだろう。見るからにボロボロ。本気で殴ればいとも簡単に貫通……どころか、大穴を空けて通り道を作れそうだ。

 半ば朽ちて崩れた巨大な門扉に差し掛かると、見慣れた黄色いテープと二人のお巡りさん。


「おはようございます。お待たせしました。お疲れ様です」


 正気とは思えないほどにポニーテールを振り揺らして、千夜鈴は丁寧なお辞儀と共に、お巡りさん達へお決まりの挨拶。


「「はっ、お待ちしておりました! 頑張ってください!」」


 対するお巡りさん達もお決まりの文言で返してくれた。

 互いにテンプレートで雑なやり取り……などでは決してない。


 毎度、千夜鈴はお巡りさん達に心底から敬意を示している。

 だって当然だろう……幼少から狂ったような訓練を受けてきた上に魔物への対策兵器リーサルウェポンとも言える首落を装備している自分でさえ、魔物と関わるのは恐い。不安だ。勇気が要る。

 お巡りさん達もまぁ魔物対策の訓練を多少は受けているだろうが、退魔士家系の者ほど徹底したものは受けていない。支給されている武器だって、ただの拳銃と警棒。魔物に有効打を与える事は望めない装備。そんな状態でも、この人達はここにこうして不動。退魔士到着前に警戒区域内の魔物に妙な動きがないとも限らない。もしも魔物が近場の人間をターゲットに事を起こせば――まず犠牲になるのはこのお巡りさん達……だのに不動!

 覚悟しているのだ……このお巡りさん達は! いざとなれば、自ら達が盾にならんと! そうして少しでも市民への被害が減るのなら、本望なのだと!

 同じく魔物の恐ろしさを知る者として、同じく皆を守る者として、敬意を抱かずに要られるか……!


 一方、お巡りさん達だって、心底から千夜鈴を応援している。

 あたら若き少女が、世のため人のため、魔物に対しては無能に等しい自ら達に代わって戦ってくれている! 大人としては悔しみと恥の極致だが……凡人では、魔物と戦える体を作る訓練に耐える事すらままならない!

 魔物と戦うに必要な才覚を持っていた……ただそれだけの理由で、こんな少女を最前線へと送り出し、命を張らせなければならない歯がゆさ……!

 だがお巡りさん達は知っている……己の無力を、少女の悲劇を嘆いた所で、世界は何も変わらない! 嗚咽は無用、涙は不毛……!

 ならばせめて、渾身の声援を! この振り上げた右手に、無力な自分にでも示せるだけの想いを込めて、最高の敬礼を!

 クソの役にも立てない我々大人達を許せとは言わない、呪ってくれてかまわない……とにかく頑張って、どうか、生き残ってくれ!

 そして――ああ神よ、尽くせるだけの誠意をここに尽くします。ちっぽけな我々が捧ぐこの惨めな献身を知るならば、どうかこの立派な少女を守りたまえ!

 そんな祈りを込めて! お巡りさん達は応援の言葉と不動の敬礼!

 武運を祈る事しかできない者達による、ただひたすらの祈り!


 ――互いに互いの敬意は充分以上に理解できる。

 だから、これ以上のやり取りは要らないのだ!


