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花見ノ友

紙ヒコーキ

作者: 春花とおく

それは、雲を思わせる白い飛行機は、そっと私の指を離れた。


それはすぅっと、滑るように飛んだ。


それは、飛行機としては上手く飛んだかのように見えた。


しかし、それは次の瞬間、ぶるっと体を震わせたかと思うと、気だるげに浮遊を始めた。



一瞬それは上を向き、ふわりと上昇。


そして急に機首を下にもたげ、降下を始めた。


クシャッと紙の潰れる音がするのと同時に「まるで」

と思った。


まるで、私のようだ。と。


その恋は上手く進んだかのように見えた。

彼が悪かった訳では無い。

彼はクラスでも、いや学年でも上位に食い込むイケメンだし、いわゆる陽キャというやつだ。

友達とバカ騒ぎして、声を出して笑う彼を嫌う者はおそらくいなかった。私も。


なぜ教室で本を読んでばっかの私に、彼が好意を抱いたのだろう。


顔?私は十人並だ。


性格?根暗が好かれる時代ではない。


財産?そんな話はした覚えがない。


考えてもわからないけど、恋とはそんなものかもしれない。


私も、わからないから。


彼のことが初めから好きなわけではなかった。


なのに、彼が初めて赤い顔を見せた時、私は少しドキッとして、Yesと答えていた。


初めての彼氏。


それだけで私は舞い上がった。新たな自分。次のステージに飛び立つのだ…。


まるで紙ヒコーキ。

ただの紙からヒコーキになって、舞い上がって、空へ飛び立つ。


付き合ってその日のうちに一緒に帰った。

彼はたくさん喋った。いつから私を好きだったか。

喜びを口にした。私も、と言った。


「ずっと好きでいるよ」


彼は言った。私も、と私は言った。


夏には海に行こう。秋には紅葉、あと焼き芋!

