第2話
清らかに流れる川の上にかけられた、木製の赤いアーチ橋。僕はその上を歩いている。
この地域は比較的自然環境が豊かだが、同時に現代技術には置いてけぼりにもされている。明らかな過疎地だった。
そもそも人の住むところがなくて国は困っているというのに。こういった場所があるのがまず不思議でならない。
僕はふと、自分のポケットから小型端末を取り出し現在時刻を確認する。
午前9時10分。
学校に指定された絶対登校時間は30分。まだまだ余裕はありそうなのでよかった。
僕の頭上を空中浮遊バスが風を撒き散らしながら通り過ぎていく。そのバスにはどこか見た事のある校章のようなマークが描かれていて、複数の学生達が乗せられているようだった。
森林の木々が緑色の葉っぱを揺らし、木漏れ日を僕に向けてくる。
今の季節は旧暦によると春に値するらしい。
太陽の膨張が引き起こす影響は、このように常緑種でもない木々を年中緑色に茂らせるほどにまで及んだようだ。
我々ヒトの生きていける未来は、あとどのくらいだろうと時々考えてしまう。ガンマやUVC、X線などの、オゾンによって阻まれている紫外線がこれ以上強くなってしまえば、もうそのときは終わりかもしれない。オゾン層もいつまでも張られているわけではない。
「アーラタっ!」
「おわっ」
と、急に僕の背中がずっしり重くなった。
なんだと思って慌てて振り返ーー
ーーむぎゅ。
「ふふぐがむぐぅ!!」
「おはよぉー!!」
息が苦しい。
僕は自分に覆いかぶさるものを思いっきり前に突き飛ばす。
「いったぁーーい」
「…………なんだよユミアか」
見ると、僕の目の前には地べたに尻もちをつく女子高生が一人いた。名前はユミア。僕の幼馴染で、同じクラスメイトでもある。
「久しぶりだね〜」
「春休みの間だけだろ、会ってないの」
彼女は地べたにペターンと座ったまま、銀色のショートヘアを左右に揺らし、上目遣いで僕に話しかけた。その青色の瞳は、体を起こしてと視線を送ってきているようだ。
「自分で立て」
「えーー」
ユミアは揺れる髪の分け目からちらちら尖った耳を覗かせる。
僕と同じベータ族のヒューマン。だが、彼女は少し特殊な進化を遂げた人類の一人である。
寿命がこの世の生き物の中で最も長いと言われ、通称エルフ型と呼ばれているヒューマンだ。名前の由来はもちろんその尖った耳。
「急に抱きつくな、死ぬから」
「いいじゃん再会の挨拶だよ?」
ユミアは相変わらず地べたに座ったまま、僕に話しかけてくる。
座り方が、制服のスカートがはだけそうで少し危なっかしかったので、僕は手を出してユミアを引っ張りあげた。
「よいしょっと……アラタまた背伸びた?」
立ち上がって僕を見上げながら聞いてくる。
「そんなすぐに伸びたりしないと思うけど」
「えー、昔はあんなにちっちゃかったのに。悔しいなあ」
ユミアは僕の背に届こうと、ぴょんぴょんと隣で飛び跳ねる。僕はその度に彼女の胸が揺れるのを見ていられず、なるべく意識しないよう歩くことにした。
ユミアは飛び跳ねながら僕についてくる。
「今日から新学期だぞ」
「そうだね〜」
「そういえば今日はバスとか使って来なかったのか?」
ユミアがぴょんぴょん飛ぶのをやめる。
こいつの住む場所は、僕が住む街の何倍も遠い場所にあったはずだ。森を何個も超えた先。
「……にゃはは、ユミアちゃんは今日、なんだかアラタに会えるような気がして歩いてきたのでした!」
「それはすごいな、後から付け足したにしてはなかなかに上出来な理由だ」
ここまで来るのにどれだけ時間がかかるんだ。
ユミアは視線を少し伏せめがちにしている。
「ほんとだよ?」
「嘘だろ」
「そんなの言ってるからモテないんだよー」
「……うぐぐ」
不意打ちをくらった。この性格のせいで確かにいくらか損したこともあるが、得したこともあるんだぞ。例えば初対面の人と無駄にじゃれ合わなくて済むとか。
「……とにかく、今日の帰りは僕が送るからな」
「あはは〜、優しい」
「黙ってろ」
僕達は山奥へと続く道を、そのまま歩き続けていった。
多分、僕は知っている。今日彼女の身に起こる何かを。
To be continued……