「ありがとうございます。……では、いってきます」


 千夜鈴はお巡りさんに王子様が如き微笑みを添えたお礼を告げて、跳ぶ。魔物と戦うために鍛えた脚力を以てすれば、己の身の丈三倍程度は跳べる。

 常軌を逸して長いポニーテールを風にはためかせ、黄色いテープで封鎖された巨大な門扉の上に悠々と跳び乗った。


「……っと……」


 乙女としては致命的なほどに筋肉で満ちた肉体重量が崩落を招く前に、千夜鈴はもう一度跳ぶ。

 重い着地音と共にド派手に砂利を吹き飛ばしながら、門の内へと降り立った。


「…………」


 ――今の着地音、外のお巡りさん達にも聞こえてるよね……。


 決して態度には出さないが、千夜鈴だってその辺は多少、気にする。

 今は仕事中。そんな事を気にする場合じゃあない。……それは理解しつつも、セーラー服を公然と纏える年頃の乙女だ。容姿や物腰が王子ムーブでも、きっちり女の子。

 しかし、体脂肪率が測定不能な極微値領域にまで絞られた千夜鈴の肉体に、筋力を維持したまま減量する余地は残されていない。

 一瞬の羞恥、刹那の諦め。

 千夜鈴は気を取り直し、口をきゅっと結ぶ。


 頭の中で、メールに記されていた詳細を反芻しながら、ゆっくりと立ち上がり、「目的地」を探す。


「……あれか」


 これまた、オンボロな蔵。跡形も無く木製の瓦礫山と化した本邸宅に比べればマシだろうが、それでも半壊以上と断じて良いだろう。


 この廃屋敷は元々、美桜慈家と同じ退魔士家系の一族が暮らしていたらしい。

 ……今では過去形でこのザマな理由は、わざわざ推理するまでもなく明らかだろう。

 全滅して、一族が途絶えた。それだけ。

 退魔士個人単位の死はよく聞く話だが、一族単位で途絶する話は滅多に聞くものではない。それが起きないように退魔協会が最大限の気を使うからだ。しかし、それでもどうしようもなく。そう言う事が起きてしまうのだ。

 ひとえに、退魔士の人材不足が要因だろう。途絶寸前の一族に危険な仕事を回したくなくとも、回さざるを得ない。そして、途絶する。

 ……現状、千夜鈴に取っても決して他人事では無い話なのが、ゾクリと背筋を冷やす。


 まぁ、今、問題なのはその辺りではない。

 今回の案件にて問題と化したのは、その一族が「残してしまったもの」。


 今回の退治対象は、かつてこの廃屋敷に住んでいた一族が「封印した魔物」。


 安全に魔物を退治する術はないものか……と技術の研磨に勤しんでいた退魔士一族は少なくない。退魔協会にだってそう言う部署は存在する。

 この廃屋敷に住んでいた一族が求めたのは、魔物を封印する術。


 結果として、それは何とか形を成した。

 しかし、その術の反動で、使用者の退魔士が酷く衰弱。数日後には息を引き取った。実験的に術の行使は何度か行われ、そのどれもが同じ結果を残したそうだ。

 それを受けて術の改良に取り組んでいる最中、その一族は途絶した……と。


 して、今回の退治対象は、その術の実験運用で封印された内の一体。

 一族途絶後、封印された魔物はすべて協会が回収し、研究に利用していたつもりだったが……一体、取りこぼしがあったらしく。

 封印が経年で劣化して崩落、封印されていたそれは自由となり、あの蔵を根城にしている……との事。


「……………………」


 慎重に警戒しながら、千夜鈴は蔵へと向かって歩を進める。


 ――気配は、今のところ無いけれど……。


 情報によれば、相手はただの魔物ではない。

 魔物と呼ばれる存在の中で、最も厄介な種別――妖怪だ。それも、日中でも活動できる特殊型。闇に潜む肉食獣のように気配の遮断なんて芸当ができたとしても、何らおかしい話ではない。


 最大限の警戒は必要不可欠。

 ……だが、このまま蛇とお見合いした蛙のように不動を決め込んでも、無意味に時間が過ぎるだけ。


 千夜鈴は呼吸のスパンを意識し、コンディションの安定に努める。

 あらかじめの準備も万端にすべきだろうと考え、竹刀袋から首落を取り出し、桜色の鞘から刃を引き抜いた。

 朝陽で爽快に輝く薄桜色の刃紋は、月明かりで妖艶に輝く時のそれとは違った趣がある。もっとも、その辺りに気を回す余裕など千夜鈴には無いが。


 ――次の瞬間に余りにも想定外な何かが起きても、必ず対処しなければならない。


 限界まで、限界まで、感覚を尖らせ――――パキンッ。


「ッ」


 足を伝った感触と耳に伝わった音に対し、千夜鈴は即座に後方へと跳んだ!


 ――何か、踏んでしまった……!? 足元の警戒なんて初歩中の初歩、めちゃくちゃ注意していたはずだのに!?

 いや、今は混乱や動揺に心を任せるべきでない。分析と対処を。


「……あれは……皿……?」


 千夜鈴が見据える先、先ほど、千夜鈴が踏んでしまった何か。

 それは、一枚の白無地の皿。割と厚みはあるタイプで丈夫そうな皿だが、見た目の数倍は重量級である千夜鈴に踏まれてはひとたまりも無し。バッキバキに砕けてしまっている。


 ――何で、こんな所に、皿が……?


 それも、よく見てみれば妙に白い。歯磨き粉のCMに出演する俳優の歯すら霞む白さ。どう見ても良質新品。砕け散った今でも、そう言うインテリアとしての価値を付けられそうだ。

 廃屋敷の庭に、新品同然の皿が一枚、転がっている……明らかな異常事態!