それからクリスマスは外せないな。私、バレンタインにはマフラー編むよ。


次の週末にはデートに行った。水族館はデートスポットとして定番だったから、ウキウキした。フワフワ浮かぶクラゲを見て、「キレイ」って言った。

「お前の方がきれいだよ」って言葉を少し期待したけど、彼は言わなかった。私はその事を言って、二人で笑った。


次の週も、その次も、二人で出かけた。

その度に彼は、プレゼントをくれた。

それほど高くないものだったけど、「毎回くれなくてもいいよ」って言った。

「まあ、男だから」と高校生のくせに…


その頃にはもう、彼を大好きになっていた。

私の恋は順調に進んでいた。

それは、表面上だったのかな。


二ヶ月くらい経つと、デートにほとんどいかなくなった。「お金がない」と彼は言っていた。

「お金かからないとこ行こ」って言っても「男だからさ」と友達と遊びにいくことが多くなった。


デートをする事もほとんど無くなって、それでも別れるなんて露ほども考えず、やがて、夏が来た。


「海行こう」


彼の言葉にこれほどときめいたのは、告白以来だった。それほど久しぶりのデートだったし、それも、海だから。


その日はとても暑く、空は真っ青だった。

飛行機雲がそれを分かつかのようにのびていた。


私はビキニを着ていこうか悩んで、やっぱり恥ずかしくって学校の水着を着ていった。

彼は少しチャラそうなオレンジの水着を着てきた。

それがけっこう似合っていて、茶化すと彼は「そうかな」と微笑んだ。


泳いだり、日光浴したり、砂遊びをしたり、時間はあっという間に過ぎた。


太陽もオレンジがかってきて、帰ることになった。


「話があるんだけどさ」


彼が言った時私は愛の言葉でも囁くのかと思った。

それほど浮かれていた。


なのに、その口から出た言葉は、全くの逆だった。


「ごめん。俺たち、別れないかな」


何か誤魔化すような笑顔でさらりと、であるがその言葉は私の幻想を切り捨てるように響いた。


「嫌だ」といえなかった。

「なんで」すら、胸の奥で燻っていた。

「そうだね」何故か出てきたのは真実とは違う言葉だった。


そうして私の恋は潰れた。


教室の扉を開くと、大きな笑い声がした。


男子が一人の机に集まって、何やら話している。

その中には、彼もいる。

その笑顔はいつもと変わらず、やっぱり私とは反対。


目が合いそうになったから、下を向いた。


自分の席へ行って椅子に座ると、誰かが私の方を叩いた。


「元気?」


と聞いたのは、陽子だ。

彼女は私達のことを知っている。

知ってなお、そう言う。


気の置けない友人だからこそ、そう言われても嫌味には聞こえない。


彼女とは中学生の頃からの仲だ。同じ高校へ入り、親交はさらに深くなった。


「なんならうちが彼になってあげよか?」


適当におはようと返した私に、にやけて陽子は言った。


「ええ…遠慮するわ」


恋愛の何たるかを見失った私はそれもいいかもと思いつつ返した。


「うちは本気やでぇ。男なんかどないもこないもしょうもないやつばっかや」


こんな感じで毎日彼女の愚痴を聞くのが毎朝の日課。

それに相槌を打って、笑って、そうしているだけで満ち足りた気持ちになる。

これは恋とは違うのだろうか。


今日は部活は休みだ。陽子は補習があるらしい。仕方なく図書室へ向かった。


部屋に入り鼻をつく紙の香り、視界を埋め尽くす本。

中から一冊を手に取り、思考を紙のなかへ刷り込むように読む。


静かな空間にはペラペラと紙のめくる音だけが響いていた。


一冊を読み終え、それを戻しにいく。

もう一冊…と本棚を物色する。

ない。


さっきまであった本がそこになかった。

先を越されてしまったかと少し残念な気持ちになり、席に戻った。

もう帰ろうと思い、荷物を取り、ドアへ向かう。


あった。


眼鏡をかけた男子生徒がさっき探していた本を読んでいた。


私はその男子の顔を見た。

イケメンだったわけじゃない。好みのタイプって訳でもない。何故か、吸い込まれるように見ていた。


その彼は私の視線に気付くことなくページをめくっていた。時折微笑を浮かべ、時折顔に悲しみが差していた。


本が好きなんだな、と思った。

それだけだ。


彼がふと顔をあげ、目が合った。


私は動揺した。それは、かなり。


「その話…いいですよね」


慌てると言うつもりのないことをいつも、言ってしまう。しかし彼はそんな私の言葉に微笑を浮かべ答えた。


「うん。この作家さんの中でも、一番好きかな」


「邪魔してごめんなさい」


私は四割の笑顔を返し、そそくさと図書室を去った。




夏休みが終わったのがつい、この間だというのに気が付けば目の前に待つのはクリスマスだった。


彼との別れ話についてはもう吹っ切れたと思う。

でもそれは私の思い違いだと分かった。


クリスマスが近づく度、思い出すのだ。


クリスマスにはマフラーを編むね…


そう言ったことを。

そして同時に思う。鞄の中に入れっぱの、ひとつの包みを。


中にはマフラーが入っている。

付き合い始めた頃に練習と思って編んだものだ。

思ったより可愛く出来たのでラッピングして忘れないようにと鞄の奥に入れていた。


とりだしてみると包装紙はくしゃくしゃになっていた。私は顔をくしゃくしゃにして、それをなおす。

そして、ため息をついた。

白い息がふらふらとのぼって消えた。


陽子へのプレゼントはなににしよ…昨日に出来た水たまりを避けながら考える。

彼氏ならマフラーでいいんだけどな…

ほら、まだ吹っ切れてない。


「うぅわっ」


ぐしゃっという音と共に悲鳴が聞こえた。

高校生くらいの男子が雪の上でへたりこんでいた。

なぜか、服が濡れている。


知っている顔だった。彼だ。図書館の、彼だった。


助けてあげるほど、仲がいい訳では無い。

でも冷える中濡れた彼をほっておいたら、風邪をひきそうだ。


「だ、大丈夫?」


優柔不断で流されやすい私は結局そう声をかけていた。車の水しぶきがかかって、避けようとして…そう彼は言った。そして、私の顔を見直した。


「図書館の子、やんな…?」


彼も私のことを覚えてくれていたみたいだった。


「1年C組の、天谷音羽」


「そっか、俺はA組や。飯田大和…ってさぶっ」


飯田はくしゃみをして笑った。


「変なとこみせてもうたな。じゃあ、」


飯田は立ち上がって、お尻についた雪を払った。

服から水が滴っている。体も震えていた。


「寒いやろ、なんか…」


私はタオルでもなかったか、と鞄の中を探す。

