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01,いのち短し、嘆き諦め


 平均寿命が着々と伸び、遂には一〇〇歳を超える昨今の時勢を考えるに、美桜慈ちゅらおうじ家の者は酷く短命だと言えるだろう。

 先祖代々から、ろくに長生きもできないような稼業を生業としているせいだ。


 美桜慈ちゅらおうじ千夜鈴チヨリと言う少女もまた、例外ではなく。

 一五歳、花盛りの女子高生である彼女ですら、既に美桜慈家の者としての宿命の中に在った。


 ――冬の寒空で薄三日月が笑う頃。

 千夜鈴は地に擦れそうなほどに長いポニーテールヘアを一歩ごとに揺らしながら、やや駆け足気味にとある公園を訪れた。

 ただの公園ではない。……正確には、本日の日暮れ頃からただの公園ではなくなった。

 入口に設置された雌雄一組の魔除獅子しーさー像を支柱にして、これでもかと言わんばかりに黄色い封鎖テープが張られている。執拗なほどに隙間なく張られたそれは、もはや黄色い壁。馬鹿でもわかる立ち入り禁止。駄目押しとばかりに青い制服でビシッと決めたお巡りさんも二人配置されている。


「こんばんわ。お待たせしました。お疲れ様です」


 千夜鈴は女子高生らしくもない落ち着いたトーンで挨拶を口にし、ぺこりと丁寧に頭を下げた。拍子で、やたらと長いポニーテールも大きく揺れる。


 市民の生活を守るために日夜影日向、尽力し続ける警察官への敬意がハッキリと見て取れる、非常に丁寧なお辞儀。

 しかし、二人のお巡りさんは決して彼女を褒めるべきではない。

 何故なら、今は日付変更もそう遠くない時間帯であり、千夜鈴はまだ一五歳の女子高生だからだ。


 妙に大人びた淑やかな態度に加えて、中性的な凛々しい顔立ち、そして一七〇センチ超と言う女子高生としては群を抜いた高身長を持つ千夜鈴は、確かに未成年には見えない。

 だがしかし彼女は今、学生丸出しの装い――厚手のセーラー服姿にカーディガン、加えて「聖ウティナ女学院高等部一年一組 美桜慈千夜鈴」と丁寧かつ割と大きめに刺繍された竹刀袋を背負っているのだ。


 お巡りさん達は彼女を褒めるどころか、補導するべき事態。

 未成年、それもあたら若き女子高生が! 独りで夜道を行くとは何事か!

 その危機管理能力の低さを糾弾して然るべきのだ。


「「はっ、お待ちしておりました! 頑張ってください!」」


 だのに、なんたる事か!

 お巡りさんは二人揃ってビシッと敬礼! 口から出たのは糾弾の言葉からは程遠い歓待の意と応援!

 何も知らぬ傍から見れば異様、珍妙な光景……!


 千夜鈴は困惑する様子も無く、綺麗な敬礼を披露するお巡りさん達にそれぞれニッコリと微笑みかけた。

 目が合えば春のそよ風や陽の温かさを錯覚してしまいそうな、柔らかな微笑だ。中性的かつ端正な顔立ちも手伝い、御伽噺に出てくる爽やかな王子様プリンスを彷彿とさせる。彼女が友人知人に女だてら「王子」と呼ばれる所以のひとつである。

 お巡りさん達も思わず、少女漫画のヒロイン心地で胸キュン顔。


「はい。ありがとうございます。……では、いってきます」


 応援への感謝を簡潔に述べて、千夜鈴は跳んだ。自身の身長よりも高く築かれた封鎖テープの壁を、ひょいっと軽く跳び越える。

 膝丈のスカートでもそこまで高く飛んでは中身が――しっかり体操服のズボンを履いていた。


 ドンッ! と言うとても乙女の着地音とは思えない重い効果音を鳴らしつつも難なく着地し、千夜鈴は静かに周囲を見渡す。首の動きに合わせて、非常に長いポニーテールも左右に揺れる。


 時間帯や入口の現状を加味すれば当然の話だが、公園敷地内は静まりかえっていた。

 人の気はなく――そして、小動物や虫の気配すらも無い。風も無い。耳に違和感を覚えてしまうほどの無音。静止画の中に落っこちてしまったような気分になる。


「……近くにいる」


 千夜鈴は何かを察したのか、きゅっと口を結んで緊張を表情にした。

 夜の静寂に沈んだ公園が不気味――と言うのも多少はあるが、ただそれだけでここまで表情を強張らせるほど、千夜鈴は気弱ではない。

 むしろ気丈な部類の彼女ですら、こうなってしまうような要素がこの公園にはあるのだ。


 ――そしてそれは、不意に……爆ぜたッ!


「ッ!」


 前方から千夜鈴の方へ、夜の帳を引き裂いて一直線に走ってきた一筋の光!

 間違いなく炎だ! 朱色の閃光とも見間違えそうな勢いで走る炎!


 千夜鈴は背負っていた竹刀袋を踵で蹴り上げて、ふわりと浮かび上がったその先端を右手で掴み、そのまま振り下ろした!

 見事、奇怪な炎を叩き落とす事に成功! だがしかし当然、炎に触れた竹刀袋は発火し、燃え散ってしまった。

 焼失した竹刀袋の中から現れたのは――桜色の柄巻と同色の鞘が特徴的な、日本刀!