 ――そう言えば。


 千夜鈴の脳裏をよぎったのは、今回の退治対象についての情報。

 過去の交戦記録が少ないため詳細の大部分が不明の妖怪だが、名称だけは明らかにされており、メールにてその情報が開示されている。


 妖怪の名は――【大皿番長さらばんちょう】。


「一枚、割りやがったな?」


 声は突然、背後から響いた。

 まるで鼓膜に泥を塗りたくられるような、不快な濁り声。

 罪人を責めたて呪う、負の感情だけで構築された音。


「――」


 驚愕の悲鳴を吐く暇はない。千夜鈴は首落を後方へと振るって牽制しながら身を翻しつつ、バックステップで声から距離を取る!


 ――が、薄桜色の刃は空振り。手応え無。

 見据える先にも異変は無い。ただの荒れ果てた庭が広がっているだけ。


 ――パキンッ。


「なッ……」


 足を伝った感触、耳に届いた音。……覚えがある。

 千夜鈴は視線だけを動かして足元を見た。そこには……砕け散った、皿が。


「二枚だ。二枚も割った。テメェは二枚も皿を割ったんだ」


 またしても、呪いをかけるような濁り声。今度は、正面から。

 視線を戻せば、そこには確かな異変があった。


 大まかな形としては、人のそれ。頭があって、四肢がある。身を包んでいるのは上質な羽織袴。

 高貴な和人、パッと見はそう言えなくもないが――皿だ。顔面に、真っ白な皿を貼っ付けているのだ。面紐などは確認できない。完全に、皿が、顔面に貼りついた和装の何者か。

 一言で言い表すなら――皿男!


 ――これが、大皿番長さらばんちょう


 妙に人間風な見た目でありながら、その顔面には確かな異質を備えた皿男。一目に突きつけられる激しいギャップ。それが神出鬼没する。

 普通の人ならば、混乱の極致に陥れられる衝撃的一幕。

 だがこんな衝撃、退魔士ならば慣れたもの。

 千夜鈴は即座に判断をくだし、皿男の首目がけて刀を振る――おうとした。


「……!?」


 右腕が、動かない。動かせない。

 いつの間にか……いつの間にか、だ!

 千夜鈴の右腕には――紫色の瘴気を纏った荒縄が巻き付いていた!


 不可解! いつの間に、と言うのは勿論。

 どこに繋がれている訳でもない一巻きの荒縄を巻かれているだけで、まるで雁字搦めにされたように、腕が拘束されて微塵も動かせない!?

 刀を左手に持ちかえようにも……指一本開く事すらままならない!


「よく見ろよその皿……テメェが踏んだ皿をよ。白いだろ、すごく。上等な皿だ、すごく上等な皿。例えるなら『無類の活躍をした武士が、褒美として将軍様から賜るような皿』なんだよ。だがテメェはそれを割った。割って使えなくした。バッキバキの粉々だ。これじゃあもう何も盛れやしない……その皿はもう無意味。テメェがその皿から意味を奪った。つまりそれは……この世からその皿を『失くした』って事だ」


 ――まずい、とにかくまずい……!


 退魔士の心得、何が起きても混乱するな。

 魔物なんて、基本は人智を超えた理解不能存在。それが行使する異能となれば、原理など解析不能で当たり前。

 故に、理解できない事は、「そう言う異能なのだ」とざっくり割り切って、対処しろ。

 例えば、目の前に大きな熊がいたとする。その熊が一体どこからどうしてやってきたのかを解明した所で、その熊はいなくならない。無意味だ。

 考えるべきは、どうすれば熊の脅威から身を守れるか。


 魔物の異能には、大概「射程距離」がある。

 奇妙な異能を食らったら、とにかく一旦、距離を取るのが最善!


 だが、


「ッ!?」


 左足も、動かない。まるで、その場に縫いとめられてしまったかのように。

 足首の辺りには――またしても、紫色の瘴気を纏った荒縄が、一巻き! 合計で二巻き目だ!


「上等な皿を失くしたら、罰を受けるのが筋だ。縄でぐるぐる巻きにされて、たくさんの暴行を受けて、最期は自分で枯れ井戸に身を投げる。それが筋。それが道理。それが正しい罰。極悪なテメェが迎えるべき結末」


 皿男が、笑っている。

 皿を貼り付けて表情を隠しているのにそれがわかるくらい、耳の位置が大きく動くくらい、満面の笑みを浮かべている。


「さぁ、テメェが割った皿を数えろ」


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