お茶会と王太子
それから一月後。私はお母様の宣言通り新しく仕立てられたドレスを身に纏い、銀の髪を結い上げて、お茶会が始まるまでの付き添いとして来て下さったお兄様とお茶会の会場である王宮にやって来ていた。
そしてやはりというかなんというか、貴族の中でも抜きんでて顔の造形が整っているお兄様は、非常に人目を引いていた。そして、そんなお兄様にエスコートされている私も。
(目立ってる…。かつてないほど、目立ってる…!)
そしてその中には、数居る婚約者候補の中でも一番その座に近いであろう私への敵意の視線も当然、というかそれがメインだ。
「おにいさま…」
「ん?どうかした?」
「よ、よんでみただけです!」
パアッと花が咲く様に笑うお兄様。言えない…。この、何にもわかっていない様なお兄様に、言えるわけがない。ちくちくと刺さる視線をお兄様と話すことで、気を紛らわし知らぬふりをする、が、もうそろそろ[お茶会]が始まる時間のため、お兄様は一旦会場から退出しなければいけない。
「それじゃあ、僕はそろそろおいとましようか。帰りにまた迎えにくるから、その時に殿下の婚約者になっていた、なんてことがないようにね。僕の可愛いアリア」
「(まぁなったとしても王太子様はヒロインに恋するし、大丈夫だとは思うけれど)はい、おにいさま」
よしよし、なんて満足げに頷くお兄様に、一瞬君婚のプレイ画面の向かいにいた[エドワード・レーナード]の姿が重なって見えた気がした。うーん…君婚のお兄様は自分の容姿を最大限利用した立ち振舞いをしていたから、今のお兄様してるお兄様とはちょっと性格違ってるんだけど…。
「きのせい…?」
確かめようにももうお兄様は席を立ってしまったし、そもそも確かめる方法もない。それに、考えに耽っているうちにいつの間にかお茶会が始まってしまっていた。これでは王太子様への挨拶は一番最後になってしまうが、まぁ王太子様が少し休憩を挟む頃に飲み物でも持って挨拶に行けばさして問題はないだろう。
「でんか。よろしければこちらを」
「お前は…」
「レーナードこうしゃくけのむすめ、アリアンヌでございます」
「…そうか。丁度喉が乾いていた所だからな。貰おう」
思ったよりも対応が柔らかく、おや?と思ったが、まぁ王太子様もまだ5歳。そういうものだと思うことにしよう。
彼は王太子アレクセイ。君婚のメインヒーローで俺様キャラ。しかし王太子としての教育をしっかり受けてきた為、ただの俺様ではなくもの凄くできる俺様だ。メインヒーローということで(?)髪も赤色。
(さて、じゃあお仕事も終わった事だし、後は適当にお菓子でも食べて帰ろうかな。…お友達は、できなさそうだし)
王太子様が来たことで一度はおさまっていたあの敵意の視線が、今度は飲み物を渡したことで更にパワーアップして再び私に突き刺さる。まぁこれはぼーっとしてた私の自業自得でもあるし、仕方ないのかもしれないけど。
そう思いお菓子に手を伸ばしたその時。
「アリアンヌと話がしたい」
………ん???
「俺達は中庭に行くから、何かあれば呼べ」
え????
「行くぞ、アリアンヌ」
えっ、あれ?どういうこと??私の記憶が正しければ、今王太子様に手を引かれているのはヒロインの、はず。間違っても悪役令嬢ではない、はず。そして私は?悪役令嬢の、アリアンヌ・レーナード。うん、違うな。
「お、おまちくださいでんか!しつれいながら、わたくしをだれかとおまちがえでは…?」
「いや、お前で合ってる。間違いはない」
きっぱりとそう言った王太子様だが、思いっきり間違っている。ヒロインではなく、悪役令嬢連れてきている時点でかなり間違っている。
そして中庭に到着し、さっきまでずんずんと動かしていた足を急にぴたりと止めた王太子様は、くるりと半回転してそのまま私を抱き締めた。…抱き締めた????
「ようやく逢えたな…、リリアーナ…!」
…失礼ながら殿下。それはヒロインの名前です。