 銃刀法! と叫びたくなるところだが安心して欲しい。千夜鈴はきちんと国から特別な許可を得ているので問題無い。


遺念火いねんびと言う事は……報告通り、【魑魅霊すだま】か」


 奇怪な炎の出所をまっすぐに見据えながら、千夜鈴、抜刀! 月明かりを受けて淡く薄桜色に光る刃が露わになる!


「退治対象、確認」


 千夜鈴が構えた刃の切っ先の延長線上、そこで揺らめくひとつの影。

 それはまさしく、影だ。人の形をした黒い存在。道理ならば地や壁に貼りつく平面の存在であるはずの影が、まま立体化したような異形!


「オ、オオォオオオオ……オオオオ、オオオ……!」


 影が吠える! 低く鳴りすさぶ隙間風のような唸り声……!

 周囲に煌々とした火の玉を侍らせた黒い影、その正体は――【魑魅霊すだま】と呼ばれる魔物!

 遺念――つまりは死者の念が集積して誕生する魔物であり、そのほとんどが見境なく生命体を襲う。誕生した場所から移動しない……と言うより、離れられないのも特性。

 魑魅霊すだまは、生まれた場所に溜まる死者の念を糧とする。だから生命体を殺して糧を得ようとするし、餌場からは離れない。

 知性の度合いで言えば、野山の獣と同レベル。縄張りを持ち、獲物を襲い、殺して、食らう。ただそれだけを繰り返す。


 野山の獣であれば、その生態も自然の摂理として許容されるだろう。

 しかし、ここは野山ではないし、魔物は世の理から外れた怪物だ。


 だから、退治しなければならない。


 理法の埒外よりまさしく理不尽に暴威を振るう輩から、無辜の民草を守る!

 それが退魔士たいましと呼ばれる者達の御役目ッ!

 美桜慈家の者が先祖代々から続ける稼業にして家業!


「オオオオオオ、オォオオ!」

「……苦しいんだね」


 禍々しく吠え立てる黒い影に、千夜鈴は少しだけ表情を歪めた。痛ましい、悲しい。そんな顔。


 ――苦しいに、決まっている。

 魑魅霊すだまは、言うならば幽霊だ。最初から悪辣極まる魔物だったのではない。かつては誰かだったものが集積した、誰でもない誰かだ。

 元は人か、少なくともまともな生き物だった誰かが、魔物なんて悍ましいものになってしまったのだから、苦しむだろう。


「もう少しだけ、耐えていて。僕は、君を必ず――」

「オオオオオオオオォォオオオオォオォォォ!」


 黒い影が千夜鈴の言葉を遮る形で吠え立てて、周囲に侍らせていた火の玉、遺念火を一斉に射出した!


 対する千夜鈴は、走った。恐ろしく長いポニーテールを激しく揺らしながら、舌を垂らせば地を舐め取れるくらいに姿勢を低くして!

 その健脚、明らかに女子高生の平均値を逸脱している!

 当然だ。千夜鈴は美桜慈家の退魔士として、幼少期から積み重ねてきたのだから!

 見てくれでは高い身長相応にやや逞しい程度にしか見えない肢体だが、実際は体脂肪率ほぼゼロ%、極限まで引き絞られたしなやか筋肉の塊であるッ!


「オォオオ!?」


 無数の遺念火を一瞬で掻い潜り、千夜鈴は黒い影の眼前にて一歩、大きく踏み込む!


「――シッッ!」


 勢い良く息を吐き捨てて、渾身の力を両腕に乗せる。

 全力全霊を込めた斬撃で、黒い影を切り上げる!


 ――両断ッ!


 斜め一文字、黒い影の脇腹から対角上の肩まで、一刀一閃にて完璧に断ち切ったッ!


 しかし、それで終わりではない。

 千夜鈴は刀を振るった勢いを止める事なく、そのままくるりとその場で回転。まるで舞い踊るような自然な挙動の流れで、二撃目、刺突を放った!


「ォ……!?」


 両断され地に落ちる最中にあった黒い影の眉間を、薄桜色の刃が貫くッ!


「ォ、オ、オオオオォォォ……」


 黒い影は抵抗を試みたのか腕を伸ばしたが、間に合わない。

 魔物の絶命――世の理から外れたその体は、力を失えば世界から拒絶され、消え失せる。

 掠れる断末魔をあげながら粒子以下の存在にまで分解されていく黒い影を見て、千夜鈴は今にも泣きだしそうな顔で、


「……ごめんね」


 ――でも、


「魔物は、必ず殺さなきゃいけないんだ」


 ……トドメとして放った刺突による追撃、必要か不要かどちらかと言えば、不要に等しかっただろう。

 退魔の刃は、魔物に取っては猛毒を塗りたくった毒刃だ。弱い魔物相手なら、かすり傷でも致命傷。両断した時点で、勝負はほぼ決していた。

 それでも千夜鈴は、一瞬の躊躇いすらも無く追撃する事を選んだ。


 万に一つの可能性すらも与えず、必ず、殺すために。


 ――殺されてでも、必ず殺せ。

 それが、美桜慈家の退魔士に脈々と受け継がれる教え。


「……僕は魔物を……必ず、殺し続けなきゃいけないんだ……」


 夜闇と静寂の中、悲愴の相を浮かべた少女は独り、消え入りそうな声でつぶやいた。

 ……とうの昔に涙の枯れた泣き顔で、まるで、誰かに救いを求めるように。


 それでも、少女は言わなかった。


 もう、「助けて」とは言えなかった。


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