少し買い物をしようと思っただけだったたから、見つからない。ゴソゴソと探すうちにかさりとした感触があった。


「これ、使いや」


私は包装紙をびりびりと破いてそれを原に渡す。


「ええんか?自分で作ったやつなんちゃう?」


「ええよ。もう、いらんし」


「そうか」


飯田は私のマフラーで顔を拭いた。


いいんだ、私にはもう必要ない。

本当は今日彼に渡すはずだったのに、少し鬱々とした気持ちになった。

けど、ほんのちょっぴり、吹っ切れられた気もした。


「いつ、返したらいい?」


大体を拭き終えたか、飯田は言った。

マフラーはぐっしょり濡れていた。


「いい、あげる。クリスマスプレゼント」


私はそう笑った。


飯田は手に持ったマフラーを見つめ、ほんの数秒考え込むような仕草をとった。


「うん、じゃあ、貰うわ。ありがと」


「うん。じゃあね」


「あー、えっと、あまやさん」


立ち去ろうとした私に飯田が私に声をかけた。

振り返ると、彼は躊躇いがちに言った。


「メリークリスマス」


少し驚いた。

それで、笑いがこみ上げてきた。


「メリー、クリスマス」


私は飯田に背中を向け、歩き出した。


彼が浮かべた笑顔が脳裏に浮かんで、ドキリとした。

いい笑顔だなって、私も笑ってみた。



「クリスマスと言ってもねぇ、彼氏いなかったらね…」


冬休み明け早々、陽子の愚痴に相づちを打つ。

昼休み、日差しのあたる窓辺。


「まあ、おにいがプレゼントくれる日って思えば割といいんやけど」


「お兄ちゃんプレゼントくれるの?めっちゃいいじゃん」


私はお弁当の残りを口に入れ、言った。

すると陽子は私の顔をじっと見つめてニヤリとした。


「で、音羽は?なんかあった?クリスマス」


きらきらとした目がまっすぐに私を見つめている。

外でぴゅうと風が吹いた。

カタカタと笑うように窓が鳴る。


「なんもなかったわ」


「えー嘘や!ほら元彼は?」


ちらと教室の端を見る。彼と、クラス一と名高い美少女が笑い合っていた。


それを見ても、胸は痛まなかった。


「いや、もう吹っ切れたし」


「ええっ!あんなうじうじしてたのに」


「うじうじなんかしてないわ」


「いや、してたね。っていうか、なんかあったんやろ」


答えるべきか、否か、私は迷って苦笑いを浮かべる。

いっそ、言ってしまおうか?なんで吹っ切れられたか、あの日の事を陽子に。

けど彼女のことだからこう言い出すに違いない…


「あまやさんいますか」


教室のドアが開いて、冷気が入り込んできて、私たちは声の方をみた。

飯田大和がおずおずと教室にはいってきた。

彼は知り合いだったのか、近くの男子にもう一度聞いた。


「あー、あまやって、どっちの?ふたりいんだけど」


その男子は教室中に聞こえる声で言ったから、

「え、あまやって、音羽のことちゃう」と陽子が耳打ちした。


私も、そうかなと思ったけど万が一違ったら恥ずかしいので事の顛末を見守ることにした。


「おとはや、おとはおるか」


教室のみんなが私をみた。やっぱりそうかと思いながら、小さく手をあげた。陽子の視線を痛いほど感じる。


「この間は、ありがとう。これ、お礼。」


飯田は小さな包みを渡してきた。

薄い黄金色をしたクッキーが入っていた。


「手作りなんやけど、いける?」


「うん!ありがと」


私は満開の笑顔で返した。


じゃあ、と今度は飯田が背中を見せ帰っていった。

私はまた、ドキリとした。


「いやぁ、これは」


薄ら笑いの陽子が呟いた、

私はひとつクッキーを口に入れた。軽くて甘くて、まるで


「恋だね」


私と陽子は同時に笑う。




「ねえねえ、やっぱり修学旅行ってクラス別かな」


窓の外で風が吹いていた。

私は自分の部屋でスマホを前に座っている。


「うーん、たぶん、そうやろな」


「もうちょっと悲しそうな声だしなよ。うちと別々なんだよ?」


スマホから陽子の嬌声が聞こえた。


「めっちゃ悲しんでるんやから」


私は出来るだけ悲しんでいるような声をだす。

またスマホが高く音を立てた。


「はは。これは、好きな人でも同じクラスにいたな」


「え、そんな」


私は近くのプリントを手に取った。昨日配布された、クラス分けのプリントだ。


「まぁ、修学旅行は譲る。合宿あるしね。その時には、話してもらうで」


クラス発表が下足室前で大々的にされた時、あまや おとは の下にあるのは いかみ ようこ の名前ではなかった。

代わりに違う「い」から始まる名前があって、胸が一度ドキリとなった。


「うん、期待しとき」


風が窓を揺らして、カタカタと音を立てた。

今年も暑いようで、桜にはもう緑色が見える。


「あ、やっば。宿題、終わってない…徹夜しなきゃ」


「まだ6時じゃん。がんば」


私は電話を切ってスマホを投げる。

その扱いが不満だったのか、それは「ぶー」と鳴った。なんだろうと見れば、新しいクラスのグループに招待されていた。参加を押すと〈をとはが参加しました〉と画面に小さく表示された。電源を切ろうとした刹那、またスマホが鳴る。


〈宇宙戦艦が参加しました〉


宇宙戦艦って…。私は今度こそ電源を切って、スマホを置く。


明日からは新しいクラスだ。

私は手元のプリントを眺める。ほとんど知らない人ばかりだ。陽子の手を離れた不安もあったけれど、期待もある。


新しい友達、新しいクラスメート、新しい恋?


私は一人で笑った。

恋か、去年は何となくで付き合って失敗したんだったな…そうだ。


プリントを縦に合わせるように、折る。

折り目に合わせて先を三角に。次に真ん中に折り戻して、また縦の折り目に合わせて三角に折る。


ていねいに、ていねいに。今度こそ、うまく飛べるように、遠くへ飛べるように。


最後に指で押しなぞると、紙ヒコーキが出来た。

わら半紙のプリントで出来ているから決して綺麗な見た目ではないけど、なんだか飛べるような気がした。


でも、飛ぶのは今じゃないよな。


ちゃんと、言わなきゃ。

今度は、私から。


「好きです」と、彼に。



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― 新着の感想 ―
[良い点] ダメになった恋と新しい上手くいきそうな恋。そのコントラストが秀逸で、ラストにほっとしました。 [気になる点] > 「そっか、俺はA組や。飯田大和…ってさぶっ」 原はくしゃみをして笑っ…
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